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「…クロノア?どこ行きやがったアイツ」

バイクを背もたれに眠っていたガンツは辺りを見回した。
クロノアも近くの木漏れ日で昼寝をしていたはずだが、すでにそこにはいなかった。
ひゅうと風が吹いて木々が揺れる。
何度か名を呼んだ後、数歩離れた木の影から不意に物の動く気配を感じた。
そこにいたのか、と肩を竦める。

「クロノ…」
「……死神」

木の影から姿を現わしたのはクロノアに似て非なる存在。
彼の『哀しみ』の心の具現であり支配者。
常に愁いの表情を浮かべている哀しみの王だった。

「…!お前か…」
「…僕じゃ都合が悪い事でもあるわけ?」

首を傾ける王にガンツは眉を顰める。
こいつが出てくる時はクロノアに何かあった時が多いからだ。

「そういうわけじゃねぇがな…またオレにお説教か?」
「違うよ。クロノアは今ルーナティアで休んでるだけさ」

どうでもよさ気に息を吐き、側の木に手を着く。

「あァ?また心ン中ってやつか?」
「…あぁ、そうか。きみはルーナティアを知らないんだったよね」

まるで言葉を知らない子どもを見るような眼でガンツを見る。
居心地の悪い王からの視線に、ガンツは自らのバイクへと視線を向けた。

「…オレには関係無ェことだ。適当な所で呼び戻してくれ、出発できねェだろ」
「簡単に言わないでよ。そもそも僕の意思でやってるわけじゃないんだから」

非難の視線がお互いに交わり、どちらともなく肩を竦める。
事態の進展は所詮この場にいないクロノア次第なのだ。

「…オレもテメェもアイツ待ち、ってわけか」

あーあ、と言いた気に溜息を吐き、空を見上げる。
空の向こうはやや赤みが差してきていた。

「誰にだって休息は必要だからね」

金色の帯を漂わせ、すとんと膝を抱えてその場に座り込む。
部屋の隅っこに座るわけでもないのに、とガンツは苦笑した。

「クロノアも夜寝る前にルーナティアとやらに行きゃあいいモンを…」
「知らないよ。きみがまた何か変なちょっかいでも出したんじゃないの」
「ちょっかいねェ…さァな、覚えがねェぜ」

無言ながらも口ほどモノを言う深紅の眼差しが責める。
何だよと言っても別にと返ってくるだけで言い争いにもなりはしない。
先程よりも少し冷えた風が、金色の襟元をくすぐった。

「…オイ、クロノアが戻ってくるまでの時間もわからねェんだろ?」
「そうだけど?」
「しかたねェ、今日の宿を探しに行くぞ。バイクは乗れるな?」
「……は?」

思いがけない事を言われ、膝に埋めた顔を上げてぽかんと口を開く。
開いたままの小さな口から白い歯とサーモンピンクの舌がちらりと覗いた。

「このままボケっとしてたら夜になるだろうが」
「いや、何で僕がそこまでしないといけないの」
「オレにテメェの身体担いでバイクに乗れっつーのかよ?」
「…野宿すればいいじゃん」
「あと15分も走れば街に着く。なのにこんな所で野宿できるか」

王は口を尖らせ、より深く膝を腕で抱え込んでしまう。
ガンツはパンパンとバイクの座席を叩き王を呼んだ。

「ホラ、バイクに乗るぞ」
「…じゃあ、せめて歩いて行こうよ」
「はァ?歩いたら確実に夜になるだろうが!」

王は困った様に視線を彷徨わせ、最後に行きたくない、と首を振った。

「座ってるだけでいいンだから…いくらテメェでもできるだろ」
「いや、出来なくはなくはないけど、何て言うか…ほら……」
「あァ?なんだっつーんだよ」
「だから…つまり……」

もじもじと俯いて指を弄る王にガンツはいつもと違う空気を読み取る。
どうしたんだと顔を覗き込もうとすれば、蚊の鳴くような声で呟かれた。

「……乗り物…怖い…」
「……ハァ?」
「だからバイク!乗り物!」
「ア…アホか!んなくだらねェ理由で煩わせンな!!」
「くだらないなんて失礼だな!僕にとっては死活問題なんだよ!」
「野宿だとオレにとっての死活問題だ!乗ってる間はじっとしてりゃいいんだから乗れ!」

くわっと意見をぶつけ合い、一歩も引かない姿勢を見せる。
一喝して乗せようとするガンツに王は激しく抵抗した。

「ただ乗れないだけならそうするよ!でも…意識飛ぶ…から…」
「なんで座ってるだけで意識が飛ぶんだ!?」

長い耳を下へ伏せ、理解できないと頭を抱えた。
王は王で大きな耳で頭を庇い、脅えるような眼でバイクを見る。

「頭がガンガンしてきて、目が回ってきて…それで」
「…一体何に乗ったらそうなるんだ…」
「…飛行船とジェットコースターだけど…今までに乗った乗り物はね」
「死ぬ気でオレにしがみついてりゃどうにかなるんじゃねェか?」
「もしそれでも気絶したらどうするの。バイクから落ちて怪我をするのはクロノアなんだよ?」

真剣に小馬鹿にした顔で、王はガンツを見詰めた。

「…最悪背もたれにでも括りつけるか…」
「…あぁ、その手があるね…」

二人で遠い眼をしたものの、頬を打つ風は冷たくなる一方である。

「とりあえずバイクに乗れ。そのまま荷台に括りつける」

ポンポンとバイクの背もたれの後ろを叩いて再度王を呼ぶ。
だが王は立ち上がりはしたものの、金色の帯をくねらせて拒否の意を示した。

「荷台はやだ。僕のこれをきみに括りつけるよ」
「お断りだ。オレの身体を引き千切る気かよ」
「じゃあ僕もお断りだよ」
「…じゃあどうしろってンだ」

暫しの無言が2人を包む。
はあ、と王が小さく声を上げた。

「…一億ほど妥協して、僕を背もたれに括りつけることを許すよ。ただしこれでね?」

クイと金色の首輪を持ち上げる。

「意識フッ飛んだら解けねェか?」
「結んでおけば、大丈夫だと思う」
「本当だろうな…うっかり解けました、じゃシャレにならねェぜ」
「当然だよ。他の人なら兎も角クロノアに怪我だけは絶対させないよ」

心外だ、と王は冷たい深紅の瞳でガンツを見る。
クロノアが大事だと、瞳だけで説き伏せられている気がしてガンツは肩に力を込めた。

「…そうだな。じゃあ後ろ乗れよ、括るからな」
「………分かった」

物凄く苦い顔をしながら王がバイクに驕る。
慣れない乗り物のためか、上半身が不安定になるのを急いで支えた。

「じゃ、括りつけるからな」

背もたれに王の背を押しつけ、金色の帯の端を捕まえてしゅるしゅると巻いていく。
たちまち王はまるで母親の背中に括りつけられた幼児のような姿になった。

「…こんなモンか。緩くねェか?」
「…何か凄く屈辱的な気分だよ」

身動きできない上に四肢を前方に突き出した格好はお世辞にも王の取るポーズではない。
にやにやと笑うガンツに王は頬を赤くし、心底の屈辱を感じながらも精一杯のプライドを持って睨みつけた。

「発進の時に頭ぶつけねェよう、気をつけろよ」

自らも慣れた動きでバイクにまたがり身体を少し前に倒す。
背中にある王の身体を潰さない為だ。
本当はぴったり背をつけて腹に腕を回させてもいいのだが、嫌がられそうなので止めておいた。

「出発すンぜ」

ドゥルンとエンジンを吹かしアクセルを回した瞬間。

「ぐはっ!?」

ガンツの首が仰け反り、急ブレーキがかかる。
髪の毛の根元を押さえながら振り向けば王が縛った髪の毛の先を強く握りしめていた。

「オイ、テメェ…」
「こ、怖い…」

青ざめた王の顔に拳骨をつくっていたガンツの手が緩む。
ひとつ息を吐いた後、また前を向いて王の前に背を寄せた。

「手ェ回すなら腹掴まねェで自分の指を絡ませとけよ!」
「う〜…助けて、クロノア助けて……」

呟きながらも言われた通りにする王に安堵しながらガンツはアクセルを回す。
エンジンを吹かせて揺れる車体にひっと泣き出しそうな声で縋る。

「…も、もう何でもいいから早く着いて…」
「行くぜ」

流れ出す景色に王が慌てだす。

「落ち着け!」
「だ、大丈夫!まだ意識、あるから…!」

何がどう大丈夫なのか。
ガンツは腹に回された腕に若干ハラハラしながらも緩やかにスピードを上げた。























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