+魔法の粉+



真っ暗な世界。
果てなく遠く、輪郭すらない世界。
自分で作り出せる色は、黒だけ。
だからずっと、真っ黒な世界に座り続けていた。
あなたが、来るまでは。






「なーヴィオー」
「なんだ?シャドウ」
「これ、キレイだと思わないか?」
「うん?」

ふよふよと空中をベッドに浮かんでいたシャドウがヴィオの前で止まる。
ソファーに座っているヴィオは自分と開いたままの本の間に現れたものに目を向けた。
見た目はコルクで蓋をされた金魚鉢。
中にはチラチラと蝶の燐粉のようなものが風もないのに舞っている。
それは主に紫色だが、たまに赤くなったり青くなったり、色を変えていった。

「何だ、これは?」
「キレイだろ?」
「まぁ、きれいだが。何なんだ?」
「これは魔法の粉だ」
「魔法の粉?」
「そう」

金魚鉢をシャドウから受け取って上から下から覗きこむ。
見る度に、色に変化していく粉。
しばらく見ていても飽きそうにない。

「どんな効果があるんだ?」
「特に効果はないな!そうだな・・・少し気分がよくなったりする」
「魔法と言う割には効果が地味だな・・・」
「でも、キレイだから」
「・・・随分、気に入っているんだな」
「ああ。でもこれ今日使おうかと思って」

ヴィオの手から金魚鉢を受け取り、コルクの蓋を撫でる。
大事なものに触れるようにそっと、蓋に力を込めた。
その手の上、ヴィオの手が制止するように重なる。

「ヴィオ?」
「・・・もったいなくはないか?」
「いいんだ。最近外も雨が多いから、外に出れない気晴らしに」
「ふぅん・・・まぁ、シャドウがそういうなら」
「ま、それにまたすぐ手に入るからな。これ」
「そう・・・なのか」
「ああ」

ヴィオは踏み切れない顔をしたまま、シャドウから手を離す。
シャドウはしぶしぶといったヴィオの顔に、ふっと笑みを零した。

ヴィオは知らない。
この魔法の粉の色が、ヴィオの心だということは。
魔法の粉は人の心の色になる。
俺一人だったころはずっと真っ黒のままだった。
でもヴィオが来てから、粉は鮮やかに色付き始めた。
真っ黒な俺の世界が変わっていった。
この金魚鉢の色だけが、俺の世界に色をくれている。

「じゃ、開けるぞ!ヴィオ、本閉じて!」
「はいはい」
「よい・・・っしょっ!」

ポン、と乾いた音を響かせて蓋が抜ける。
金魚鉢の中身の粉は何かに誘われるようにして、部屋の中を舞い上がった。

「キレイ、だろ」
「きれい・・・だな」

まるで部屋の中に虹ができたようだった。
少し燃えているようでもあったから、打ち上がった花火がそのまま空へと溶けていく様にも似ている。
粉が全て無くなるまで、天井を見上げたままだった。

「な、ヴィオ。ちょっと気分良いだろ」
「ん、まぁな。いいもん見れたって感じだが」
「・・・なぁヴィオ。さっきの、虹っていうのに似てるのか?」
「は?ああ、まぁ・・・そう見えなくもないな」
「そっか・・・・・・・見れて、よかった」
「シャドウ?」

憂いた顔でぼんやりと笑うシャドウにヴィオは怪訝な顔を向ける。
ヴィオの視線に気づいたのか、シャドウはいつものように悪戯っ子のような顔をした。

「俺さ、太陽の下は駄目だから。虹って見たことないんだ」
「・・・そうか・・・」

何と声をかけたらよいものか、ヴィオは言葉に詰まった。
慰めるような言葉がよいか、話を変えた方がよいものか。
しばらくして、はぁと安堵のような、力の抜けるような溜息がヴィオの口から出る。
同時に、背後からシャドウの額と腰に手を合わせ、優しく抱き寄せてぽすっとソファーに沈み込んだ。

「ヴィオ?」

背中にいるヴィオに首を捻って見る。
まるでぬいぐるみのように抱きかかえられたが、ヴィオの手がどかないので大人しくすることにした。

「・・・伝えられたらいいんだけどな」
「?何をだ?」
「虹。ちゃんと、太陽の下のやつ」
「・・・俺はさっきので十分だ。光は・・・嫌だし・・・」
「そうだな・・・だからこうやって、伝わればいいって思ってる」

シャドウの額に当てられたヴィオの手がゆっくりと前髪ごと撫でる。
そんなことで伝わらない。伝わりはしなかったけど。

「な、ヴィオ。また一緒に見ような。さっきの虹」
「・・・それは構わないが」
「約束だぞ、俺とヴィオだけの虹なんだからな!」
「・・・ああ。また見ような」

空っぽになった金魚鉢は元の透通った色で床に転がっている。
またこの中があの色付いた粉でいっぱいになった頃に、また見よう。
2人だけの虹を、心の色の虹を、見よう。



















                                        fin.
























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