ズダァァン!と大きなものがひっくりかえるような音がレンガ道に木霊した。
舞い落ちる木の葉の合間で、倒れている男が一人。
かたや頬から血を流しながらも静かに立っている男が一人。
「・・・油断・・・した・・・!」
倒れている男が悔しそうに呻く。
「油断じゃない、実力の差だ」
男は倒れている男に溜息と同時に言葉を掛ける。
勝ったのは、スネークだった。
だが戦っている間にピットを連れ去られてしまった。
「・・・殺せ」
「あの子をどこに連れて行った?答えたら命は取らん」
「・・・知らん」
「そうか。しかたない、こちらで探すしかないか・・・」
「殺せ!!」
未だ立てない男が掠れた声で叫ぶ。
屈辱を露にして噛みつくように吠えた。
「・・・お前は特殊部隊だろう。『華』の」
「・・・そうだ。我々に任務失敗は・・・許されない」
『華』とはとある国家が極秘に持っている特殊部隊の隠語である。
国のためもあれば、殺し屋同様のこともする。
「死にたかったら勝手にしろ。俺は俺の仕事をこなす」
「何者なんだ・・・貴様・・・ただのボディガードではあるまい・・・」
「俺はアンファ・・・いや、ただの不可能を可能にする男だ」
スネークはアンファンテリブルと言いかけて止めた。
伝説の名を持つもののクローンだと、行っても仕方がないと感じたからだ。
「じゃあな」
ピピッと手に収まるぐらいの四角い機械のボタンを押し、ピットの行く先を調べる。
そのまま、行くべき方向へと走り去った。
「ぐ・・・っ!!」
すでに相手にされないと悟った瞬間、倒れている男は歯を噛みしめる。
歯の奥に埋め込まれている爆薬を砕いた。
「まぁ、そうなるとは思ってたけどな」
スネークは爆音を遠くに聞きながら走り続けた。
夕暮れになって、スネークはピットがいるであろう灰色の建物の前に立った。
研究所のような、且つ大きな物置のような建物は大分寂れているように見える。
窓ガラスはあちこち割れ、ひん曲がっているものもある。
スネークは慎重に建物内に潜り込んだ。
人気のない廊下は監視カメラすらなく、本当に寂れている。
ただ、ここはやはり何かの研究所だったらしい。
使われなくなったのはほこりの積り方や鉄の錆様から見て十年かそこらだろう。
ふと、ドアだけの窓も何もない部屋を見つける。
「なんだここは・・・」
スネークが銃とナイフを構えつつ中の様子を探る。
人はいない。
ただこの部屋だけが最近まで人が使っていた形跡があった。
イスはなく、おおきな6人掛けのテーブルが部屋の中央にでんと置いてある。
その上には、多くの書類が散乱し、見慣れた服が落ちていた。
「これは・・・ピットの服・・・!」
スネークは服を確かめ、破れがないことを確認する。
争ったわけではない、と僅かに安心する。
それから散らばっている書類に目を向けた。
書類は新しいものから黄ばんだ古いものまで様々だ。
スネークはそれに目を通した瞬間、驚愕した。
「これは・・・ピット・・・・!?」
黄ばんだ書類には羽を生やした赤子が丸まって眠っている写真が付いていた。
他にも片腕が獣のようになった赤子、足が異様に膨らんだり縮まっている赤子。
頭に角を生やしているものまであった。
「ミュータント・・・か・・・?」
スネークは急いで古びた書類に目を通し始めた。
×月○日、Pa−a・・・死亡、失敗
×月□日、Pa−b・・・死亡、失敗
×月△日、Pa−c・・・死亡、失敗
・
・
・
・
□月○日、Pi−t・・・生存、成功。
写真には確かに羽の生えた赤子が写っている。
どうやら『Pi−t』以外皆死亡したらしい。
「boi−t・・・成功・・・・・ピット・・・?」
スネークは苦々しく舌打ちした。
「ここは生体関連の非合法組織か・・・」
書類は見れば見るほど人道的なことから外れていく。
実験体に奴隷に愛玩に使い捨ての兵士に。使用目的がつらつらと並んでいる。
自分はクローンだ、だがそれでも人間だ。
こんなこと、許せるはずがない。
スネークは部屋にいくつもの爆薬を設置し、その部屋を後にする。
再度いくつかの使われていない部屋を通り過ぎ、さらに奥に進もうとした。
その時。
子どものすすり泣く様な声が聞こえた。
「・・・ピット!?」
スネークは勢いよく泣く声のする部屋のドアを蹴破った。
薄暗い部屋は目が慣れるのに暫し間がかかる。
ぼんやりと、ピットの翼が部屋の奥に見えた。
「あ・・・ぁぁ・・っく・・・う・・ぁあ・・ぁぁぅ・・・・っ!」
「ピット!怪我はないか!?」
「!?っスネー・・・ク・・さ・・・見ない・・で・・・・っ!」
嗚咽混じりのピットの声が部屋に響く。
暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、ふっと鉄の眉を顰めるようなにおいが漂ってきた。
ぽたっぽたっと水滴の滴るような音がピットの声に交じって聞こえる。
スネークは急いでピットの声のする方に駆け寄った。
「ピット!まさか怪我を――!?」
「スネー・・ク・・・さ・・ん・・・見ないで、見ないで・・・・!!」
「ピット・・・!?」
ピットは何も身に纏っていない状態だった。
部屋の隅にへたり込んで、両手を祈るように繋いで泣いている。
いつも仕舞っているはずの翼が悲しそうに震えていた。
「ピッ・・・」
ぴちゃん、と水音が聞こえたのはピットからではなかった。
スネークは今まで気にしなかった、いや、気づかなかった壁へ目を向けた。
「ごめ・・ごめん・・・なさ・・い・・・ごめんなさ・・・っ・・・!!」
壁には真っ赤に染まった羽根に突き刺され、標本のように磔られた男の姿があった。
羽根の突き刺さった所からは生々しい赤が見え、男の背後の壁は赤黒く染まっている。
だらりとした足を伝った赤がぽたぽたと音を立てていた。
「ピット・・・お前がやった・・のか・・・?」
「翼が・・・勝手に開いて・・・その、人に、向かって・・・羽根が、飛び出して・・・っ」
声にならない悲鳴がピットの喉から放たれる。
スネークはすでに事切れている男を眺めながら、背筋が凍りつくのを感じた。
「(ピットの異形の者としての力が、目覚めた・・・?)」
ピットは人間に異形を組み込まれ、生き残った唯一の子ども。
天使でも悪魔でもない。
「僕・・・僕は・・・悪魔・・・です。・・人を、人を、殺し・・・」
「ピット、お前は人間だ!」
スネークはピットの言葉を遮り、その小さな身体を包み込んだ。
「翼があっても人を殺してもお前は人間なんだ!!」
ピットの身体を折れそうなぐらい強く抱き締める。
「スネークさん・・・僕は、どうやって罪を償えばいいのですか・・・?」
涙に濡れた青い瞳がスネークを見上げた。
不安気の表情は牢に入るのを恐れているわけではない。
人を殺した罪をどうすればよいのかわからないのだ。
「・・・法王に、なるんだ。そして人を救い続けろ」
「法王・・・?」
「手錠で繋がれて牢に入っても心に残る罪は償えない。だから」
「法王になって・・・人を救うことが、罪の償い・・・?」
「それがピットのできる最善の償いだと、俺は思う・・・」
言葉ではこういうものの、スネークの心は別にあった。
ピットを生まれてすぐに異形の者とさせたのは人間だ。
ピットはそれに非難、怒りこそすれ、それを利用しようとした男の命など償う必要があるのだろうかと。
だけど、それではきっとこの純粋で優しい子どもは自分を許せなくなるであろう。
許されざる身になるのならば、どうか心だけでも救いの手を自分は伸ばしたい。
「ピット、帰るぞ。ここは爆破する」
「あの人は・・・」
「・・・残念だが、ここから出すわけにはいかない」
ピットの瞳からまたつぅと涙が零れる。
出せない、出してやれない理由はよくわかっているからだ。
「ピット、お前の服だ」
「はい・・・すぐ、着ます」
スネークとピットは部屋に、歩く道の壁に爆弾を仕掛けて建物から抜け出した。
爆弾のセンサーが届くギリギリの距離でスネークは爆破スイッチを押す。
軽い立ちくらみ程度の揺れが足に伝わった気がした。
「スネークさん・・・」
「帰ろう、ピット」
お互いに複雑な思いを抱え、すっかり暗くなってしまった帰路を歩く。
その先に待っていた光景はさらに彼らを打ち砕くものであった。
普段付いていないはずの大聖堂の礼拝堂の明かりがついており、中を覗いて見えたもの。
それは爛々と輝くゴッド・シンボルの前に横たわった、法王の躯だった。
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