+苦悩+
ぱち、と前触れもなく目が覚める。
夢を見ていたような気もするが、多分ろくな夢じゃない。
横で眠っている人は、やっぱりまだ眠ったままだった。
「こういう時は年相応の顔してんのになぁ・・・」
金糸の髪に軽く口づけをして、身を起こした。
起こさないようベットから抜け出し、床を滑る。
鏡の前で指を鳴らし、闇が勝手に身づくろいをしてくれた。
食事は摂らず、そのまま部屋を出る。
向かうは、魔神グフーの元。
地の下を渡り、光のない空を登る。
つまらない報告のために、ここまで上がらなければならない。
ああ、めんどくさい。
登りきった先には、黒い雲が立ち込めていた。
「魔神グフー」
「・・・シャドウか・・・」
「報告に、参りました」
作り笑いを浮かべながら、報告を続ける。
「勇者の1人が我が手に落ちました」
本当は、ヴィオの事を話したくない。
本当は、独り占めにしていたいのに。
「ほう・・・よくやった」
「・・・報告はこれだけです。では」
報告した以上、ヴィオは何らかの作戦に利用されるだろう。
それでも、絶対にヴィオは俺の傍に置くけれど。
さっと踵を返す。
周りにいたモンスター達は報告が不満なのかつまらなそうな顔をしていた。
だが、そんな事俺には関係ない。
ヴィオが起きる前に炎の塔に戻らなければ。
作り笑いはグフー達の前から去った瞬時、消えた。
早足で階段を駆け下りる中、暗がりに妙なものを見る。
暗雲。
数秒もしない内に目をそらす。
ああ、嫌なもの見た。
さっさと立ち去ろうとして、逆に呼び止められた。
「待てこわっぱ」
「俺はこわっぱじゃない」
どこが口かも分からない奴が、話しかけるな。
「勇者を落としたと言っていたな」
「そうだが、何か?」
暗雲は返答の変わりに乾いた笑い声を上げた。
くえない雲め。
「・・・用が無いのなら、俺はもう行く」
「フン、話もできぬぐらいそやつに依存しているのか?」
「・・・何の事だ」
「見たぞ、紫の衣を纏った忌々しい勇者を」
お前の方がよほど忌々しい。ガノンのスパイのくせに。
「あいつが、何だというんだ?」
「懐柔されぬようにする事だ、あやつは賢そうだしのぅ」
貴様より、と付け加えられる。
いちいちうるさい雲だ。俺が懐柔されるなんてありえない。
あってはいけない。
「それだけか、ならもう話は終わりだ」
俺はヴィオと一緒にいるんだ。
あいつを完全に闇に取り込んで、ずっと傍に・・・。
「ヒカリに駆逐されるな、影の勇者」
「・・・っ影と言うな!」
暗雲は皮肉気な笑い声を上げながら空に消える。
俺がヒカリに駆逐されるだと。それは、ヴィオに追われるという事か。
やはり、そんな事はありえない。
ヴィオは俺の傍にいるのだから。
でも、ヴィオがヒカリに戻ったらどうしよう。
俺はヒカリの元には行けない。
グリーン達の様に、ヒカリにはなれない・・・。
じゃあ、もし、俺が、
『ヒカリになれたら・・・・』
ふっと今まで言葉にもしないような事が頭に浮かぶ。
ヒカリになれたら、独りではないのだろうか。
温かい世界に、身を置けるのだろうか。
「・・・・・ん・・・・?」
気がつけば、どくんどくんと気持ちの悪いほど心臓が鳴っていた。
「なんだよ、コレ・・・」
困惑したまま、胸に手を当てる。
服を通して、身体が異常を訴えていた。
えぐるような痛みが、胸をじくじくと責める。
「・・・イタイ・・・イタイっ!」
ぽたぽたと涙が目から零れ落ちる。
続いてひゅっ、と呼吸が止まった。
口を大きく開き、どうにか息を拾おうとする。
だが勝手に舌を詰まり、眩暈も伴ってその場に倒れこんだ。
「―――っうぁ・・・・!!」
倒れた衝撃で呼吸は戻ってきたものの、まだ苦しいまま。
手足が痙攣し、頭の中は泥渦のように気持ちが悪い。
まるで『ヒカリ』を受けたのと同じような状態。
「イ・・・苦・・シ・・・イ・ァア・・・イ・・・、ッ・・・・」
爪が割れそうなほど床を掻き、苦しみから逃れようともがいた。
「っあ゛、あ゛あ゛あぁぁぁぁッッ!!」
身を焼ききるような痛みが身体を駆け巡る。
「うぐ・・・・っ!う゛、ぇえっ!」
全身から込みあがってきたモノを、吐き出した。
それは床に落ちると気化するように消える。
吐き出したのは、自分の胎内に宿る闇の一部。
闇で出来た身体から、闇を吐き出すということは・・・。
「っぅ・・・・イヤだ・・俺は・・・まだ・・・っ!」
激しい吐き気が再び襲い、嗚咽を繰り返す。
「・・・は・・・俺は・・・っ!!」
消えたくない。
「ようやく気付いたか、愚かモノめ」
「はぁ・・・はぁ・・・は・・・・あ、暗雲・・・」
ぐったりとして身を起こすことの出来ない自分を、暗雲は冷たく見下す。
「我らは闇に属するモノ。余計な考えを起こさん事だ」
どうやら一部始終を見ていたらしい。
心の中で舌打ちをする。
倒れている俺を尻目に、暗雲は言葉を続けた。
「これに懲りたら、妙な事を考えるなよ」
『ヒカリ』を望めば、闇のモノは消えてしまう。それが掟なのだからな。
暗雲はそう言うと今度こそ本当に消える。
暗雲がいなくなると、喉の奥から小さなしゃくりがあがり始めた。
「――っく・・・う・・・ひぅ・・・っ・・・」
大粒の涙が留まる事無く溢れ出る。
泣きじゃくる声は、止まらない。
涙が出尽くしてしまった後、ゆっくりと目を閉じた。
「イタイ・・・・」
例え勇者でも、どんなに痛くても、俺がヒカリの中に立つ夢は見られない。
「いっしょに、いたい、だけ、なのに・・・」
fin.
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