+ジュース+





「もうすっかり夜だよ〜」

クロノアが夜風に耳をはためかしながら言う。
空にはぽっかりと穴を開けたかのような白い満月。
雲すらなく、眩い星達は弧を描くようにずっと遠いところまでぎっしりと埋まっていた。

「チッ、まさかこんなに人がいるたァ思わなかったぜ」

宿探しを始めたのは夕暮れ前。
いつものように日暮れにはどこかに落ちつけるだろうと思っていたのだが、今日はそううまくいかなかった。
えらく大人数の団体とぶち当たってしまったのだ。
ツアーでもしているのかと思えば、大きな荷台と用心棒のような屈強な男たちが何人もいた。
おそらくどこかの商人が大量の商品を運ばせているのだろう。
迷惑だ、とガンツは吐き捨てた。

「ガンツ、今日は野宿?」
「バカ言え、宿が目の前にあンのに野宿なんかできるかよ」
「でもどこも満室じゃんかー」
「うるせェな、ちょっと黙ってろ」

ガンツはきょろきょろと辺りを見回し、明かりの灯った建物を見る。
そのまま少し歩いて、西部劇を模したような酒場の前で足を止めた。

「・・・仕方ねェな、今日は酒場に泊まンぜ」
「酒場?」
「夜うるせェからあんま好きじゃねェんだけどな」

観音開きの戸を開けて2人で中に入る。
中にも十分客が入っており、部屋があるかは怪しいところだ。
初めての場所もあり、クロノアがきょろきょろしている内にガンツはさっさと部屋の調達に行ってしまう。

「わっふー・・・」

賑わう人々。
食堂などと違い、所狭しと酒瓶や樽が置かれ、円卓のテーブルは満杯だった。
大きな声で歌っている人、酒を水のように飲んでいる人、食事だけしている人。
様々な人がいる中、女性は給仕のウェイトレスしかおらず後は皆男だった。
天井のぐるぐる回る羽を見上げた瞬間、ボンと後ろから押されてクロノアは前のめりに倒れこんだ。

「まぎゃ!」
「気をつけろ、ガキ!」
「そ、そっちがぶつかってきたんじゃないか!」

起き上がりながら相手を見ると、先ほど表で見た顔だった。
腰にナイフを携えた、用心棒みたいな大きな男。
その男の後ろにも何人かガタイのいい男達が階段に立っている。
ぽかんと見上げていると、男たちの間を通るように降りてきた男がわしっとクロノアの耳を掴んだ。

「わああっ!?」

大きな手がそのままクロノアを掬いあげる。
他の男達ほど好戦的な格好ではなかったが、旅慣れした風であった。
葉巻を銜えて、他の者より明らかに大きい態度をしている。

「ボス、どうしたんですか?」

ボスと言われた男はクロノアを舐めるように見た後、男の質問には答えずクロノアに問いかけた。

「こんな所にいるんだ、ボウズは春売ってんだろ?」
「は、春?」
「ボウズはいくらだ?言い値で買ってやってもいいぞ」
「い、言い値・・・・」

自分の値段を問われてクロノアの頭は?マークを浮かべる。
だがそのすぐ後に、以前ガンツに言われたことを思い出してクロノアは首を横に振った。

「ボ、ボクはそういう仕事の人じゃない!放してよ!!」

耳を引っ張られたまま睨みつける。
だが逆に男はそれが気に入ったらしく、ますますクロノアの身体を撫で回していった。
元々この男にはそういう性癖があるのだろう。
周りの男達も黙っているだけだった。

「や、やめてったら!ボクは部屋を探しにに来ただけだよ!」

ぞわぞわと産毛を撫でるような触り方にクロノアが拒絶の声を上げる。

「っ――放して!嫌っ!」
「ボウズ、ワシと賭けをしないか」

一方的に触っていた男が言う。

「っ賭け?」

男の手が止まり、クロノアは聞き返した。
耳さえ掴まれていなければ、このまま走って逃げるところだった。
言葉を交わしたクロノアに、にやにやと男が笑いかける。

「ボウズが勝てばここの一番いい部屋に泊めてやる」
「へ・・?」
「どこの宿ももう一杯でここに来たんだろう」
「そ、そうだけど・・・」
「ワシはすでにこの宿に部屋を取っているからな、その部屋をやろう。金も払ってある」

クロノアは辺りを見回した。
こういうことはガンツに訊いた方がいいと思ったのだ。
ガンツを見つけるまでどうにか話を伸ばすべく、賭けの内容を訊ねる。

「賭けってどんなことするのさ?」
「なぁに、ちょっと単なる飲み比べだ」
「飲み比べ?それって・・・お酒?」
「もちろんだとも」
「ま、待ってよ、ボクお酒なんか飲めない!」

慌てるクロノアに男が畳みかけようとする。

「逃げるのならばこのままワシの部屋に――」
「何してやがる」

不機嫌な声が聞こえたのはその時だった。

「ガンツ!」
「おお・・・!」

クロノアと男が同時にガンツを見た。
クロノアはともかく、男までもがなぜか感心したような声を上げている。

「オレの連れだ、返してもらおうか」
「ふむ、それが今この子に賭けを申し込んだところでねぇ」
「賭けだァ?何してんだオマエ」
「し、知らないよ!」

キッと男を睨みつけてガンツがクロノアの傍に寄ろうとする。
だが、あと一歩のところで男の取り巻き達に阻まれた。

「邪魔だ、どけよ」
「ボスはあの子どもをご所望なのだ」

クロノアから見えないようにして取り巻きの内の男が一人、小さな袋を渡す。
封の緩んだ服をからは銀色の通貨が数枚見え隠れした。

「邪魔だっつってンだろ!」

男に足払いを掛けてすっ転ばす。
その腹の上に袋を投げつけた。
人が倒れる音とチャリーンという金の音に自然と客たちの視線も集まってくる。

「おやおや、随分乱暴な・・・だが、君もきれいな顔をしているな」
「・・・さっさとそのガキを放せ」

くっくと男が笑う。
ガンツは気色悪そうに眉を顰めた。

「どうだ、君が飲み比べをしないか。勝ったらここの部屋を渡してやろう」
「・・・随分余裕だな。負けたらどうなる」
「2人ともタダで身体を貸してもらうだけだ。なぁにどの道宿には泊まれるぞ」
「変態が」

吐き捨てるように言い、クロノアと男を引き離そうとしてガンツの手が止まる。
クロノアの腹部の影から、銀色に光る鋭利なものが見えたからだ。

「テメェ・・・」
「・・・ワシは君みたいな気の粗いのを灰皿代わりにするのが好きでねぇ」

にたにたと男がナイフで腹部を甘く刺す。
ビクッとクロノアの身体が震えた。

「チッ、その賭け乗ってやるぜ!」

男たちに囲まれながらガンツが啖呵を切る。
これ以上うだうだやっても埒が明かないと判断したため。
何より、クロノアとこの気色悪い男から引き離すのが先決だった。
男たちに囲まれながら近くの席に座らされる。
向かいには先ほどの男ではなく取り巻きの男が一人座った。

「あン、テメェが相手じゃねェのかよ?」

片眉を吊り上げて、脇で悠々と葉巻を吸う男を睨む。
男は嫌みったらしく煙を吹かし、ウェイトレスに一樽持ってこいと命令していた。
すでにその勝ち誇ったような顔は、きっとこの取り巻きの男が酒豪なのを知っているからなのだろう。
自らは競わずに下の者にやらせるとはイイ度胸だ、とガンツは心の中で毒づいた。

「ガ、ガンツ・・・」

解放されたクロノアが男達に囲まれながらもガンツを見上げる。
不可抗力とは言え自分の招いた事態に不安を感じているようだった。

「いいからオマエはそこでメシでも食ってろ」

務めていつも通りの笑みを浮かべ自信満々に答える。
仕方がないこととは言えこんな酒場に連れてきた負い目も多少ガンツにあった。

「わ、わかった」

そうこうしている内に小樽が運ばれてきた。
テーブルの上に置ける大きさとは言え20人分はありそうなぐらいのものだった。
ガンツと男の目の前にジョッキが置かれ、その中を酒が満たしていく。

「さぁ、始めるとしようか!」

自身は何もしないくせに、葉巻を銜えた男は声高らかに宣言をした。
ガンツはその様を鼻で笑いながら注がれたジョッキを手に取る。
普段あまり飲まない液体が喉を焼いて行くのが分かった。







ガンッと重たい音を立てて椅子から転げ落ちる。
転がったのは飲み比べをしていた葉巻男の部下の方だった。
テーブルの上にはあれから2つ小樽が足され、中身も度数も高いものに変わっていった。
それでもガンツは若干顔を赤く染めながらも最後の酒を飲み干す。
溜息のように吐いた息は熱を持っており、どこか艶めかしくも見えた。

「こいつが負けるとは・・・お前は一体何者だ・・・!?」

あんぐりと口を開け、葉巻を落とした男が茫然とガンツを見る。

「オレか、オレは賞金稼ぎだ。まァ、金色の死神とも呼ばれてるがな」

ガンツの二つ名を聞いた途端ざわっと辺りが騒々しくなっていく。
まるでその反応が来ることを知っていたかのようにガンツは悠然と笑みを作った。

「・・・そういやァテメェらの積荷からさっき妙な匂いがしたンだけどよォ」
「な、何言って――ヒっ!?」

ガンツが酔っているとは思えない速さで銃口を相手の眉間に貼り付ける。
周りの男達もとっさに構えたがガンツはそれを射抜くような視線で制す。
カッカッと引き金を引く真似をした後、低い声で怒鳴り付けた。

「ブタ箱にぶち込まれたくねェならとっとと金置いて失せやがれ!!」

その一喝に男達は慌ただしく倒れた男を担いで酒場から去っていく。
最後に出た男が金の入った袋と部屋の鍵を投げつけてきた。
ガンツはそれを受け取るとウェイトレスを呼び、酒代とチップを払う。
残りは自分のポケットの中に収めた。

「ガンツ!」

飲み比べの間、一番不安そうにしていたクロノアが駆け寄る。
酒というものがまだどういうものか知らない彼は、顔色を変えていくガンツを一番心配していた。

「だ、大丈夫なの!?」
「・・・クロノア、荷物持ってこい」

短く切るとガンツはややよろめきながら2階へと上がっていく。
クロノアもすぐにその後を追い、部屋へと入った。

「うわぁ・・・ゴーカ・・・」

一番良い部屋というのは本当だったらしい。
扉からでは分からなかったが部屋の中は2部屋分ありそうなぐらい広く、アンティーク調の内装で本の中の貴族の使うような部屋だった。
大きな幾学的な紋様をした色鮮やかで柔らかな絨毯。
赤地に金や黒の刺繍の入ったカーテンに下を向く花の形をした白いランプ。
透かし彫りで円状に湾曲したテーブルと白地にバラの細かい刺繍の入ったソファー。
部屋の奥にある大きなダブルベッドにも木の彫刻が施されており、シーツもふかふか。
クロノアはソファーに荷物を置くと、先に入ったはずのガンツの姿が見えないことに気づく。

「ガンツ?」

呼べば声の代わりにもう一つ扉の奥から水の流れる音がした。
その後にしんどそうにやつれたガンツが出てくる。

「だ、大丈夫・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

億劫そうにクロノアを見るともう寝る、と言われ上着を渡された。
そのままガンツはベッドに転がり動かなくなってしまう。

「え、ちょ、ボクどこで寝たらいいのさ?」

ガンツの上着を畳んでソファーに置きながらクロノアが問う。
パンパンとめんどくさそうにガンツが自分の横のシーツを叩いた。
あとは好きにしろ、と言わんばかりにクロノアに背を向ける。

「も〜・・・」

ぶつくさ言いながらもクロノアは肩を落とした。
もしあの飲み比べでガンツが負けていたら今頃自分の身はどうなっていたか知れない。
前にガンツにされたことよりももっとすごいことをされていたかもしれないかと思うと背筋が凍る思いだった。
クロノアは頭を振ると風呂場に入っていく。
そこでまた風呂場の豪華さに感嘆の声を上げ、服を脱いだ。
石鹸からタオルまですべて揃っており、何より寝そべっても余裕なほど大きな浴槽が魅力的だった。
ガンツが使ったせいか浴室のタイルは水で濡れていたが特に気にしない。
服を濡れない所に掛けるとコックを捻った。
最初の冷たい水に身体を震わせながらも頭からその水を受け止める。
そのまま身体を洗い、お湯が浴槽を満たすまでじっとしていた。

「はぁ・・でもガンツが勝ってよかった・・・」

お湯の出る勢いが強いせいかあっというまに座ったクロノアの腰まで満ちていく。

「あのおじさん気持ち悪かったぁ・・・」

触られたところを何度もアカすりタオルで擦り込んだ。
あの生理的なぞわぞわ感は、いうなればナメクジみたいなものが身体を這った感触に近い。
クロノアはお湯を止めて胸まで溜まったその中に顔を浸けた。

「(でもガンツになら・・・)」

はっとして顔を上げる。
今まで封じ込めていたあの快感が、巻き返してきそうな気がした。
噛みつかれるような口付けをされて腹を裂くように秘所を暴かれて。
濁流に飲まれるように快楽を擦りこまれて熱いものを受け入れさせられた。
その後の翌朝はひどいものだった。
声は枯れ気味で身体はあちこち痛む。
だけど、その日のガンツはいつもより少しだけ優しかった。
銃を握る少し硬い手が優しく髪を撫でる。
それから一切そんな行為はなかったが、それが逆に物足りなく感じてしまった。

「っ何考えてんだろボク・・・」

気付けば、自分のものが緩く反応している。
しばらく思案した後、クロノアは浴槽の縁に腰かけゆっくりとそれに触れた。
戸の奥にはガンツがいる。
今戸を開けられたらどう足掻いても言い訳できない状況。
それなのに動く手を止めることができなかった。
そのことが逆に拍車をかけたのかもしれない。

「んっ・・・あ・・・・」

あの時とは大分差のある稚拙な快感。
先端から零れる蜜に指を絡め滑りを良くしながら何度も摩擦する。
浴室の水の滴る音に混じって響く淫猥で粘着質な音。
それでも―――あの脳裏を白く焼き切るような快感には程遠い。

「あっ・・・出ちゃ、・・ぁっ!!」

ビクっと小さな背を仰け反らせて蜜液は放った。
大きく息を吐いて身体の奥に響くじんじんとした衝動をやり過ごす。

「足り、ない・・・・」

空しい気分が押し寄せ、なぜか泣きたいような気持になってきた。
熱くなりかけた頬にお湯を浴びせ、身体の汚れを洗い流し早々に風呂を出る。
これ以上入っていたら別の理由でのぼせてしまうような気がした。

















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