+懇願+
ぐつぐつと皿の上でホワイトソースが破裂を繰り返す。
白い衣に包まれた肉に銀のフォークが突き刺さり、じゅぶっと音を立てながら皿から切り離れる。
今日のご飯は鶏肉のグラタン。
作ったのは、ただ今炎の塔でシャドウと同棲中の、紫の勇者ヴィオ。
「シャドウ、話があるんだが」
ヴィオが食べる手を止め、向かいに座っているシャドウに呼びかける。
シャドウはというと、はふはふと熱い鶏肉を口に頬張っている所だった。
「はに?」
「いい加減、雑魚寝で身体が痛いんだ」
「ほふ?」
今現在、シャドウの部屋にベッドが無い。
床の上にシーツやクッションを乱雑に置いて、その上で寝ているような状態だ。
これでは何時ぎっくり腰になるか分からない。
「それでな、ベッドを用意して欲しいんだが」
「はふ?」
「・・・って聞いているのか!?」
ばんっとヴィオが強くテーブルを叩く。
シャドウは今だグラタンと格闘していて、あまり真面目に話を聞いている様子ではなかった。
「んー?聞いてるよ。ベッドだろ」
「そうだ」
「どんなのがいい?」
「極普通のベッドだ」
「天蓋付きベッドとか円型で回転するとか・・・」
ごつんと額がテーブルと仲良くなる。
そのすぐ後に、反動で浮き上がった紫色の帽子の先が前に垂れ下がった。
ああ、グラタン皿の上に顔が落ちなくて良かった。
「・・・妙なオプションはつけなくていい。頼むから」
シャドウの妙なベット像に溜め息を漏らしつつ、ヴィオは痛む額をさすった。
妙なオプションをつけられたのでは、逆に眠れない。
というか、そんなベットで寝たくない。
「じゃあ後で適当なの探してみる」
そう言うと、シャドウはまたグラタンと格闘を始めた。
その様子を見ながら、ヴィオはグラタンを一息で冷ましそうな溜め息を吐く。
「ヴィオ、次は別のチーズでグラタン作ってな」
「ああ・・・」
本当に大丈夫だろうか、と不安を抱きながらもヴィオは食事を再開した。
3日後、ヒノックス達がひとつのベッドを運んできた。
ぷる、としてシーツ越しの触感が気持ちよいベッド。
「シャドウ・・・これは・・・」
「手始めにウォーターベッド。炎の塔では快適だぞ」
手始めってなんだ、手始めって。
嫌な予感がして出入り口の方を見てみる。
そこには真新しいソファーを担いだヒノックスが立っていた。
「・・・あれは?」
「ソファーベッド。黒色は嫌いか?」
「嫌いじゃないが・・・ってそうじゃない!」
「ん?」
「俺は極普通のベッドだと言ったはずだぞ」
「だから天蓋付きベッドとか円型で回転するのとかは用意してないぞ」
「そっちの普通で来たか・・・」
呆れ混じりの溜め息が漏れる。
いっそ、頼まない方が良かっただろうか。
「ヴィオ、まだあるぞ」
「ああ・・・」
シャドウの言うとおり、次々と部屋にベッドが運ばれてくる。
数十分後には、シャドウの部屋はベッドの展覧会と化した。
「さ、どれがいい?」
「あーあ・・・よくここまで集めれたもんだな・・・」
よく見れば珍しい植物で作ったベッドや、パイプベッドに折り畳みもある。
何を考えてか、介護用のベッドまであった。
「シャドウ、何故2段ベッドが一つたりともないんだ?」
「ヴィオと一緒に寝たいから」
あっさりと妙な台詞を吐くシャドウに、一時思考がストップする。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうだなぁ、ソファーベッドは狭そうだし。ヴィオどうする?」
お前と別ならどれでもいい、とは今更言えず適当に相槌を打つ。
「・・・なるべく大きいのにしてくれ・・・」
「じゃあセミダブルぐらいが妥当だよな」
「100歩譲ってダブルベッドにしてくれ・・・」
持ち運ばれたベッドの中にはシングルもあった。
あれで二人で寝るなんてあり得ない。むしろ狭すぎてどちらか落ちるだろう。
「シャドウ、なんで囚人用ベッドまであるんだ?」
「この塔の雰囲気に一番合ってるかと思って」
俺を囚人用ベッドで寝かす気かこの世間知らずは。
どうもシャドウは一般的な事とずれた所があるようだ。
・・・闇の者なのだから無理ないのかもしれないが。
「やれやれ・・・」
羽毛ブトンを手で押し返しつつ溜め息を吐く。
このベッドはふかふかとして柔らかい。
疲れた時にはぐっすり眠れそうだ。
マットの硬さも丁度いい。
一応、ダブルベッドのようだし・・・。
「シャドウ、決めた。これにする」
「えー、それ一番普通のやつじゃん!」
「だから俺は最初から極普通のやつでいいと・・・」
「まぁ、いいけど・・・ヒノックス達、他のベッドを片付けろ」
心なしか、ヒノックス達も疲れた顔をしているように見えた。
それでも、よっこらせ、とベッドを担いで外へ運び出す。
ヒノックス達がヒトであったら、労いの言葉のひとつでもかけたくなる働きぶりだ。
「じゃあ次は・・・」
「シャドウ、まだ何かあるのか?」
「何言ってんだよ、今度は寝室を整えなきゃならないだろ」
「は・・・・・・・・?」
「天井にはミラーボールとかどうだ?」
ずる、と肩の力が抜け、服が片肩に寄る。
「グフーは一体どんな教育をシャドウにしたんだ・・・」
力ない声で、呟く。
ああ、誠意を込めて、頼む。
シャドウのブレた知識を直してくれ、この際誰でもいいから。
しかし、その役はヒノックスには難しすぎて、グフー達にはそんな時間もなく。
結局、その役はヴィオに回ってくるのであった。
「ヴィオは赤いシャンデリアの方が好みか?」
「妙なムードは出さなくていいから・・・」
ぽふ、とだらけた身体がベットに落ちる。
ここの天井には虹色のガラスを敷き詰めたの照明が丁度いいかもしれない。
ヴィオは天井を見上げながらそう、思った。
fin.
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