+霧の森+
空には厚く灰色の雲。
森には霧に満ちた空気。
木々の間はおろか、身体に纏わりつくような水気に、勇者達は揃って不快な顔をした。
「・・・天気の悪い時に森に入るもんじゃないね・・・」
「言うなよレッド」
「しっかし、気持ち悪いぜ。べたべたしやがる」
高濃度な霧に、最初に音をあげたのはレッドだった。
塩を浴びた野菜のように、よたよたと歩いている。
他の3人も髪と肌の間に生まれる汗に、不快感を覚えていた。
「この森はそう大きくないからすぐに出られるかと思ったんだがな・・・」
独り言のようにヴィオが呟く。
確かにこの森はそう大きくは無い。
だが、尋常ではない霧の深さは4人の感覚を鈍らせていた。
「ヴィオ、今どう進んでるのかわかる?」
足元まで白ませていく霧に危険を感じたのか、グリーンが訊ねる。
ヴィオは苦い顔をして、溜め息を吐いた。
「迷っているわけじゃないが・・・これ以上霧が深くなると厄介だな」
「えぇ〜じゃあ今日はここで野宿なの〜!?」
「落ち着けレッド。・・・だが、その可能性は無くはない」
そう言ってヴィオは頭上を見上げる。
空の半分は霧に遮られ、昼の明かりも夜の闇も定かではない。
「おいどーすんだよ、野宿なら今のうちから休んだ方がいいんじゃねぇのか?」
「ブルー、僕らが森に入ったのは昼が少し過ぎたところだったよな?」
「あ?ああ、確かそんくらいだ」
「時間からして移動できるとすればもう少し動ける。その間に森を抜けれれば・・・・」
「森の外で野宿だね!」
どの道、野宿には変わりない。
だが、何がいるか分からない森の中よりはマシなのだ。
「しょうがねぇな、レッド、お前大丈夫か?」
「うん、もう少しなら・・・」
「はぐれないようにな」
「はぁ・・・3人とも、行くぞ」
4人とも体力的なものと霧の深さに不安を抱えながら、気味の悪い霧の森を歩いた。
何時の間に。
霧は気がつかない内に深まり、腕の長さしか回りを見ることが出来なくなっていた。
それよりも、他の3人がいない。
2、3歩ぐらいしか離れていなかったはずなのに、はぐれてしまったらしい。
「まずいな・・・」
ヴィオはチッと舌打ちした。
辺りには誰もいない、それ以前に霧しか見えない。
白いもやもやしたものが自分に纏わりついている。
「さっきまでこんなに霧は深くなかったはずだ・・・」
ヴィオの頬に嫌な汗が走る。
もし、自分ひとりではなく全員ばらばらに別れてしまっていたら。
最悪の場合、遭難、引いては――――。
「っそんな馬鹿な・・・あいつらのことだ、大丈夫・・・」
独りがいいと思いながらも、仲間に何かあると思えば寒気が走る。
そんな自分に嫌気がしながらも、ゆっくりと足を進めた。
不意に、手が木に触れる感触。
ヴィオはしばし木を見詰めて――その木が所々光っていることに気付いた。
「なんだこれは・・・?」
ヴィオが木の光っている部分に触れた瞬間。
「なっ・・・!?」
光の玉が波のような猛烈な勢いでヴィオに襲い掛かる。
ヴィオはその反動で後ろにぐっと飛び去った。
そのまま勢いを殺さずに、ヴィオは剣を引き抜き、光の玉の群に向かって投げる。
剣は光を貫き、その後ろの木に突き刺さった。
「っう、あ・・・なん・・だっ・・・この・・・音は・・ぁ・・・!!」
その瞬間、光から耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が木霊した。
超音波のようにヴィオの頭を振動させる。
ヴィオはざりざりと背中が地面と擦らせながら、弓を引こうと背中に手を伸ばした。
地面をの摩擦が止まった瞬間、すぐに身を起こして弓を引く。
「くそ・・・っ・・限界か・・・っ!」
ヴィオは矢を打つこと無く、地面に倒れこんだ。
カラン、と手から落ちた弓矢が霧の中に響く。
「こんなところで死ぬ気か?」
自分のすぐ近くで声がした。
聞き覚えのある声。
仲間の声ではない、自分達の姿に良く似た―――。
ヴィオはハッとして目を覚ました。
「痛っ・・・!」
超音波を受けたせいか、頭が揺れる。割れるように痛い。
「お目覚めか、勇者サン?」
「お前は・・・シャ・・ドウ・・・!」
ずきずきと痛む頭を抑えながらヴィオは警戒した。
なんで、こんなところに影の勇者が。
弓矢はまだ足元にあったが、剣は木に突き刺さったままだ。
「馬鹿だな。こんなモンに惑わされやがって」
シャドウは指で抓んだ光の玉を虫を潰すようにブチリと潰した。
光の玉は霧散して綿毛の様に舞い落ちる。
「それは・・・なんだ?何を潰した?」
「コレは邪妖精の1種だ。霧に混ざって現れて人間を惑わす」
「妖精・・・」
「こいつは1匹じゃない。まだたくさん居る」
「じゃあ・・・早く他の妖精を倒さなくては」
「どうやって?妖精は数十体はいるし、1万匹以上居たら強い幻覚を見せられて死ぬぞ」
写し絵の世界のような濃厚な幻覚をな、と続けられた。
「・・・どうしたらこの霧を抜けられるんだ」
「俺が教えてやるとでも?」
「・・・質問を変える、お前は何をしに来た?」
「お前らが食われるところを見に来たんだよ」
「食われる・・・?」
シャドウは空中を漂いながら喉で笑った。
笑い声は霧に混ざり、濁りながら響く。
「ククク・・・知らないのか、霧の亡霊を」
「霧の亡霊だと?」
「深い霧で死んだものは魂を囚われ、魂自体が霧となり、人を霧に招き入れる・・・」
「それが霧の亡霊というわけか」
「人間の魂は滑稽だな、自然にすら束縛される」
シャドウは剣の刺さったの木に寄りかかり、ヴィオを見詰める。
ヴィオはシャドウから目を離さないまま、静かにその視線を受けた。
「魂自体が霧になる・・・」
「どうした、いい考えでも浮かんだのか」
「・・・・・・・・」
頭痛の治まった頭でヴィオは思考を巡らせた。
シャドウをその様子を、面白くないといった顔で見詰めている。
「シャドウ、俺の最期の願いを聞いてくれないか?」
「な、なんだよ、突然・・・」
「どうせ死ぬんだろう?勇者言えど人間だ、願いぐらいある」
「フン・・・まぁいいだろう、聞いてやるさ」
「火、くれないか?」
ヴィオはシャドウの傍に歩み寄る。
「火?なんだ、火葬にでもして欲しいのか?」
「そうだな、盛大にして欲しい・・・・・頼めるよな?このぐらい」
ヴィオはシャドウの寄りかかった木に自分も寄りかかった。
そっと剣を引き抜いて鞘に戻した。
そのまま身体を木に預け、ゆっくりと目を閉じる。
シャドウは怪訝そうな顔をしてぱっとその木から離れた。
「じゃあ、望みどおりその木ごと燃やしてやるよ・・・」
シャドウは右の掌をヴィオに向かって突き出し、力を込めた。
霧の中に熱気がこもり、シャドウの掌に収束される。
ヴィオは肌に感じる熱気に目を開け、静かにシャドウを見据えた。
「最期に言い残すことは無いか?」
「・・・礼を言うぜ、シャドウ」
ヴィオが口元に笑みを浮かべた刹那、シャドウは炎の塊を放射した。
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