+誘惑+
ぺたり。
細い5本の肉の棒が頬に当たる。
それは俺の頬の肉を吊り上げるように這い上がり、髪を揺らした。
ああ、うっとおしい。
「シャドウ・・・」
「何?」
「うっとおしい」
「ヴィオって意外と肌が柔らかいんだなー」
「オイ、聞いているのか?」
「髪は俺の方が柔らかいけど。あ、枝毛」
「シャドウ!」
俺の髪で遊び始めたシャドウの手を掴んで髪から引き離す。
俺の紫の帽子はすでに剥ぎ取られ、床で寝ていた。
「シャドウ、いい加減にしないか」
「いい加減にするのはヴィオの方だ」
「何で俺が」
「さっきから本ばっかり読んでるじゃないか」
「まだ30ページも読んでないぞ」
「そのページ分だけ俺をシカトした」
シャドウはむっ、と不機嫌そうな顔をする。
俺は別に無視していたという自覚は無い。
「俺にどうしろと?」
「遊べ」
またか、という言葉と共に、俺の口から溜め息が出た。
炎の塔に来てからというもの、こればっかりだ。
夕べに目覚め、朝に眠る。
夜の間は延々、遊び相手となっている。
「昨日も散々遊んだだろう?」
「今日はまだ遊んでない!」
「・・・後で遊んでやるから、今は本を読ませろ」
「30ページも読んだんだろ」
30ページというのは結構短いものだ。
まだろくな知識を得られていない。
だが、今の状態では読書を続けることは出来ないだろう。
この駄々っ子が邪魔する限りは。
「何をして遊ぶんだ?」
「目隠しオニごっこ」
「・・・どこで覚えたんだそんな遊び」
シャドウは時々妙な事を知っている。
まさかヒノックス達が教えてくるわけじゃないだろうな。
ぶつぶつと俺が考えている間に、シャドウは早くやろう、と急かしていた。
「ヴィオがオニな!」
「何で俺が・・・」
「俺だとヴィオ、すぐに捕まるから」
「何だと・・・」
「それに俺、結構すばやいぜ♪」
シャドウは床に落ちていた俺の帽子を拾い上げ、自分の帽子と取替え被る。
紫の帽子はあまりシャドウには似合っていない。
外されたシャドウの黒い帽子は形を変え、1本の帯になった。
「はい、ちゃんと目、隠せよ」
「ああ・・・」
渡された黒い帯を目に巻き、視界を闇に染める。
「オーニさーんーこーちらっ!」
挑発するようなシャドウの声が俺の耳で響く。
俺が声のする方に手を伸ばしても空を切るだけだった。
「チッ・・・」
「アハハ、こっちこっちー!」
シャドウの誘う声が逆に俺を惑わした。
「っシャドウ、せめて空中に浮くのは止めろ!」
足音もないシャドウを見つけるのは至難のワザ。
ましてや剣も使えない今、頼りになるのは音と直感だけだ。
「オニさんこちらっ!」
パンっと右から手を叩く音が響く。
「こっちか!」
「ハっズっレっ♪」
俺からもう半歩奥でシャドウの愉しげな声が聞こえる。
おちょくられている。この俺が。
「シャドウ・・・」
「ん?」
俺は大きく息を吸い、感覚を研ぎ澄ませた。
ここからは遊び半分、本気半分だ。
「行くぞ!」
強く床を蹴り、先にいるはずのシャドウに右手を伸ばした。
「うわわっ!?」
「そっちか!」
今度は左手を振って闇を探る。
指先に服の感触。
半歩下がって身体を捻った。
その瞬間、間近で人の熱を感じ取る。
「そこだ!」
全身に人の感触。やった。捕まえた。
片手でシャドウを捕まえたまま、目隠しを外した。
「・・・っ」
「あーあ、捕まった」
思ったより、間近にシャドウの顔があった。
顔がぼやけて見える寸前の距離。
「次は何しよっか?」
シャドウの吐息が俺の前髪を揺らす。
反応を返さない俺にシャドウは首を傾げた。
「ヴィオ?」
「・・・返してもらうぞ」
「え・・・あっ!」
シャドウの被っていた俺の帽子を取る。
その勢いで紫暗の髪がさらりと揺れた。確かに、俺より髪が柔らかそうだ。
いや、そんな事を考えてる場合じゃない!
「イタっ!」
「あ、悪い」
考えが強まったせいでシャドウを掴んでいた手に力が篭ってしまった。
・・・っていつまでシャドウを捕まえている気だ、俺は。
慌てて俺はシャドウから離れようとする。
その途端、今度はシャドウが自らの腕の中に引き戻した。
「ちょっ・・・シャドウ!」
「ヴィオ〜このまま起こして〜」
この状態でどう起きろと。
仔猫のようにしがみつくシャドウに、俺は途方に暮れた。
段々と重力に負けて前屈みになる。そろそろ、足が震えだす。
「・・・・・・・・・無理だ、放せ」
「ケチ」
シャドウは飽きた様に手を開き、しぶしぶ俺を解放した。
「ヴィオ」
「何だ?」
「次何して遊ぶ?」
「・・・勘弁してくれ・・・」
せっかく抜け出せた腕の中に、俺はまた引きずられる。
朝よ、早く来い。
fin,
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