+嫉妬+



「なんでそうなるんだ?」

ヴィオがベットの中で本を読み終わった途端、シャドウが疑問を口にした。

「なんでって・・・何が?」

ヴィオはシャドウの言う意味が分からず首を傾げる。
ヴィオが読んだのは、とあるおとぎ話。
要約すると、こんな感じだ。





『裕福だがこどものいない夫婦がいた。
神に祈ってまで生まれた子は天使の様に美しい少女。
その美しさに、こどもを望んだはずの母親が殺意を持ってしまう。
こどもはその事を察知して逆に母親を死なせてしまう。』



『その後、新しい母親が少女にできる。
だが、その継母は少女が邪魔になり、暗殺者(アサシン)を使って殺してしまおうとする。
少女は逆にアサシンを味方にして家を出て行ってしまった。
出て行った少女は深い森へ入り込み、妖精と仲良くなる。
そのまま少女は何年もその森で暮らし、美しい女性へと成長した。』



『少女はほんの偶然から森を抜けて、自分の家に帰ってきてしまった。
だが、美しい女性へと成長した少女は人としての記憶をほとんど失っていたのだ。
自分が母を殺してしまった事も、継母に殺されかけた事も。
呆然としながら家の中を見て歩く内に、とうとう継母に出会ってしまう。
そして、そこで全て思い出してしまう。』



『継母は美しく育った少女を誰だか気付けない。
少女は継母を見て、一言呟いた。』



『私は人間ではないのね』



『少女はそう言うと、育った森に帰って行く。』

ここで、お話はお終い。
どこにでもあるおとぎ話。





「この物語、穴だらけじゃないか」
「シャドウ?どうしてそう思うんだ?」

珍しく最後までおとなしく聞いているかと思ったら。
ヴィオは本をベットサイドテーブルに置きながら、異例の事態に溜め息をついた。

「まずは最初の方の、母親がこどもを殺そうとするところ」
「そこがどうしたんだ?」
「なんで親がこどもに嫉妬するんだ?自分の子がキレイなら、別にいいじゃないか」

難しい質問が来た。
この難題に、ヴィオは質問で返す。

「なんでだと思う?」
「俺が訊いてるんだぞ」
「シャドウの意見も聞きたい」
「俺には親がいないから分からない」
「・・・そうか」

ヴィオは目を泳がせた後、多分、と付け加えて話し出した。

「女としての矜持じゃないのか?この母親も、誰よりも美しくいたいという気持ちがあったんだろう」
「・・・ふぅん。じゃあ次は、なんで継母は少女を邪魔に思ったんだ?」
「この継母は、最初は良い母親になろうとしたんだ」
「じゃあ・・・なんで?」
「それでもこの少女とは相容れることができなかった」
「仲良くなれなかったってことか?」
「そうだ。人には相性と言うものがある。この少女は多分父親とも仲良くなかったんだろう」

納得していないシャドウの顔を横目に見ながら、ヴィオは具体例も持ち出す。
納得できない時はこうして説明した方がいい。

「もしシャドウが自分を受け入れてくれない奴がいたら、どう思う?」
「・・・いい気分じゃない」
「だから継母はその少女を殺そうとしたんだろう」

ヴィオは淡々と語る。

「じゃあ次な」
「まだあるのか?」
「次は少女がアサシンを味方につけたとこ!」

シャドウがぱんぱんと枕を叩く。
ひらっと白い羽が舞った。

「それがどうした?」
「アサシンを味方にしたんなら、なんで継母を殺さないんだ?」

またもや難題。
ヴィオはシャドウの納得する答えを探して、頭をめぐらせた。

「アサシンは味方だから、手を汚させたくなかったんじゃないのか」
「味方だから?」
「そうだ。アサシンは継母と少女の間で板ばさみになったから、少女は家を出た」
「別に出なくてもいいじゃないか。そのまま味方のアサシンと一緒にいればいいのに」
「そうはいかない。せっかく味方になってくれたアサシンを苦しめたくなかったんだろう」



自己犠牲、というやつだ。
自分のためには人を殺すのに、誰かのために自分を犠牲にする。



「さて、これで疑問は尽きたか?」
「まだ」

真剣な瞳で返すシャドウに、ヴィオはぼすっとベットに沈む。

「続きは明日にしないか?」
「やだ。俺は今知りたい」
「・・・分かった」

ここまで火の点いたシャドウを止めることはできない。
ヴィオはしぶしぶ、シャドウの疑問に付き合ってやることにした。

「なんで少女は自分が人間じゃないって言ったんだ?」
「継母が気付いてくれなかったからだろう」
「・・・?」
「継母が少女だと見抜けなかったのは、少女が人間に見えなかったからだ」
「人間に・・・見えない・・・」
「それほど美しかったんだろうな」
「だから、森に帰った?」
「そうだ。彼女は人間と相容れない存在だったんだ」
「ふぅん・・・」

目を伏せるシャドウに、ヴィオが額に軽く口付けを落とす。
びく、とシャドウの睫毛が震えた。

「まだ眠たくないか?なら・・・」

ふっとヴィオの目に浮かんだ情欲の色に、シャドウが慌ててシーツを被った。

「も、もう寝る!」
「そうか。おやすみ、シャドウ」
「・・・オヤスミ」

ヴィオもシーツを引き寄せ、目を閉じる。
空ではそろそろ月が沈み、夜が明けそうになっていた。




あのおとぎ話には裏があった。


少女が母親達と仲良くなれなかったのは、少女が人間ではなかったから。
アサシンが少女と仲良くなったのは、アサシンが人間離れしていたから。
妖精と仲良くなったのは、やはり少女が人間でなかったから。
自分が人間じゃないと悟ったのは、継母を見たから。


自分が人間以上に美しい存在だと知ってしまったから。


それまでは少女は自分を美しいとは思っていなかった。
妖精と暮らしていたのだから、当然の事だ。
だから、少女は森へ帰った。


望まれて生まれたのに、誰にも相容れられない存在と理解したから。


だからこの物語には父親はほとんど出ないし、白馬の王子様も現れない。
皮肉な事に、唯一少女の傍に一時でも入れたのは少女を殺そうとしたアサシン。
だがアサシンも少女を守れなかった。アサシンはその事を苦に死んでいる。
なんてモノを、神はヒトに与えたんだろう。

この物語にハッピーエンドを迎えたものはいない。
結局、誰かの嫉妬が誰かの殺意に繋がってしまっている。
殺意を止めたのは、少女が人間でないと理解したから。
少女は誰にも嫉妬をしなかった。する必要も無かった。

そこでようやく、物語は終わるのだ。











                              fin.



























ブラウザバックでお戻り下さい。