+信頼+



この手は剣を掴むためにある。
この腕は剣を振るためにある。

じゃあ、それを動かすこの心は何のためにあるのだ。








今日も今日とて、シャドウは不思議なことをやりだした。
水を詰めたビンをかざして、何かを見ている。

「・・・何をしているんだ、シャドウ?」
「トリモノ」
「トリ・・・なんだって?」
「トリモノ。今はー・・・月を捕まえた。見てみるか?」
「・・・ああ」

複雑そうな顔をしてヴィオがビンを覗く。
やはり、ビンの中は水しか入っていなかった。

「違う。こっちから見るんだ」

シャドウに言われた通り、ヴィオはシャドウの横に立って覗く。
ビンの中では、歪んだ月が捕まっていた。

「・・・な。捕まってるだろ」
「これは捕まえたというのか」
「言う。手が届く」

確かにビンの中なら手は届く。
だが手は届いても掴めなければ遠い風景と変わりない。

「今度は違うものを捕まえようか?」

シャドウはビンの中を指で掻き回し、月を逃がす。
指を抜いて水気を飛ばすと、ビンをゆっくり別の方向に掲げた。
室内をぐるりと見渡して、ある所で止まる。

「・・・今はロウソクの炎」
「炎と言うか・・・」

水の中にぼんやりと浮かぶ灯り。
幻想的といえば幻想的なトリモノ。

「キレイだろ?」
「まぁな・・・」

あまり感動していないヴィオにシャドウがまたビンのを掻き回す。

「・・・まだ足りないか?」
「あ、いや俺は別に・・・」
「じゃあ次はこれだ」

シャドウが不敵な笑みを浮かべる。
持ち上げられたビンはゆっくりと、ヴィオとシャドウの間に入ってきた。

「捕まえたぞ、ヴィオ」
「・・・シャドウ、お前も捕まっている」

ビンの中の水越しにシャドウがいる。
その反対にはヴィオがいる。

「逃げられないぜ」
「いや、逃げられる。方法は2つ」

ヴィオが静かにビンに触れた。
シャドウはそれを猫の様に細めた目で見ている。

「1つは俺がビンから出ること」
「もう1つは?」

シャドウが首をかしげた瞬間、ヴィオはビンを奪い、中の水を全てシャドウにかけた。

「ぶわっ・・・!」
「ほら、逃げれたぞ」

今度はヴィオが不敵な笑みを浮かべる。

「ヴィオ・・・」

眉を顰めるシャドウに、ヴィオがそっと触れた。

「この方が、ちゃんと手が届く」

シャドウの濡れた髪を掻き分け、ヴィオの指はつぅとシャドウの輪郭をなぞる。
顎まで伝った後、ゆっくりと指は上に上がった。

「・・・この指、食べちまうぞ」

下唇に触れているヴィオの指に、シャドウは軽く歯を立てた。

「・・・俺を食べても美味しくはないだろう?」
「そうか?」

乾いた音を立てて、ヴィオの手からビンが離れる。。
ごろ・・・と、ビンはそのままその場から離れるように転がっていった。
ヴィオは空いた手でシャドウを引き寄せ、唇にあった指を顎に戻して、その唇に口付けを落とす。
床に落ちたビンが止まる頃には、部屋には別の水音が立っていた。

「ん・・・ぁ・・・」

わずかに潤みを含んだシャドウの目がヴィオを捕らえる。

「・・・また水越しだな」
「何がだ?ヴィオ」
「いや・・・」

ヴィオは再度、シャドウに口付けた。








四肢を動かすこの心は、何かを得るためにある。
そしていつか、その何かを失うためにある。
今も、何かを得ながら何かを失っているのだから。






















                                          fin.



















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