スネークがピットの羽の観察日記をつけ出して季節が一つ過ぎ去った。
雨季の時期を超え、夏風と燦々とした太陽の光を浴び、からりとした秋風を迎える頃。
紅葉を迎えた並木通りは桜吹雪ならぬ落ち葉吹雪がレンガの道に色を添えていた。
秋となれば空腹も一際強く、宙を流れる枯れ葉に焼き芋もいいなとスネークは内心呟いた。

「スネークさん、お腹空きましたか?」
「ん、まぁ、少しな」

気が付けばピットはスネークの心をふっと読む気配を見せるようになった。
元々そういうことに長けていたのか、やんわりとした笑みを浮かべてスネークを見上げている。

「もう少し行ったところで焼き栗を売ってる店があるんです。そこに行きましょう」
「ああ。焼き栗もいいな」

ピットを狙う輩もどこかで襲撃してきた女の情報を手に入れたのだろう。
全くと言っていいほどピットに手を出さなくなってきた。
ある意味、あの女がピットを無数の手から遠ざけてくれたようにも思う。
そう考えると、スネークは横で笑う小さな子どもを不思議に思った。
くしゃくしゃと時々枯れ葉を踏みならしながら、2人で穏やかに歩く。

「ピット、帰ったら『羽の空』をつけようか」
「はい」

『羽の空』とはピットとスネークでつけた羽の観察日記の名前だ。
青い空色のノートに小さな白い錠前と鍵のついた、少し厚めのノート。
一つの季節分の変化を書き込んだノートはスネークの文字が走っている。

「少しは白くなったでしょうか?」
「ああ。半分を少し越してきたぐらいかな」
「ふふ・・・早く真っ白になればいいのに」

背丈が伸びるのを心待ちにする子供のようにピットはトントンと自分の背中を叩いた。

「ゆっくりでいいさ」

ぽんぽんとピットの肩を叩き、焼き栗を目指す。
ちら、と目の前を落ち葉が流れた。
その奥に、一瞬キラッと光るものが視界の真正面に存在した。

「っピット!!」

ピットを抱え込むようにしてスネークが地面に転がる。
その上を無数の太い針が過ぎ去り、背後の木に突き刺さった。

「ピット、大丈夫か!?」
「は、はい!」
「家まで走るぞ!大丈夫だな!?」
「はい!」

身を起こすと同時に2人で走りだす。
グシャッグシャッと落ち葉が激しく潰れていく。
その後ろでまた、地を蹴り落ち葉の潰れる音が聞こえる。

「チッ・・・追ってくるか・・・!」

スネークは懐からグレネードを取り出した。

「スネークさん!」
「そのまま走れ!」

強い叱咤を飛ばし、スネークはピットより僅かに遅れながら走る。
一瞬回転して自分の真後ろに向かってグレネードを投げつけた。
そして全力でピットに追いつき、ひたすらに地を駆ける。
ズゥンッ!!と重たい爆発音が響き、一瞬足元が揺らいだ。

「倒しましたか!?」

そろそろ息が切れてきたピットにスネークは尚も走れと促す。

「まだわから――」

そう言いかけた途端、体中に電流が走った。

「ぐあああああああああっ!!?」
「うああああぁぁぁぁッ!!?」

2人して固いレンガ道に転げ回る。
よく見れば、左右の木の間にピアノ線並に細い糸が見えた。

「電磁・・・ネットか・・・!!」

本来は警察関連の特殊機関が逃げ出した犯罪者を捕まえるためのもの。
こんなものを使う辺り、やはり今回狙っているのは只者ではないとわかる。
あの針の武器は前に見たものと同じものだとしたら、今追ってきているのはプロの殺し屋だ。

「早く、逃げ・・・ぐぁっ!?」

ぐっと顔を上げた瞬間、頭にひどい衝撃が襲いかかった。
殴られたか蹴られたか。べたっと再び地面にひれ伏した。

「ス・・・ネー・・ク・・・さ・・・・ぁ・・・・」

全身が痺れているせいか、ピットは舌も回っていない。
そんなピットを背後からひょいと抱え上げる者がいた。
全身を真っ黒なコートで包み、顔をマスクのようなもので隠している。
かろうじてわかるその眼は獲物を捕らえた狩人だった。
おそらく針で攻撃してきた殺し屋なのだろう。

「スネー・・・ク・・・さ・・・んぅっ!?」

ピットの口に白い布が当てられ、数秒後にぐったりと動かなくなる。
落ち葉の潰れる音に混ざって車の音が聞こえた。
連れ去る気か。

「ピッ・・・ト・・・・・・・ォ・・・・・・・!!!」

地面に這いつくばる中、スネークの心中を後悔と失態の責が覆いつくした。
殺し屋は小脇にピットを抱え、静かにスネークを見据えるとサイレンサーの銃をスネークに向けた。
落ち葉に隠れるようにして、カスッと小さな銃声が鳴った。








真っ暗な闇を歩いている、自分。
背中には、スネークがキレイと褒めてくれた羽が惜しげもなくさらけ出されている。
その羽はもはや純白に染まり、天使の羽と言っても過言ではないぐらいだ。

スネークさんスネークさん、どこにいるのですか?
羽はもう真っ白になりましたよ。ほら、雪みたいでしょう。
真っ白になったら、言おうと思っていたことがあるんです。
スネークさんスネークさん、どこにいるのですか?
スネークさ・・・・・・。

真っ黒な闇の中、足元に真っ赤に染まったスネークが倒れていた。



「スネークさん!?」

はっと目を覚ます。
目の前は灰色で薄汚れた壁。
天井も似たようなもので、自分の腕の肌色がやけに鮮明だ。
・・・腕の、肌色?

「あ、目を覚ましたんだな」

唐突にかけられた声にピットは振り向こうとして身体が起こせないことに気づく。
服はなく、ぼろきれなような布が一枚被さっているだけ。
手首には紐で一括りにされ、身動きが取れない。
なぜと思いつつ、声のする方に顔だけ起こして向けた。

「誰・・・?」
「坊やが壊れてくれたら喜ぶ人間さ」
「え・・・・?」
「坊や、君は現法王に、時期法王を約束されてる人間なんだよねぇ」

低い声に、なめたような口調。
雰囲気からいっても、殺し屋の男ではない。にたり、と含みのある笑顔が気持ち悪く感じた。
それは昔に見たことあるような表情だった。
法王が司教たちと話してる時に、何人かが同じような顔を僕に向けた。
僕を、何かの道具に使おうとしている者の、顔。

「僕は法王にはなりません!僕は法王を、パルテナ様をお守りするんです!!」

噛みつくように言った瞬間、肩を掴まれ身体を引き起こされた。

「君の醜聞が広まれば、現法王を法王の座から引きずり降ろせるんだよ」
「なっ・・・・!?」
「羽があるんだろう?悪魔の、羽が」

男が素肌のピットの背を指でなぞる。
ピットの白磁の肌がぞくりと震えた。
震えそうになる声を必死で押さえて、ピットはキッと男を睨んだ

「僕の羽は、天使の羽です!悪魔じゃない!!」
「くくく・・・天使?なら羽を見せてみろ」
「・・・っいい、ですよ」

本当は死ぬほど嫌だが、悪魔と言われては黙っていられなかった。
スネークさんがキレイと言ってくれた翼。
自分自身でも愛し始めた翼。
天使になれる翼を侮辱されたままにはしておけない。

「僕の、羽です」

ばさっとピットの背から翼が姿を現わす。
白に染まりかけの翼に、男は軽く口笛を吹いた。

「へぇ・・・想像してたのより、ずっときれいだな」
「あなたに言われても嬉しくありません」
「その反抗的な態度も上等だ、楽しめそうだ」
「楽しむ・・・?」

訝しげな顔で男を見れば、いきなり肩を押されて固いコンクリートの床に羽を打ち付けた。
押しつぶされる痛みにピットは顔を顰める。

「何を・・・!?」
「そういう純粋なところは、天使だな、さて・・・・」

男の顔に醜悪なものが過る。
ピットは本能的に恐怖と危険を感じた。

「法王の秘蔵っ子の醜聞、取らせてもらおうか」

男の手が布を剥ぎ取り、ピットをうつ伏せに転がした。
ゾクゾクとピットの肌が粟立つ。
何をされるのか全く分からない。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
こんな、こんなの。
人間のすることじゃ、ない。

男の手がピットの双丘を割って秘所に触れる。
それだけで吐き気を催すほどの嫌悪感が全身に伝わる。
乱暴に秘所を指で押され、身体が余計に硬直する。
身体をよじって逃げようにも、抑え込まれた男の身体が重く、退けられない。

「や、ぁあ、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっ!!!」

暗い部屋に、ピットの悲鳴が木霊した。













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