+枷+


ちゃぷん、とシャドウをお湯の中から細い腕を持ち上げる。
指先からぬるくなったお湯が元居た湯船の中に戻った。
肌が乾き指先から水滴が滴らなくなるとシャドウは腕を下ろし、湯に浸す。
そしてまた軽く持ち上げる。



延々と壊れた機械の様にそれを繰り返す。



「・・・風呂場で溺れているのか、シャドウ?」

いい加減長風呂をしているシャドウが心配になったのか、浴室の扉越しからヴィオの声が響く。
シャドウは返事をせずにちゃぷん、と水音を立てるだけだった。

「・・・シャドウ?」

ヴィオが浴室の扉を開く。
シャドウはそれを気にせずまたお湯を掬った。
ヴィオはタオルとバスローブを軽く羽織った格好なのでそのまま足を踏み入れる。
温かい湿り気がヴィオの頬を撫でる。
シャドウは眼だけヴィオの方を向き、小さく水音を鳴らした。

「・・・生きてるか?」
「・・・生きてるよ」

虚ろな瞳のまま答えるシャドウにヴィオは重い溜め息を吐いた。

「ふやけるぞ、早く湯から上がれ」
「・・・ムリだ。足、動かない。上げて」
「ワガママ・・・」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ」
「・・・・・・・」

ヴィオは気まずそうに眉を顰めながらバスローブを脱ぐ。
脱いだバスローブを高い所に置くと、シャドウの方に向き直った。
ヴィオの素肌には点々と赤い跡が散っていた。
湯船に浸かっているシャドウにも、同様のものが見受けられる。

「このまま上げるぞ」
「ん」

ヴィオはシャドウの背中と膝の裏に腕を通す。
そのまま持ち上げようとした瞬間、シャドウはヴィオを強く引っ張った。
引っ張った先は、湯の張った浴槽。

「うわっ・・・・!」

大きな波が浴槽に立つ。
その水しぶきはぴちゃぴちゃとシャドウの顔を濡らした。
もっとも、ヴィオは頭から突っ込んだため全身ずぶ濡れとなった。

「シャドウ・・・何のつもりだ?」

極力怒りを出さない様にしてヴィオが問う。
シャドウは答えず、けらけらと笑っているだけだった。

「なぁ、ヴィオ、もっと・・・」

シャドウは前身を倒して軽くヴィオの唇を突くように口付けする。
ヴィオはお湯でふやけかけた手でシャドウを引き離した。

「まだするのか?」
「なんだ、ヴィオはもう無理なのか?」

嘲笑う様にシャドウは口を歪める。
ヴィオはむ、と顔を顰めた後、自分からシャドウの口を奪った。

「・・・・まだ問題ない」
「ふふ・・・じゃあもう1回・・・」

シャドウの両腕がヴィオの首に回る。
向かい合うようにして、再度唇を貪り合った。
ちゅく、と浴槽からとは違う水音が立つ。

「んぅ・・・っふ・・・・・・・・んんっ!」
「・・・は・・・」

シャドウは口から透明な液を滴らせたまま妖艶に微笑む。
ス・・・っと指先でその液を拭いながら、お湯の表面を弾いた。
弾かれたお湯は、そこから道を作るかのように退いていく。

「・・・シャドウ?」
「邪魔、だろ?」

お湯が脇によったおかげでヴィオとシャドウの間は何も無い。
シャドウは沸きに寄ったお湯を空中で待機させる。
さながら大きなシャボン玉が浮遊しているような状態だ。

「こんな事ばかり器用だな・・・お前は」
「そうか?」

シャドウは悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、ヴィオに身体をすり寄せた。







シャドウとこの快楽を求める行為をするようになったのはひょんな事から。
ちょっとした間違いと、快楽に流されてからやりだした。

その内、いつしかシャドウの方が温もりを求めるように、身体を重ねるようになっていた。
反対に、ヴィオはどこか空恐ろしい気持ちになっていった。

ヴィオはシャドウの心の奥に、触れてはいけない所があると知ってしまった。
それはヴィオ以外触れることは出来ない。だが、ヴィオがそれに触れようとしない。
シャドウを『人間』と同じ所を認識すればするほど、ヴィオはそれから遠ざかった。
シャドウはヴィオを失う不安を、ヴィオはシャドウを失えない不安を。



それはまるで、枷のように2人を繋ぎ止めている。





一頻り快楽を貪った後。
前よりもよりぐったりとしたシャドウをヴィオは抱えていた。

「・・・大丈夫か、シャドウ?」
「ん・・・・」

ヴィオに寄りかかったまま、シャドウは呼吸を整える。
ヴィオはシャドウの身体をそっと浴槽にもたれ掛けさせた。

「・・・ヴィオ」
「何だ?」
「好き」
「そうか」
「・・・ヴィオは?」
「どうだろうかな」
「教えろ」
「秘密だ」
「・・・・・・・・・・・・・・ケーチ」

風船を割るような音と共に、浴槽一杯分のお湯がヴィオの上に降り注いだ。
















                                          fin.

































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