+果敢無きモノの進化論+
生まれてから死ぬまでずっと抗い生きている人間だから。
一日中、死なないように。一日でも長く生きれるように。
そう知らない内に願って生きている人間だから。
こんなに人は果敢無いのだろう。
雨がとめどなく地面を打っている。
とめどないくせに、雨はジョウロから流れる水のような優しい音で降り注いでいた。
「雨、止まないな。ワタル」
「そうだね、ミツル・・・」
雨音の隙間を塗って届く、声。
今日は、学校は休み。
2人は神社の木の下で、何をすることもなくぼぅっとしていた。
ワタルは1時間ほど前、スーパーで夕飯の食材を買っていた。
その帰りに神社の前を通ったら、ミツルがいて。
ミツルは図書館行った帰りだという。
2人が少しも言葉を交わさないうちから、この雨が降り出した。
雨が2人を葉の茂った木の下に閉じ込める。
「ふぁー・・・」
ワタルが眠たそうな声とあくびが聞こえて、ミツルは視線だけ向けた。
案の定、雨音につられたようにワタルはウトウトしている。
ミツルはワタルから目を逸らし、静かに、ずっと黙っていた。
「んー・・・・・ミツルぅー・・・・」
「なんだ?」
「眠い・・・」
「寝ればいいだろ」
「ダメだよ・・・起きれなくなる・・・」
そう言うワタルは、もうほとんど眠りの世界に入ろうとしている。
無防備極まりない。
「・・・眠気・・・覚ましてやろうか?」
「んー・・・うん・・・」
ミツルはするりとワタルの頬に手を伸ばし、顔を自分の方に向けた。
ワタルはまだぼんやりしてミツルの手のなすがままになっている。
「ミツル・・・?」
引き寄せたワタルの顔に自分の顔を近づける。
視線がぶつかる暇も無く、唇が重なった。
「・・・・・・・っんぅ!?」
ワタルが慌ててミツルを突き飛ばす。
ミツルは木の下から押し出され、瞬時に雨が身体を打った。
「な、なにするんだよ・・・・っ!?」
「何って・・・眠気覚ましにキスしただけだろ」
「だからってっ!」
わなわなと身体を震わせる。
ミツルはやりすぎたかな、と、気まずそうに顔を顰めた。
「そんなにショック・・・なのか?」
「っミツルは幻界の事をを覚えてないから・・・!」
ぽろっと、ワタルの涙と一緒に零れた言葉。
『幻界』、と。
「幻界・・・?」
ざわざわと、今度はミツルの身体がわななく。
雨に当たり続け、寒さを訴えるのと明らかに違う身体の震え。
ドンッとミツルの頭に弾丸で貫かれたような衝撃が走った。
「うぁ・・・っな、なんだ・・・頭が・・・割れ・・・っ!!?」
ミツルは両手で頭を抱えて、濡れた地面に倒れこむ。
泥が跳ねて黒の服に茶色のシミを作る。けれど、気にしていられる状態でもなかった。
頭痛がひどくなる。
心拍数がどんどん上昇する。
ミツルの異常に、ワタルは木の下から飛び出して駆け寄った。
「ミツル!ミツル、どうしたのっ!?」
「あぁ・・・あ゛・・・・うわぁぁぁぁアアアァああっッ!!!」
ワタルがミツルをいくら呼んでも、まともな言葉は返ってこない。
ミツルの倒れて苦しむ姿が、ワタルの冷静さを奪っていく。
「ミツル、ミツル!どうしたの、頭が痛いの!?」
ワタルの声は、ミツルには届いていない。
そのかわり、ミツルは頭がドクンと脈打つ音を聞いた。
ミツルの頭の中で、さまざまなイメージが飛び交う。
視る、ではなく脳に直接打ち込まれていく光景。
運命。
扉。
幻界。
鳥。
魔法。
自分。
力。
宝玉。
敵。
人。
森。
炎。
国。
想い。
欲望。
破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊。
悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴。絶叫。
影。
過ち。
女神。
ワタル。
・・・・アヤ。
守れなかった。
大事なもの。
死。
「ア゛、あ゛あ゛あ゛、アァァぁぁぁっ!!」
「ミツル、しっかりしてよ、ミツル!」
雨の中、痙攣するミツルを押さえようと、ワタルは必死でしがみ付いた。
もう、どうしていいか分からない。
ワタルも泥だらけになりながら、ミツルに何度も呼びかけた。
「ミツル、ねぇどうしたの、ミツル!」
「・・う゛・・あぁ・・・・・帰・・る・・・幻界・・・っ!」
「!・・・ミツル?帰る?今、帰るって言ったの!?」
「・・あ、あ、アアっ・・・あ゛あ゛あ゛あアアああァっっ!!!」
「ミツル!とりあえずボクのマンションに行こう、帰ろう!!」
ワタルは泣き叫けぶような声で言った。
こんな状態で、ミツルの家に連れて行くわけにいかない。
幻界の事を言った瞬間、ミツルが混乱を始めたのだから。
僕のせいだ、ボクが幻界なんて言ったから。
ワタルはミツルを抱きしめて、ミツルの言った言葉を繰り返した。
「帰ろう・・・帰ろう、ミツル。だから落ち着いて・・・」
「帰・・・る・・・」
痙攣するミツルの身体は次第に落ち着きを取り戻していく。
それでも、ミツルの様子はまだおかしかった。
今度はまるで生気が無いかのようにその場から動かない。
虚ろな瞳で、捨てられた人形のように泥まみれで倒れていた。
「ミツル・・・絶対に助けるから・・・」
ワタルはミツルを背負うと傘と荷物をすべて左腕にかけて歩き出す。
1歩1歩は遅く、歩幅は小さい。
雨だか汗だか分からない水が身体中を濡らす。
服が張り付いて、靴の中に水溜りが出来る。
それでも、ワタルは足を休めること無く歩いた。
「ミツルを元に戻さなくちゃ・・・・・・・!」
ワタルは泣きそうな気持ちを抑え、雨の中を歩き続けた。
next.
ブラウザバックでお戻り下さい。