〜距離〜

その日は授業が終わると、いつもならぐだぐだしているグリーン達はさっさと帰っていた。
俺もさっさと帰りたかったが先生に呼ばれたため、職員室に寄る。
ああ、めんどくさい。
そう思いながらも職員室のドアをくぐった。

「先生、用はなんでしょうか?」
「あの、シャドウちゃんの事ですけどね」

アイツの事で俺ひとりが残される。俺は腑に落ちない苛立ちを覚えた。
なんで、俺だけ。先生は俺がいつもひとりでいるのは知っているはずなのに。

「本当は先生が口を出すことではないザマスけど」

じゃあ言うな。教師ってのはホント、どうでもいいことにはおせっかいだ。

「シャドウちゃんとは親戚関係なんザマスよね」
「はい、私の方が本家。彼女の方が分家です」
「その、いろいろあるでしょうけど・・・」

こういう場合はさっさと終わらせるに限る。

「先生、ご心配には及びません。私は身内の関係はあまり気にしておりませんから」

先生はどこかほっとした顔をして、俺を見る。
それが非常に俺の気に障る。
分家とはいえ身内には変わりない。それが邪険にされたようだ。
わかってる。アイツの、シャドウの普通の家庭ではないということは。
だけどそのことで俺やグリーン達が対立することなんて、無い。

「そうザマスか。じゃあ仲良くしてあげるザマス」

『してあげる』。先生は何の役に立たないくせに偉ぶった言い方。
気に喰わない。ムカつく。

「では失礼します」

俺は軽く頭を下げて職員室を後にする。
無駄に嫌な時間だった。気分が悪い。
早く帰ろう。



家に着けば自分に任された仕事をこなして自由時間を得る。

「ヴィオ〜ご飯だよ」

レッドがエプロンを巻いたまま呼びに来た。また味噌汁のシミがエプロンに付いている。
自室で本を読んでいた俺は、生返事を返して部屋を後にした。
リビングにはグリーンとブルーが席に着いていて、俺とレッドが席に着くと両手を合わせた。

『いただきます』

とりあえずこれは揃って言う。めんどくさいが言うべき言葉だ。

「なあヴィオ。センセーに何言われたんだよ」

ブルーが聞いてきた。聞くな単細胞。

「シャドウの事だ」

ピタ・・・と皆の手が止まる。

「仲良くしてやれだと」

再び皆の手が動き出す。

「・・・父さんは明後日帰ってくるんだよね」

さらりとレッドが話を流す。

「うん。出張がその辺で終わるって言ってたから」

グリーンが苦笑いをしつつ受け答えた。

俺達の父親は仕事で外に出ていることが多い。母親はとうに死んでいる。
家のことは俺達でどうにかなっっていたが父親は帰ってくる度に「いつもすまない」と謝った。
この家はさほど居心地の悪い事もなかったが、良いわけでもなかった。

「・・・ごちそうさま」
「ヴィオ、もういいの〜?」
「ああ。もう寝る」

そのまま即風呂に入って自室に戻る。

「さてと」

服を寝巻きから特別に外出用の黒と紫のコートに着替えて、髪を上げて、色つき眼鏡をかけて窓から部屋を出た。
気分の優れない時は、こうして夜の街を歩く。
そこで気に入った女がいれば、抱く。
1年ぐらい前からそうやっていた。ちゃんと金を払って抱くのだから、悪い事はしていない。
金は父親からの小遣いと、女がくれる場合があって困ることはなかった。
それに俺はぴかぴかと光るネオンライトも酒やタバコも、嫌いじゃなかった。

「おにいさん、遊んでいかない?」

制服を着ていればマジメな学生に見えるだろうが、こんな格好では俺も遊び慣れた若者に過ぎない。
もちろんグリーン達も誰もこんなことは知らない。
なのに。

「―――っ!!」

アイツが、いた。髪を帽子の中に入れて男姿をしていたがアイツだった。
アイツは何かに追われているようで、息を荒げてこちらに向かって走って来た。
やれやれ、だ。

俺の横まで来たところで俺はアイツの手を掴んで、側の路地の暗がりに引っ張り込む。

「な、何――――っ!?」
「静かに・・・」

アイツの口に手を当てて黙らせる。少しするとばたばたと数人の男達が走って来た。
運の悪い事に、その内の一人が俺達に気付く。
じーっとこちらを見て、怪しそうに目を細めてくる。

「おい、はなせ―――んぅっ!?」

さっと帽子を取ってアイツに口付けする。やり過ごせれば、良し。
アイツの黒髪がさら・・・と流れた。

「ん・・・う・・・・」
「・・・・・・・・・・」

意外と反応が良いのに驚いた。
柔らかい唇。ここの女達とは違って、口紅の味はしない。
くちゅ、と濡れた音が立った。

「ンっ・・・!!」

ガリっという音と共に俺は口を離した。
血の味が口に広がる。

「・・・いた――・・・」
「おまっ・・・なにっ・・・すっ・・・う・・・」

ヤバイ。コイツ泣き出しそうだ。
さっきの男達もやっと去ったというのに・・・。

「泣くなよ」
「な、なんなんだよっ。お前っ・・・放せ!!」

ぱんっと小気味良い音が俺の顔から生まれる。その反動で眼鏡が飛んだ。

「っ!!お前・・・・確かヴィオとかいった・・・」
「・・・正しく書けばヴァイオレットだがな・・・いたた・・・」
「何でお前がこんな所にっ!?」
「俺は遊びに来ただけだ。お前こそなんでいるんだよ」
「それは・・・」

アイツが言いかけた瞬間、

「見つけたぞ!!」

さっきの男達に見つかった。
やり過ごせたと思っていたが甘かったようだ。

「逃げるぞ、走れるか?」
「当然だ!ちっくしょーお前のせいだっ!!」
「それは八つ当たりというものだ!」

狭い路地裏を駆けてゴミ箱を飛び越えて、ネオンの波をいくつも越える。
その夜は数人の男との追いかけっこで過ぎていった。



裏街から抜けた、小さな公園で俺達は一息ついた。
散々走り回ったせいでのどが渇く。

「で、話してもらおうか」
「ちょっと待った・・・も少し・・・」

さすがに男の俺と並んで走らせたのはきつかったか。
ベンチに座ってくたっとしている。

「ほら」

酒を差し出すと、アイツは頭の上に?を浮かべた。

「・・・ああ、悪い。酒は飲めないのか」
「・・・別に。でも嫌いだ」
「そうか。で、話に戻るぞ」
「あ・・・うん・・・。俺は敵に追われてたんだ」

アイツはポツポツと話し出した。
本家は貴族続きの聖職をしていて、分家は裏の汚れ役をやってきたのだと。
今では分家は裏街の顔役になっていて親分みたいなものなのだと。
自分を追っていたのは敵対する裏稼業の男達なのだと。
声をかけられてうっかり振り向いたせいで親分・・・ガノンドロフの身内と露見してしまったらしい。
余談で自分の年の離れた兄がいて、そいつが本家の女と駆け落ちしたことまでを話した。

「父上の言ったことだから、仕方なくお前らがいる学園に通うことにしたんだ」
「そうか・・・」
「なのに・・・なんでかお前と会うし・・・キ、キスまでされるし・・・最悪」
「あー・・・お前はじめて・・・」
「言うな馬鹿!変態っ!!」
「お前な・・・」
「さっきからお前お前言うな!!なんか偉そうだ!」
「わかったよ、シャドウちゃん」
「ちゃん付けすんな―――っ!!」

まったく注文のうるさいやつだ。

「ヴィオだってなんであんなところに・・・」
「俺は女を買いに言っただけだ」
「・・・本家の者のくせに不道徳だっ!!」
「やかましい。俺にはいろいろと思うところがあるんだ」

コケコッコー、とどこかでコッコの鳴く声が聞こえる。
日の出が近いらしく、空は白み始めていた。

「・・・朝だな。帰るか?」
「・・・帰る」
「送っていかなくても大丈夫か?」
「当然だ!」

シャドウはぱっとベンチから立つと走って公園から出て行く。
俺も身を翻して帰ろうとした時、後ろからかすかに声が聞こえた。

「またな・・ヴィオ」

寝不足は確定だが、存外悪い夜ではなかった。












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