『君は最高の兵士になれる』
『世界最高のクローン体だ』
『スネーク、君の寿命は後――』
戦場こそ、生を実感する場所。
クローンだとか、先の分った寿命だとかを全て消し去れる。
ナイフ一本、銃弾一発で肉塊と化す世界へ。
決まっていた。道を。俺は。自らの。足で。踏み込んだんだ。
後悔は、無い。
「はっッ!!?」
スネークはデジャヴした夢から飛び出すように目を覚ました。
窓から見える外は青い。時計を見て、朝だと確認する。
あの女の襲撃から丸二日経った。
女はスネークの撃った弾が当たり、即死。
死体は秘密裏に片づけられた。
スネークも肩を撃たれたものの、大事ではなかった。
大変なのはピットの方であった。
飛んだことがなかったのか、しばらく飛んでいなかったのかはともかく。
翼を使ったせいで肉体がひどく消耗し、翼を現したまま未だベッドからろくに動けていない。
スネークは身支度を整えるとピットの部屋に向かった。
空は久々に晴れていた。
鳥も高らかに鳴き、ベッドまで差し込む光は暖かい。
だが、自分の心と身体は鉛のように重かった。
「悪魔」
ぽつりとピットはあの女に言われた言葉を思い出した。
そして、そのことにより母親の記憶も水面の波紋のようによみがえってきたのだ。
叩かれて、酷い言葉を言われて、泣いて、抱きしめられて、殴られて。
時々夢で見たことはあったが、所詮夢のことだと思っていた。
それが幼い頃の受けた仕打ちとは思いもしなかった。
「僕は、悪魔・・・・?」
自らの母親を死に追い詰めたのが自分なら、どう償えばいいんだろう。
虐待を受けた、だが自分は彼女を無意識にも殺してしまった。
背中に黒い翼があるせいで。
今見れば毛先の方はいつの間にか白く染まっている。
最後に見たのは今の学校に通う前だった。
人前に出る以上、二度とこの羽は出さない、使わないつもりだった。
それでも、死ぬわけにはいかなかったから使ってしまった。
翼を出しているせいで上半身に何も身につけられない。
ぶるり、と肩が震えた。
「ピット、俺だ」
ノックと共にスネークの声が扉の向こうから聞こえてくる。
「どうぞ、スネークさん」
促すとスネークはゆっくりと部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。
吊下げた腕が痛々しく見え、ピットは顔を伏せてしまう。
「ピット、具合はどうだ?」
「まだ・・・身体が重たいです・・・」
ぐったりこそしていないものの、体調が芳しくないのは一目瞭然だった。
スネークはピットのベッドの脇に座ると、その翼へと視線を流す。
カラスのような羽を想像していたスネークにとって、ピットの羽は予想外に美しいものだった。
不思議な艶があり、光が当たれば七色から黒水晶のように深く輝き、見る者を魅了する。
決して絵では描き表わせない、言葉にできない神秘的な雰囲気が醸しでていた。
「スネークさん、やっぱり・・・僕は悪魔なんでしょうか・・・・?」
スネークの視線に耐えれなくなったのか、俯いたままピットが問いかける。
スネークは尚、翼に目を奪われたまま、それを否定した。
「ピットは人間だ。悪魔じゃない」
「でも・・・僕は翼を持っています。間接的に自分の母親を死に追い詰めました」
「それはピットのせいじゃない」
「人間なら・・・どうして・・・翼なんて・・・」
スネークが慰めの言葉をかけても、今のピットは全て悲観的に受け取っていた。
自らの存在に疑問を抱いた以上、スネークには手の打ちようがない。
人間であるか、悪魔であるかなんて、結局の所ピットの思い次第でどうにかなるのに。
スネークは深く溜息を吐いた。
駄目だ。ピットは将来法王になる者。
こんな所で、くじかせてはいけない。
いつの間にかスネークまでもが、ピットが法王になるのだと疑わずにいた。
「ピット、俺は人間だと思うか?」
「それは・・・そうです。人間です」
ピットは伏せていた顔をスネークに向ける。
うっすら涙目の瞳は、深海のように暗い灯火を持っていた。
「俺は任務で人を殺してこともある。あの女を殺したのも俺だ」
時計塔から落ちると同時に放った弾は確実に女の胸を貫いた。
「それでも、俺は人間か?」
「・・・・・・・人間、です・・・・」
僅かに躊躇ったあと、ピットは人間だと言いきった。
それでも、スネークは人間だと信じて疑わなかった。
「俺は造られた人間だ。それでもか?」
「造られた?それはどういう―――・・・!」
訪ねようとしてピットは言葉を飲み込んだ。
スネークの眼が今までに見たことがないほど、闇の色を含んでいる。
ぞっとするような視線はピットを捕え、目を逸らすのも許さなかった。
「クローン人間というやつだ。戦争のために、最高の兵士として造られた」
「え・・・・・・・・・っ」
ピットの瞳に驚愕が走る。
部屋が重々しい空気に満たされる。
「俺はクローンだから寿命が短い。この仕事で、終いにするつもりだ」
「この仕事って・・・僕の護衛で・・・?」
「そうだ。あとは、死ぬのを待つだけだからな」
スネークの瞳に深い哀愁と孤独の闇が垣間見えた。
未来に死しか残っていなくても、スネークは任務を果たそうとしている。
ピットは居た堪れなくなり、再度顔を伏せた。
「翼があるぐらいで人間じゃないのなら、俺はとうに化け物だ」
「そんな、そんなことないです!そんな・・・こと・・・・っ!!」
スネークに縋りつくようにしてピットは泣き出した。
スネークの境遇に憐れんでいるわけでも、今の自分に対する屈辱でもない。
ただひたすら、すべてが悲しかった。
胸の奥を大きく鋭い針で何本も刺されるような痛みが苦しかった。
目が溶けるほど涙を流し、喉が焼けるほどピットは泣いた。
「ピット・・・」
困ったように、それでも優しくピットの素肌の背を宥めるように撫でる。
羽に指先が触れる。それでも気持ち悪がらずにスネークは撫で続けた。
人の心を持たない化け物では決してできない行為。
ピットはしゃくり上げながらもスネークの前で涙を零し続けた。
「・・・あまり泣くと目が溶けるぞ」
「ぅ・・・くっ・・・だって・・ぅ・・・止まら・・・な・・い・・・っ」
鼻をすすって顔を上げたとき、ふ、と温かいものを感じる。
スネークが両手でピットの頬を包みこんでいた。
あ、という間もないまま、ぎゅうと抱きしめられて腕の中に収められてしまう。
あれだけ一緒にいたのに、改めてスネークは大きくて温かいということを実感した。
頬を流れる涙を指で抱きしめている腕はそのままに、舌で舐めとるように拭う。
そのまま雲に触れるかのように唇に口付けを落とされた。
「・・・・ぇ・・・・・・・・・・・」
ぱちくりとピットが泣き腫らした目を瞬きさせる。
スネークは自嘲のような、苦笑のようなよくわからない顔をしていた。
「あ、あの、スネークさん・・・・」
「ほら、泣き止んだ。止まっただろう、涙」
「あ・・・はい。確かに・・・」
涙を止めるためだったのかと、ピットは心から恥入った。
あんな軽い口付けをされたぐらいで、取り乱す方がおかしいのだ。
「ピットの羽はきれいだな」
「えっ・・・う、わぁああっ!?」
むぎゅ、と羽の一端を掴まれピットはばたばたと焦った。
自分以外に触られたことのない羽は、無遠慮な手になす術もなく震えている。
「きっと天使の羽になる」
「天使・・・?」
「だんだん白くなっているんだろう?もう半分ぐらいなりかかってるし」
「で、ですがいつ白くなってるのか僕も不明で・・・」
「じゃあ日記につけたらどうだ。毎日書いてるんだろう。その隅にでも」
「え、え、ええぇっ!?」
慌てだすピットを尻目にスネークはにやりと含んだ笑みを浮かべた。
「なんなら俺がつけてもいいぞ。その方が違いがよくわかるかもしれんしな」
「で、ですけど、そんな・・・」
「ピット」
落ち着いた、諭すような声が大きな手のひらと一緒に頭の上に降りてくる。
「自分の身体の一部を愛してやれ。大事にしてやるんだ」
「この・・・羽をですか・・・」
「そうだ。きっと俺の方がこの羽を好きになってるぞ」
空いた手で羽を撫でつつ、ピットの頭も撫でる。
ピットはしばらく思案した後首を縦に振った。
「わ、わかりました。日記を・・・付けてください」
自分の身体の一部と認識した瞬間、それを他人に観察づけられることに羞恥を覚えた。
それでも、スネークがこの羽を好きだと言ってくれたから。
愛せないことはない、と、そう思えた。
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