+彷徨い+
足元の暗い路地。
チカチカと道の端で光る看板のネオン。
自分は彷徨っていた。
ふらふらと特にすることも無かった。
軽く酒を飲んで帰ろうかと思っていた。
そしたらフォックスと出合った。
誘われたから、そのまま付き合った。
多少話をして、俺はあいつを抱いた。
特に変わった事はなかった。
終われば、さっと別れた。
その矢先の事だ。
「お前は・・・」
「あれ・・・ウルフ?」
たった今、会って来た奴の父親がいた。
夜だというのに黒いサングラスを掛けている狐。ジェームズ・マクラウド。俺の宿敵。
正直、死んだとは思っていなかったが、幽霊を見たような心地だった。
「えーと・・・じゃ!」
ちゃっと手を上げて走り出そうとする狐父をつい殴り止める。
とっさの事だったので力加減がつかず、かなり殴り飛ばしてしまった。
ぶっ飛んで壁に激突したジェームズはそのまま動かなくなる。
「あー・・・オイ、大丈夫か」
「いきなり殴り飛ばすとは乱暴だな」
ごきんと首だけ動かして俺を見る。
頼むから止めてくれ。気持ちが悪い。
「てめぇ死んだんじゃなかったのかよ」
「それはそうなんだが、まぁこうしてここにいるしな」
何事も無かったかのようにむっくと起き上がって服についた汚れを払う。
ゾンビかお前は。
「答えになってねぇ」
「そうだなぁ、ところで腹は減らないか?」
思い出した。
こいつはフォックス以上に人間的に掴みどころの無い奴だった。
まともに生きていた時も超マイペースな奴だった。
「腹は減ってないが・・・酒なら付き合ってもいいぜ」
「じゃあそうしよう。こっちだ」
すたすたと歩き出すジェームズの後に続いて歩き出す。
歩幅は同じ位なのに異様に進むのが速い。
段々と移動スピードが上がっていく。
「っは!てめ・・・」
「はーはははは!!」
俺がジェームズの意図に気付いた瞬間、奴は走り出した。
しかし俺も昔のままと思ってもらっちゃ困る。
長年レオンと過ごしたせいで足は格段に速くなってるからな。
「うおらぁっ!!」
「わぁっ!?」
飛びつくような捨て身タックル。
ずりりりと3mほど大地と仲良くなって、やっと止まった。
「ウルフ、痛いじゃないか」
「逃げ出すのはまだ早いぜ」
とうとう観念したようで、のろのろと立ち上がる。
油断も隙もありゃしねぇ。
目を離さないように、しばらくは慎重に歩いた。
「えーと、ここに入るか?」
「・・・おう」
指した先は極普通のバー。
ジェームズを先に店のドアをくぐらせ、その後に続く。
お互い、無意識に店内が一望できそうな場所を選んでしまうのは職業病だ。
とりあえず俺はカウンターに座ってさほど度数の高くないアルコールを選んだ。
「もっと強いのにしないか?」
「話てぇ事は色々あるんだ。話が済んだらそうしやがれ」
「強いのでも大丈夫なのに」
「酒豪でザルのてめぇと俺を一緒にするな」
しょーがないなーと言いつつジェームズは注がれた酒を飲む。
本当に、こいつに合わせて飲んだら死んでしまいそうになる。
いくら飲んでも酔わないくせに、その場の雰囲気には酔う男。
「ウルフ、さっきタックルされた時に気付いたんだが、フォックスと会ったのか?」
なんか匂いがした、と訝しげに聞いてくる。
「ああ、抱いてきた」
特に隠す事じゃないとさらりと返してみる。
ふふん、これに少しは懲りてフォックスの性教育をやり直してやれ。
「そーか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」
「・・・遅ぇ反応だな」
「私だってあまり抱き上げて高い高いとかしてあげてないのにわざわざしてくれるとはな、いやお前が子供好きとは」
「んなワケあるかボケっ!!」
・・・こいつは父親以前に、人間性に問題があるんじゃないのか。
親の顔が見てぇもんだぜ。
「じゃあどうだと言うんだ?フォックスはまだ12歳だぞ」
「・・・は?」
「あーもう13歳になってしまったかも・・・」
「何言ってやがる。フォックスはもう20歳過ぎてんぜ」
「・・・まっさかー」
「やんわりと否定するな!」
俺はグラスをテーブルに叩きつける。
中身は微妙に宙に浮いたがちゃんとそれはグラスの中に戻った。
ジェームズの方は、何かを考えながらぶつぶつ一人で納得している。
「・・・・じゃあやっぱりそういう事か。ああそうだ、そうなんだろうなぁ」
「あ?」
「私の時間は、あの、死んだ時で止まっているんだ」
平然と、変な言葉を吐いた。
こいつが死んだと聞かされたのはアンドルフに絡んでからの事。
そうとう昔の話だ。
「・・・じゃあ俺の目の前でくっちゃべってるてめぇは何なんだ?」
「さぁ?残留思念とか幽霊じゃないかな。結構ふらふらしてるから地縛霊じゃないだろう」
幽霊という自覚がある幽霊に幽霊の分別を言われてもいまいちピンと来ない。
というかなんでここまでこの男は冷静なんだ。
「あー・・・線香焚いてやろうか?それとも聖書を読むか」
「そんなので私が消えると思うのか」
「まったく思わねぇ」
こいつの場合は戦闘機以外のどんな攻撃も効かない気がする。
まったくもって非常識な存在になっちまったもんだ。
「前々からひょっとしたら自分は・・・、と思っていたんだがなぁ」
「のん気な奴だな」
「ハハハ・・・で、話を戻すが抱いてきたというのは・・・」
ちゃんと覚えてやがったか。
しかもすさまじく目に笑みが入ってない。
そうして少しは息子を心配する親父の顔してやれば、多少はまともな人間に見えるんだがな。
「ま、数発やってきてやったぜ」
「・・・大事な一人息子に何ということ事を」
「ハッ、向こうから誘ってきたんだぜ。教育を間違ったな」
「・・・あ゛あ゛あ゛ぁぁ〜〜〜〜!!!」
流石にこれはダメージ大だったのか、テーブルに突っ伏す。
ざまぁみやがれ。
「まぁ最初の相手は俺じゃないからまだマシだろ。・・・だがあれなら上級の水商売人になれるだろうな」
「待った、ストップ、止めてくれ。私の純真なフォックスが砕ける」
そういえばジェームズは子供を天使みたいに、惚気てた奴だったな。
そうとう馬鹿親父な所もあった。
だからこそ、フォックスにファザコンじみた所があるのかもしれない。
「・・・てめぇのせいかもしれねぇな」
「―――え?」
「心のどっかに隙間があるから、そういう事をしたがるんじゃねぇのか?あいつの場合は」
「・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
ジェームズは鉛のような溜め息を吐いて一気に酒を飲み干す。
その酒はアルコール度が結構高かったはずだが。
「過ぎた事を言ってもしょうがねぇけどな。心配なら化けて出てやれよ」
「そうだな・・・真っ当に生きてくれるように・・・」
「確か80年ローンがあったな、あいつには。それで真っ当に生きるのは難しいだろうな」
「・・・ハハハ」
ローンと作った本人としては何とも言えない所だろう。
ジェームズは空笑いをしながら次の酒を頼んだ。
「一応、化けて出れそうだったら化けて出てみるから」
「幽霊なんだろ?そんな事楽勝じゃねぇのか」
「実を言うとまだ死んだという実感はあまりない。生きた状態で化けて出るのが出来ないのと同じだ」
「・・・そうか」
俺にも、こいつが幽霊だという実感はあまりない。
幽霊だろうとなんだろうと、こいつがジェームズ・マクラウドであることは違いない。
それでいい。それだけでいい。
「ジェームズ、いつか戦場に出て来い。今の宿敵はフォックスだが、てめぇでも歓迎するぜ」
「ハハハ。・・・いつかまた、空へ飛びたいものだ」
そう言って、カランとグラスの中の氷を鳴らした。
結局、俺もコイツも死に場所は空なのだ。
それ以外の場所は、魂が認められない。
「俺が空でお前を成仏させてやるぜ」
これは直訳すれば殺すという事。
「そりゃ、どうも」
俺の言葉に、ジェームズは静かに笑って答えた。
fin.
ブラウザバックでお戻り下さい。