遠くから流れてきた雲は国を雨季の季節に引き入れた。
3日に一度は雨が降り、梅雨の花がしとしとと身を濡らしている。
レンガの道々にできる水たまりを避けながら、スネークとピットは歩いていた。

「ピット、寒くないか?」
「大丈夫です」

カフェテラスでの襲撃以来、目立ったこともなく平和な日々が続いた。
こうして学校帰りに傘を指して並んで歩く姿など、のんびりとしたものである。

「ピットはそろそろ試験の期間じゃないのか?」
「はい。学校が早く終わるようになります」
「時間が分かったら教えてくれ、迎えに行こう」
「はい・・・・・・・あ」

くすっとピットは思い出したように笑った。
スネークは怪訝な顔でどうした、と伺った。

「この前、クラスメイトに訊かれたんですよ、いつも一緒にいる男の人は誰だって」
「えっ・・・それでなんて答えたんだ!?」

ピットのクラスメイトに関わる者がピットの暗殺に関わっている可能性がある。
正直にスネークがボディガードと答えて情報を漏らされたらまずい。

「僕が返答に困ってたら、皆友達か家族と思ってくれたようです」
「そ、そうか・・・」
「それで僕、嬉しかったんですよ」
「え?なんでだ?」
「だって僕は家族がいないんですから」

ピットは笑いこそ止まっていたものの、顔は笑顔のままだった。

「法王は・・・家族じゃないのか?」
「法王は僕を育ててくださり、将来僕がお仕えする方です」
「家族とは、違うのか」
「はい。でも、お慕いしていますし尊敬もしています」

まっすぐな瞳でピットは誇らしげに言った。
それだけで、ピットにとって法王がどれだけ大事な人なのかがわかる。

「ピット・・・・」
「だから、スネークさんと家族みたいだって言われてとても嬉しかったんです・・・」
「家族か・・・」

スネークは周りに気を払いながらも、ある男の顔を思い浮かべていた。
自分とまったく同じ顔、声、姿・・・自分の体細胞のオリジナル体であり、遺伝子上の父親。

「スネークさん?」
「ん、ああ。家族だったら、お兄さんってとこかなと思ってな」
「お兄さん?お父さんじゃなくて?」
「おいおい、俺はそんなに年じゃないぞ」

ケラケラと笑い合いながら雨に濡れた並木道を進んでいく。
次第に雨が弱まり、並木通りを抜ける頃には雨は上がっていた。
木に身を隠していた小鳥たちが恐る恐る雲のカーテンの下へと飛び立っていく。

「雨、上がりましたね」
「そうだな」
「スネークさん、僕行きたい所があるんですけど」
「今からか?」
「はい。駄目ですか?」

珍しくピットの強請る言葉にスネークはううんと唸った。
襲撃がないのは安心でもあり不安でもある。
今日、起こらないとは限らないのだ。

「どこに行きたいんだ?」
「高台です。時計塔の所にある・・・」

そう言いながらピットは6階建てほどの時計塔を指差した。
バロック調でアンティーク時計を大きくしたような時計塔はそろそろ4時に差し掛かっていた。
6時までなら曇っていてもまだ日はある。

「・・・少しだけだぞ」
「ありがとうございます!」

嬉しさが込み上げたのかピットはぴょんとスネークに飛びついた。
スネークはたたらを踏みつつもピットを受け止め、くるりと一回転をする。

「さ、日が暮れる前に行くぞ」
「はい!」

ぱっとピットの手を取って足早に2人は駆けだした。
いつの間にか繋がれた手は時計塔に着くまで離れることはなかった。







「いい眺めだな」
「僕、ここが好きなんです」

時計塔の階段を昇ってたどり着いた高台は見晴らしの良いものだった。
右手に大聖堂が見え、噴水や庭園、学校までもが一望できた。
見晴らしが良いのと引き換えに、スネークが心配したのは高台には身を隠せるものがほとんどないことだった。

「ピット、気は済んだか?」
「はい。わがままを言ってすみませんでした」
「いや・・・何事もなさそうだからな。さ、帰るぞ」

ピットに手を差し伸べた瞬間、一発の破裂音が夕闇に響いた。
同時にスネークの身体が前に倒れた。

「スネーク・・・さん・・・・」

ピットは信じられないような面持でスネークに駆け寄る。
見れば左肩から見たことがないほどの血液が流れ出していた。

「スネークさん!スネークさん、しっかりしてください!?」

涙をこぼす暇もなく、ピットは傷口にハンカチを当てた。
そんなことで銃弾に撃ち抜かれた傷と流れ出る血は止まらない。
ピットはどうしていいかわからなかった。

「ピット」

突然、階段の扉から知らない声に呼ばれた。
ピットが顔を上げると一人の女性が片手に銃を握り、扉の前に立っていた。

「あ、あなたがスネークさんを・・・?」

震える声で訊ねれば女は不気味な笑みを浮かべた。

「なんてことを・・・!!」

ピットは動かないスネークの前に立ちふさがり、両手を広げる。
スネークを守らなくては。
その一心だけでピットは銃の前に立ちふさがった。

「あなたは悪魔よ。黒翼を持つ悪魔。私の唯一の家族を奪った」

女は銃口をゆっくりとピットに向ける。
ピットには女の言っている意味はさっぱりわからなかったが逃げることもしなかった。

「僕は悪魔じゃありません!!」
「私の妹を奪っておきながらよくもそんなことを・・・」

サングラスで隠れた女の眼がぎらぎらと憎悪で燃えているのがわかった。

「そんなの知りません!僕は誰かを奪ったことなんて・・・!」
「何も覚えてないの!?あなたの背中に黒翼があるせいで、私の妹は発狂したのに!!」

『あの子は悪魔なのかもしれない』
『なんで私だけこんな子どもを育てなきゃいけないの』
『私・・・あの子に手を上げることをやめられない。暴力を止められないの』
『私、地獄に、落ちてしまう・・・・・・』

女の脳裏に妹の言葉がよみがえる。
子供の横で子供以上に泣き喚く妹。

「妹・・・あなたの母親は自殺したわ。そして私はあなたを像の前に捨てた」
「僕の・・・お母さん・・・?」
「あなたが私から妹を奪ったように、私も奪ってやる――――っ!!」

女が両手で銃を持ち直す。
今度は自分―――ピットは息を呑んだ。

「ピット!!」

女が引き金を引く刹那に、スネークは飛び起きてピットと共に時計塔から飛び降りた。
ピットは身体のすぐ上を銃弾が双方に走っていくのを見えた。
どさり、と何かが倒れるような音もしたかもしれない。
そして身体が一瞬の無重力を感じ、すぐさま落下に変わった。

「ピット俺に掴まって――」
「スネークさん!!」

視界が直下し、地面が近づく。
死ぬと思う前に、時計塔の大時計の前でピットは翼を開いた。









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