+Intermediary+



ネオンがちかちか回るコーネリアの街。
散々ぶっ壊されたくせに修復力だけは立派らしい。
華やかな表の通りも、今俺がいる暗く冷たい裏街も蘇っている。
片目で周りをぐるりと見渡して、咥えていたシガーの煙を吐いた。
その、白い靄の先に。

「あぁ?」
「えっ?」

見たことのある、狐がいた。
この月ぐらいしか明かりのねぇ裏通りで、黒いサングラスを掛けた狐。
まぁこいつは宇宙に出てもサングラスを常時つけている。
どうやって回りを見てんだとツッコミたくなるほどだ。

「あーれ・・・ウル、フ?」
「何してやがんだ、ジェームズ」
「何って・・・こっちが聞きたいくらいだが」

何故か偉そうに腰に手を当てるジェームズに、軽い頭痛を覚えた。
シガーを地面に吐き落として踏みつける。

「俺は酒を飲みに来ただけだ。てめぇは何で来た?」
「そうか、私は歩いてきた」
「・・・そうじゃねぇだろ」

どうもジェームズといると、俺は沸点が一層低くなるようだ。
こいつが揚げ足を取るような話し方をするせいだろう。

「冗談だ。私は・・・何しに来たんだろうな?」
「俺に聞くな、化け狐」
「化け狐とは失礼な」
「てめぇはもう死んでんだろーが。化けて出た狐を化け狐と呼んで何が悪い」

そうだ、ジェームズはすでに死んでいる。
もう、10年ぐらい前に。
ただし、俺はほんの数年前にもジェームズに会った。
文明が進んだこの世界に非科学的な話だが、すでに数回ジェームズの幽霊に会っている。

「ま、ウルフも元気そうで何より」
「何が何より、だ。アホが」
「・・・口は前より悪くなったな。昔も悪かったけど。機嫌が悪いのか?」
「久しぶりにコーネリアに酒飲みに来たらてめぇと会ったんだ。機嫌良くなる訳ねぇだろ」
「ひどいな、傷つくぞ」

クックとジェームズが喉の奥で笑った。
本気で傷ついていないのが目に見えて分かる。

「あ、そういえば、フォックス元気か?」

今度こそ、俺の沸点を越えた。
米神に、青筋がぶちりと立つ。

「俺が知るか!自分の息子の様子ぐらい自分で見に行きやがれ!!」
「そうカッカするな」
「させてんのはどこのどいつだ!」

ああ、イライラしてくる。
新しいシガーをポケットから取り出して、火を点けた。
吸えば多少は怒りが紛れるかと思ったが、目の前にいる狐のせいでやはり納まらない。
なんでこうも、この化け狐はへらついた顔をしてやがんだ。

「何、へらへらしてんだ」
「いやぁ、フォックス元気かなぁって。大きくなっただろうなぁ」
「親馬鹿が」
「ウルフは結婚とかしてなさそうだな」
「・・・めんどくせぇ」

フー・・・と白に濁った息を吐き出す。この中には溜息も含まれている。
ああ、シガーもそろそろ尽きてきた。次の箱を買っておかなければ。

「ウルフは相変わらず酒とシガーのにおいがするな。染み付いてる」
「何年もやってきたからな。当たり前だ」

目の前にいる狐は、何のにおいもしなくなっている。
生きているにおいも、何も。
ただ、残り香程度にジェームズのにおいは覚えている。
・・・覚えたくも無かったが。

「ジェームズ、飲んでくか?この先にバーがあるぜ」

別にジェームズと酒が飲みたいわけじゃない。
が、俺はこの化け狐の正体を見たい気がした。
ジェームズは思案して耳を空高く張り詰めさせた後、NOと言った。

「なんか、行きたい感じじゃない。てゆーか行きたくない感じがする」
「なんだ、訳わかんねぇな」
「まぁ、飲みたい気分じゃないってことだ」

ジェームズがサングラスに触れる。
外すのかと思ったが、少し持ち上げて直すだけで外そうとはしない。
目が弱いのかと疑ったこともあったが、目が弱くては戦闘機には乗れない。
だがそのサングラスのつけ様は、趣味の域を超えてるんじゃないかと思った。
取った方が男前だろうに。

「・・・さてと、そろそろ私は行かなくては」
「行くって、どこに」

別にジェームズの行く所に興味は無い。が、なんとなく訊いてみた。

「さぁ、どこかに。また会えた時に誘ってくれ」

ジェームズは狐らしく(と言っては変だが)唇を吊り上げて笑った。
じゃ、と手を振って化け狐は消える。
幽霊の様に、暗闇に溶けた。
ああ、奴はすでに幽霊だった。






ひとり、曖昧な色加減で光るライトの酒場に入る。
そんなに広くない酒場に、そんなに邪魔にならない程度の客。
俺は店全体が見渡せる席を探して―――・・・丁度その席に当る所に見たことのある、狐がいた。
先程会話した化け狐と良く似た狐。

「あれ、ウルフ?」

向こうが先に声を掛けてきた。
声を掛けてきたということは、今は仕事中じゃないということだろう。
別の席を探そうとした俺に対し、そいつは手招きで俺を呼んだ。
仕方なく、向かい席に座ってやる。

「久しぶりだな、ウルフ」
「・・・はぁ」

思わず、シガーの煙の様に溜め息が出る。
今日は、厄日か。

「なんだよ、人の顔見るなり溜め息吐くなんて」
「・・・何してやがんだ、フォックス」
「こういう酒場ですることなんて結構限られてると思うけど?」

確かに、フォックスの前には酒が置かれていた。
以前俺がジェームズと飲んでいた時の、ジェームズと同じ酒だ。
結構、強い酒。

「酒は好かねぇんじゃなかったのか?」
「たまには俺だって・・・」

そう言ってフォックスは飲みかけの酒を豪快に飲み干した。

「もう子どもじゃないんだし」
「少しは飲めるようになりやがったか」

ウェイターを呼んで、俺はバーボン、フォックスは先程の酒のおかわりと要求した。

「・・・なぁウルフ、最近妙な感じがしないか?」
「あぁ?何がどう妙なんだよ」
「んー今は平和だけどさ、そろそろ何か起きる頃じゃないかなぁって」

ライラット系は何だかんだ言いながら平和の持続は短い気がする。
それだけ、悪人も多いということだが。

「何か、か・・・」
「裏に身を置く立場からして、変わった事は無い?」
「・・・さぁな」

フォックスは歯の裏についた肉がはがれない様な顔をして、新しく注がれた酒を飲んだ。
俺もバーボンに口をつける。

「何か起きたら、それこそ軍とてめぇらの出番だろうが」
「軍・・・そうだな」

フォックスは何かを思い出したかのようにくすくすと笑い出した。
酒も手伝ってか、頬が紅い。

「何笑ってやがる」
「いや、軍て言えば今度ペッピーが将軍になるから」
「・・・は?」
「ペパー将軍の頼みでね。びっくりどっきり出世」
「・・・ハッ、あの兎がな」

おいぼれがおいぼれに代わっても仕方ない気もするが。

「他の奴らはどうした?」
「ファルコ達なら、もういない」
「・・・死んだか」
「違うって・・・チームを抜けたんだ。今は俺とナウス・・・あーロボットだけ」
「・・・クリスタルとかいう女はどうした」
「・・・この仕事は、彼女には危険すぎるからなぁ・・・」

『一緒に居たくない訳じゃないけど、できることなら平和な世界で生きてて欲しいから』
『目の前で、死ぬ所を見るに訳にはいかなくなったから。』
『失うのが、怖いから。』
挙げればキリなくある理由に、フォックスは溜め息を吐いた。

「でも・・・一番の理由は俺が死ぬ時、背負ってるのはクリスタルじゃなくてスターフォックスだから」
「・・・パンサーが聞いたら泣くだろうな。いや、喜ぶか?」
「・・・ウルフの所は、皆仲良くやってるんだな」
「裏で1人で生きていくには、有名になりすぎちまったからな」

顔にあざ笑うような笑みが浮かぶ。
レオンは相変わらず変態だし、パンサーは女好きだし。
手を焼くことには変わりない。

「そうかー・・・」

フォックスはカランカランとグラスの中の氷を鳴らす。
その顔は何かを考えているようでもあり、何も考えていないようでもあり。

「・・・父さんに、会いたいなぁ・・」
「フォックス?」
「もし、生きてたらな」

死んでいたが今しがたてめぇの馬鹿親父に会ってきたぜ。
そう言い掛けて、止めた。
ジェームズはもう死んだのだ。

「・・・奴は死んだ」
「・・・会いたい」
「ファザコン」
「それがどうした」

フォックスが開き直った顔で笑う。
ひょっとして、すでに酔っているんじゃないだろうか。
いや、酔っていたら瞳に奥にこんな殺気は宿らない。

「仲間にはさ、ちゃんと親父の事諦めた顔してたよ」

ペッピーにはバレてたかもしれないけど、耳を下に向ける。
子どもっぽいその仕草に、俺は溜め息を吐いた。
こういう所は、変わっちゃいねぇんだと。正直呆れた。

「でもさー時々、こういうとこに来ては情報探しちゃってるんだよな、俺。大概スカだけど」

童顔が笑って余計童顔に見える。
ひょっとして、先程ジェームズがこの酒場に来たがらなかったのは、フォックスがいたせいだからか。
まさか、ジェームズはフォックスと逢った時に奴は成仏するんじゃないのか。
ああまったく、いっそ親子でアーヴィン対決でもしろ。
残った方を俺が墜としてやる。魂の欠片も残らねぇぐらい完璧に。

「・・・話は戻すが、ジェームズに会ってどうするんだ?仲間にでもなってもらうのかよ」
「や、父さんは引退だから。傍には居て欲しいけど」

さらっと言い流すフォックスに薄ら寒いものを感じた。
愛情たっぷり仕事にシビア、ややこしい親子愛の関係だ。

「じゃあどうするんだ?」
「父さんに会って、訊きたいんだ」

フォックスはそう言うと、また酒を煽った。
5口以内に飲み干すというルールでも作っているのか、この狐はさっきからものすごい勢いで飲んでいる気がする。

「何を訊くんだ?」
「んー・・・」

フォックスはイスに身体を預け、首を後ろにそらす。
そのまま後ろにいたウェイターに再度酒の注ぎ足しを頼んだ。
ウェイターはにこやかに承ると、足早にカウンターに向かう。
ウェイターがカウンターの中に戻るのを見計らって、フォックスは背を仰け反らせたまま呟いた。

「・・・俺、ちゃんとスターフォックス・・・やれてる・・・かって・・・」

泣きそうではないが、弱弱しく切ない声。
フォックスは返る反動で、テーブルに突っ伏した。
同時に深い溜め息が聞こえる。

「フォックス、頭上げろみっともねぇ」

言われた通り、フォックスはのろのろ顔を上げた。
暗い翡翠色の瞳は、涙に濡れてなければまどろんでいなかった。
あったのは、影を含んだ妖艶の表情。

「ちゃんとやれてるのかなー、俺ー」

まるで他人事の様にフォックスは零した。
俺はその顔を見ながらバーボンのグラス半分に減らす。
その時丁度、先程のウェイターが来てフォックスの酒を置いていった。
フォックスは新しい酒をぼんやりと見て、自嘲の笑みを浮かべた。

「・・・俺、いつの間にこんなに酒に強くなっちゃたんだろ」
「知るか。覚えてねぇぐらい飲んできたんだろうが」
「・・・飲み比べでもする?」
「フェアじゃねぇからよしとくぜ」
「そっか」

フォックスはさして残念そうな顔もせず、酒を一気に飲み干した。
いい加減、喉と腹がただれてきてもいい頃なはずだろうに。
ケロリとした顔でフォックスはウェイターを呼んだ。

「・・・すいません、おかわりお願いしまーす」
「・・・オイ、まだ飲むのか?」
「余裕」

ああ、血は争えねぇもんだな。
本当に、この狐の親子は嫌な所ばかり似てやがる。

「んー・・・もう少し強い酒にしようかな・・・」
「・・・てめぇが酔っ払ったらその辺に放り出して帰るぜ」
「まだ飲み足りないんだよ、俺は」

こいつが飲み足りないのは、酒か、それとも、



 愛 欲 か ? 



「ウルフ、そのバーボンは美味しいか?」

そう言って笑うフォックスの顔は、去り際のジェームズの笑みに良く似ていた。




































                                         fin.



























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