+あともう少しだけおなじ夢をみたいな+




世界は今日も、窓の外で鈍く輝いていた。





「ヴィオ、遊びに行こうぜ」

満月が眩しい今この夜。
シャドウはまた唐突な事を言い出した。
今更、そんなことに驚くつもりもない。
シャドウが唐突にものを言うのには慣れたから。
俺は静かに、読みかけの本を閉じた。

「・・・どこに?」
「写し絵の世界」

シャドウが悪戯っぽく笑う。
俺は、写し絵の世界に一度だけ行った事がある。
行ったというか、引きずり込まれたが正しいけれど。
足元が浮ついて大地を踏んでる感じがしない写し絵の世界は、何度も行きたいと思う場所ではなかった。

「何しに行くんだ?」
「だから、遊びに」
「・・・俺は留守番でいい」
「駄目!ヴィオが一緒じゃなきゃ意味無い!!」

スパァンと言い切るシャドウに、溜め息一つ。
黒猫の遊び相手も楽じゃない。

「さ、ヴィオ。行くぞ」
「今から行くのか?」
「もちろん」

シャドウが俺の座っているベッドに乗り上げる。
そのままシャドウは無遠慮に、俺の足の間に入り込んだ。

「ちょっ・・・」
「レッツゴー」

『ゴー』と言うと同時に、俺はシャドウに顔を掴まれた。
そのまま顔を近づけられて唇を重ねる。
軽い音が立った後、俺は重力が上下回転した感覚に見舞われた。
ああ、懐かしく気持ち悪い感覚。







「到・着!」

シャドウが水に飛び込んだような格好で、歪んだ空を漂っていた。
俺は地面に腰を下ろしたまま、ぐらついた頭に手を添える。
肩に乗っかった紫の帽子の端をぱっぱと払った。

「・・・なんて移動方法だ」
「離れて移動したら写し絵の世界のどこに飛ぶかわからないからな」

じゃあ手を繋ぐとか、そんなのでもいいんじゃないのか。
心の中でツッコむ。
身体の重力が安定するのを待って、俺は立ち上がった。

「ここが写し絵の世界か」
「そうだ。ここには今、俺とヴィオしかいないんだぜ」

シャドウの言う通り、この世界には音が無かった。
見渡せば村の様なものが見える。木や花も見える。
だが、『生きている』感じのするものが無い。
よく似ているようで、現実とはずれた感覚の世界。

「シャドウ、ここで何をするんだ?」
「何って、遊ぶんだよ」

きょとんとした顔で答えるシャドウに、俺は頭を抱えたくなった。
こんな2人きりの世界で、どう遊べと言うんだ。
シャドウは俺の考えには全く気付かず、上機嫌に笑っている。

「ここなら何したっていいんだぜ」
「何って・・・破壊活動でもしろっていうのか」
「それでもいい」

現実の世界で勇者が村破壊などしたらとんでもない事になる。
だがここは写しの世界。
止めるものは無いもない。

「ここなら、勇者として縛られるものは何も無いんだぜ?」

シャドウは右手の指でパキィンと乾いた音を鳴らす。
その途端、近くにあった木が大きな音を立てて倒れた。
シャドウはそれをイス代わりにして座る。

「とりあえず、俺は身体が慣れるまで静かに過ごす・・・」

シャドウの横に腰を置いて、俺は空を見上げた。
ギクシャクとして流れの微妙な空。
こんな空では、飛竜だって飛ぼうとは思わないだろう。

「ココなら2人っきりだし、嫌な事も無いのに」

シャドウはぺとっと俺にくっついて来る。
引き離そうかと思ったが、写し絵の世界ではシャドウが霞んで見えたので手を止めた。

「ココには俺とシャドウしかいないんだな」
「そう。・・・俺はこの世界、結構好きなんだ。俺だけの世界だから」

写し絵の世界。
シャドウの造る、シャドウの世界。
いや、今はシャドウと俺の世界。

「シャドウ、写し絵じゃない、お前しかいない世界ってどんなものだ?」

ふと、聞いてみたくなった。
どんな人間にもある自分が中心の心の世界。
シャドウ自身の独りの世界は、広いのか、狭いのか。
どんな色で彩られているのか。
少し、知りたくなった。

「俺しか居ない世界?」
「そうだ。俺も、それ以外の奴も居ない。本当に独りの世界は」
「んー・・・多分何も無い。真っ黒な世界じゃないのかな?」
「真っ黒・・・・」
「闇の鏡の中みたいで、どこに自分が居るのかもわかんなくなるような世界」
「・・・随分変わった世界だな」
「だってヒカリがないから」

シャドウは何度も首を傾げながら、『独りの世界』を語る。
黒い水の中を延々漂うシャドウの世界。
俺はシャドウの心の奥に触れた気がして少し背筋が寒くなった。
シャドウの奥のひどく深い闇は、俺の心を揺るがす。

「なぁ、ヴィオの自分の世界はどんなものなんだ?」
「俺?俺は・・・本の山ばかりのじゃないか?」
「うわっ、ヴィオっぽい!」
「・・・冗談だったんだが」

写し絵の世界で、俺とシャドウの笑い声が風になる。
歪んだ空に浮かんだ月も、俺達の事を見てはいない。

「・・・シャドウは、現実も写し絵みたいな世界になればいいと思っているのか?」

シャドウは、好きだといったこの世界を現実にも望んでいるのだろうか。
こんな、元々どこかおかしくて変化の無いような世界を。
俺がたった一人でこの世界に残れといわれたら絶対に拒否するだろう。
俺は独りでも変わる世界に身を置きたいから。

「・・・似てるけど、現実はココとは違った世界にしたい」

シャドウは静かに遠くを見据えるような目で呟いた。

「現実の世界は、ココとは違う。もっと色んな事が渦巻いてて、汚れてる」
「そうだな」
「でも、ここよりもっとキレイなものもあるから・・・それは遺したい」

シャドウは右手の指先でくるんと軽く円を描く。
指先から紫色の発光が生まれ、空気に歪みを見せた。

「ヴィオと現実世界を支配したら、ココよりもっとキレイな世界を作るからな」

俺にはシャドウの言うキレイな世界は想像できない。
生き物がいる限り、完全にキレイな世界は作れないと思っているせいだろうか。
シャドウの生んだ紫色の発光は空中に溶けるように霧散する。
キレイだけど、物足りない光。
指先をフ・・・と軽く吹くシャドウに、目が奪われた。
冷えた身体が、じわりと熱を求める。

「・・・シャドウ、ここでは何してもいいんだったな」
「ああ、何して遊ぶ?」
「そうだな・・・」

立ち上がろうとするシャドウを、強く自分の方へ引き寄せた。
ドクンとシャドウの心臓の音が伝わる。
身体越しに響いてくる。

「ヴィオ・・・・?」

シャドウの嘆息に似た笑い声が俺の耳を叩いた。

「何をしてもいいんだろう?」

俺は嘲りを含んだ声で囁きながら、シャドウに口付けた。
ゆっくりと時間を掛けて、シャドウと舌を絡める。
丁寧に歯の裏側を伝って、上顎を舌先で舐め上げた。
静かな写し絵の世界で、熱く零れる吐息と、粘着質な水の音が響く。

「・・ん・・・・っ・・・ヴィオ・・・」

シャドウが俺に縋りついてきた。
僅かに震えているシャドウの身体を抱きしめてその首筋に優しく噛み付く。

「っ・・・ん・・・・ぅっ」
「・・・こんな世界・・・」

歪んでいるのは、世界なのか、それとも俺達なのか。
こんな、常識とか正義とか勇者とか、『生』の在り方さえ失われた世界で。
口付けを交わして、意識と快楽の間様で互いを呼び合って。

「は・・・ぁ・・・・、・・・ヴィオっ・・・!」
「シャドウ・・・」

静かに不確定な関係を続ける、歪んだ存在。























                                           fin.

































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