横たわる法王に、スネークは急いで脈をとる。
弱く死ぬ前の拍動だった。
「パルテナ様・・・!」
ピットもパルテナの手を取った。
普段は温かい手が、今はもうとても冷たい。
「ピット・・・ピッ・・・ト・・・・」
「パルテナ様!僕はここにいます!」
虚ろになりかけているパルテナの瞳を必死に覗き込む。
パルテナはピットの姿を捉えると僅かに微笑んだ。
「私の・・・あなたに伝えられる・・・最後の・・・真実。・・・よく、お聞き・・・」
「はい・・・!聞いて、おりますから・・・!」
ピットはますます重く冷たくなるパルテナの手に熱を伝えようとする。
「この・・・礼拝堂の地下に・・・私の、鏡があります・・・あなたは、知っているはず・・・」
「パルテナ様の・・・鏡・・・?」
「あなたにそれを・・・どうか・・・・あなたは法王に・・・・っつ!」
パルテナの口から赤い液体が吹き出る。
真っ白な法王の服が、赤に浸食されていく。
「いや・・・いやだ、死なないでください、パルテナ様っ・・・・・死なないで・・・っ!!」
あああぁぁぁぁぁ・・・と、ピットの声にならない声が悲しい旋律をもって礼拝堂に響いた。
「・・・ピット」
呆けるピットに、今だパルテナを抱えたスネークが声をかけた。
「地下に、行け」
ピットに言葉はなく、何の反応も示さなかった。
まだ、目の前には骸になったパルテナがいるのだ。
裁量を超えた出来事に、思考を動かすことはできなかった。
まだ、動かない手を握っている。
「ピット」
それでもスネークは言葉を続けた。
「ピットが地下に行く間に俺はパルテナの弔いをする」
「とむら・・い・・・?」
「そうだ。いいか、パルテナは死んだ。法王は、死んだんだ」
「死・・・死ん・・だ・・・・?」
半開きの小さな口は、震えながら死という言葉を繰り返す。
「お前はパルテナに願いを託された。だから行くんだ」
いつになく厳しい顔のスネークに、ピットは手を離しのろのろと立ち上がった。
ピットの顔に涙はない。悲しすぎて逆にそれすら出ないのだ。
ぼんやりとした無表情のまま、ピットは礼拝堂のゴッドシンボルに手を掛ける。
まずシンボルの左右にある金色の輪っかを取り、左腕に通す。
その後中央にある赤い宝石を外して右肩につけ、両手でシンボルに触れた。
触れて数秒後に、重い音を立てて地下へと繋がる階段が足元に現れる。
ピットは金の輪と宝石を置いて、階段に一歩、足を踏み入れた。
「いって、きます・・・」
「ああ。・・・ピット、持って行け」
スネークが床を滑らすようにして小型の銃をピットに投げ渡す。
ピットはそれを掬い上げるようにキャッチすると、無言で腰のポケットに突っ込んだ。
一瞬スネークに視線を向け、そのままパルテナを見る。
「スネークさん、パルテナ様は、本当に亡くなられたのですか?」
「ああ、死んだ。間違いなく」
「そう、ですか」
ピットはそれ以上言葉を発せず、踵を返して階段を降りて行った。
暗く冷たい石壁に囲まれた、3人が通れるほどの狭い階段を黙々と降りる。
奥の深そうな階段は、ピットの声と足音しか聞こえない。
ピットは階段を降りながら、繰り返し呟いていた。
納得しろ、と。自らを壊さないようと。
自然と言葉が漏れていた。
「パルテナ様は死んだ、死なれました、死んだ死んだ、死にました、死んじゃっ・・・た・・・」
どこにもいないのだと、理解するように。
本当は何度も何度も、地上に上がってあの亡骸に縋りたくなった。
嘘だと。本当はまだ生きているんじゃないかと信じたかった。
でもそれをすることは許されないから。
気が狂いそうなほど呟きながら、階段の終わりに着いた。
真っ暗な中で、不思議と輝くものが見える。
それは、パルテナが言った通りの鏡だった。
白銀に輝く鏡は時代を感じさせず、まるで今作られたばかりのような光を持っていた。
壁掛けにされていたが、地下にあるのに埃一つ被っておらず、氷のように冷たく輝いている。
ピットが鏡の前に立った瞬間、鏡がミルクを垂らしたコーヒーのように反射する部分を歪ませた。
「え・・・っ!?」
ゆらゆらと鏡の映し出す鏡の奥の映像にピットは一瞬ギクリとした。
鏡に映るは、自分とスネークだった。
だが普通の状態ではない。
ベッドの上での、情事の様だった。
鏡の中のピットはスネークに組み敷かれ、全身の珠の肌も翼も惜しげなくさらして喘いでいた。
「あ・・・っ・・・ん・・・ぅっ!」
「ピット・・・」
自分の名を呼ぶ愛しい男の声に、鏡のピットも甘ったるく呼び返した。
まるで―――恋人のように。
つつ・・・とスネークがピットの白い双丘を持ち上げる。
いつぞやの男にもされたが、スネークにあの時のような嫌悪感はない。
むしろ、身体も心もその先を待ち望んでいる。
「挿れるぞ・・・」
「ああ・・・きて、ください・・・・・・やあぁぁっ!!」
ずぶずぶと、濡れた花弁の秘所に熱く身体を満たすスネークのものが埋め込まれた。
「・・・ぁう・・・・あっ、あっ、ぁ・・・く、ぁ・・・・っ!」
まるで理性を焼き切られたかのように手足や翼をばたつかせる。
仰け反った細い喉をスネークに口付けされ、船のように身体は揺れた。
お互いに普段からは想像もつかないほど乱れた姿。
ピットは目を蕩かせ、目と口の端から水液を零しながら快楽に耽っていた。
スネークもピットの身体を撫で回しながら口付けを施し、繋がった腰を揺らす。
ぐちゅぐちゅと滾るものを粘着質な液と共に抜かれ、また奥まで貫かれる。
「やぁ・・・あ・・ぁふ・・・っ・・・も・・ぉ・・・んあぁぁっ!」
ぎゅうぅと目の前の男にしがみ付いてすらりとした足を絡めた。
次第に、揺れと水音が速く激しくなる。
ぎしりとベッドの軋みが響いた。
「ぁああっ!・・・スネークさ・・・ん・・・もぅ・・・我慢、できな・・・っ!」
よがり、左右に紅茶色の髪をした頭を振れば涙がはらはらと散る。
ぞくぞくっと互いの身体が震えた。
「ああ・・・ピット・・・愛、している・・・」
熱っぽく耳元で囁かれるだけで、ピットは翼を震わせた。
自ら舌を伸ばしてしたこともない濃厚な口付けを強請る。
行き交い、絡み合う舌は今の彼らの姿そのままだ。
それでも相手を想う感情がさざ波のように快感に変えられていく。
「スネー・・・ク・・さん・・・僕、も・・・はぅ・・・っああぁぁぁっ!!」
肉の弾ける音を立てて擦り上げられ、最奥まで穿たれた。
瞬間、ピットの思考がすべて真っ白に染まり脱力した。
同時にぽたぽたと白濁の蜜液で自分の腹を汚す。
スネークも少し遅れてピットの内に熱を放つ。
どくどく、と、ピットは腹の脈とは別に拍動した熱の流れを感じた。
「スネークさん・・・」
「ピット・・・」
貪るように唇を合し、快楽の余韻を楽しんだ。
「僕にこんなものを見せてどうするつもりですか?」
ピットは静かな瞳で鏡を見つめながら訊いた。
途端に先ほどと同じような歪めを見せて鏡は元に戻る。
そして壁に反響したかのような声が耳に届いた。
脳に直接伝わるようにも、遠くで叫んでいるようにも、近くで囁いているようにも聞こえる。
鏡は語尾を鐘の音のように響かせて、逆に問われた。
『こうされるのがそなたの欲望』
「そう・・・ですね・・・」
『愛されるのがそなたの切望』
「ええ・・・そう、でしょう」
『人の子よ、そなたの叶えたい望みはなんだ!!』
「法王になることです!」
鏡の高らかな声がシンバルをいきなり止めたかのようにぴたりと消えた。
そして固い声で言葉を放った。
『その望み、叶えるには対価がいる』
「何を、差し出せばいいんですか?」
ピットは首を横に傾ける。
『そなたが叶えたい望みにふさわしいと思えるものだ』
「じゃあ・・・今僕に見せたものを、僕は対価とします」
淫らに叫ぶ自分。
自分を求める愛しい人。
愛されているという実感の行為。
その、すべてを。
『それは、そなたはあの男とは触れあえず、想いも告げられないということだぞ?』
「そうです。何もない僕に差し出せる唯一のものです」
『そなたが思う、幸せになるための唯一の心を我に渡すのか』
「法王になることは、僕と僕以外の人の願い」
でも、とピットは言葉を続ける。
「スネークさんが好きなのは僕だけの心だから」
『あの男はそなたの想いと受け止めよう。そなたは愛されよう。それでもか?』
「・・・それでも、です。」
『・・・・その願い、聞き届けた』
鏡が白く染まり光がピットに降り注ぐ。
どこか懐かしく、温かい光だった。
光は注ぎ終わると、鏡は再度語りだす。
『そなたは、哀れな子』
ピットは答えず、苦笑を返すだけだった。
「そういえば・・・パルテナ様が僕に見せたかった真実とは、何のことですか・・・?」
『・・・あの女が、そなたに見せたかったもの・・・・』
鏡はしばらく押し黙った後、静かに波紋した。
鏡の中に映ったのは恐らく拾われた頃の幼いピットと、パルテナだった。
幼いピットはパルテナに向かって口を開く。
『おかあさん!』
『あらあら・・・私は、お母さんじゃないわ』
『ごめん、なさいー!』
ピットはぽふっとパルテナに抱きつき、にこにこと笑う。
『あのお歌、歌ってー』
『ふふ・・・昨日の子守唄のこと?』
『うん!ねぇ、いいでしょ?』
『じゃあ、ピットも一緒に歌いましょう・・・』
ピットの頭を優しく撫でながら、共に歌うパルテナ。
われ は てん の つかい なり
かみ の みしるし みにまとう
みぎ の かた には わいん の しずく
ひだり の うで には ひかり の そうわ
かがみ が うつす その すがた
ひと の ねがい を かなえたる
かみ は さだめ を くだしたる
われ は てん の せんし なり ・・・・・・・♪
昔々の子守唄。
それが地下へと続く扉のことだと、ピットは気づいていた。
パルテナが『鏡』と言った時に、自然と思い出したのだ。
幼いピットはそんなことも知らずに下手ながらも上機嫌で歌っている。
幸せな、光景だった。
「これは・・・」
『法王になるという願いの対価としてあの女から奪ったのは、子どもを産む力』
「え・・・?」
『そなたのこと、本当の子と思って育てていた』
「僕を・・・」
『短い間とはいえそなたから母と呼ばれることを・・・心から嬉しく思っていたのがあの女の真実・・・』
まるで溜息を吐くかのような鏡の言葉。
奪われた。対価として払ったもの。その代わりに自分を本当の子どものように愛してくれた。
「・・・・・・っ・・・パル、テナ、さ・・ま・・・っ!」
ピットはその場にがくりと膝から崩れ落ち、ぽたぽたと涙を零した。
『・・・悲しいか』
「悲しい?いいえ、とても、とても嬉しい・・・・」
『何故だ、そなたは代わりとされたのだぞ?』
「そんなことはどうでもいいのです。僕は、大好きな人達にこんなにも愛されていた」
『それは、そうだが』
「これを喜びと言わずに何と言うのですか。僕は飛び上りたいほど嬉しいですよ」
『・・・ならば、なぜ、泣く?』
「この喜びを、愛してくれた人にもう伝えることができないからですよ・・・」
『・・・そうか』
哀れな子だ、と鏡は繰り返した。
next.
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