+鏡+



暗い泉に身体が堕ちていく感覚にシャドウは目を覚ました。
どろどろと肺の中まで水が満ちてくる。
身体に力が入らなくて、自分の目すら開くことが出来ない。
ならば、とありったけの力を込めて指先を僅かに動かした。
気持ち悪く粘ついた感触が指の間の触感を刺激する。



こぽ、と僅かに開いたシャドウの口から水泡が零れた。



―ここは・・・闇の鏡の中か・・・。



自分は4人の勇者によって消滅させられた。
グリーン、レッド、ブルー・・・それと、ヴィオの4人に。



―最初に倒そうとしたのは俺なのに・・・。



水泡を吐き出しながら声もなくシャドウは呟く。
最初に、勇者を倒そうとしたのはシャドウの方なのだ。
それが、ヴィオと過ごした事で少し狂ってしまった。
シャドウは、ヴィオがいれば満足だった。
残りの勇者は単なる邪魔者。
シャドウにとっては自分を滅ぼそうとする光。



―ヴィオ・・・・。



ぽたりと、シャドウの目に涙が溢れる。
裏切られた時にすら怒りで出なかった涙が、今はとめどなく溢れだした。
黒い水に紛れてしまう涙はいくらでもそれを吸ってくれる。





ヴィオに、会いたくてしかたない。
でも会えない。
会いたくない。
独占したい。
でもできなかった。
今頃ヴィオは他の勇者達を一緒にいるのに。
自分は身体さえ満足に動かせない。





行き場の無い激情だけが、シャドウの中で渦巻いた。
ドロドロとして、気持ちの悪いさが胃を潰す。
それに合わせて、心臓の鼓動もドク、ドクッと不安げに乱れた。
ドロ、ドロドク、ドロ、ドクッドロドクドロドク、ドロドクドクッドク、ドロドクドロドロロ・・・。
シャドウはあまりの不快感に多量の水泡を噴き出した。
そのまま、身体が落ち着くのを待つ。
落ち着いても、シャドウの頭の中はヴィオの事が占めた。



―ヴィオ・・・なんで俺を裏切ったんだ・・・。



なんで、なんて本当はとうに分かっている。
自分が影だから、倒すべき闇だから。
鏡から生まれた、魔物だから。

シャドウの涙がぴたりと、枯れたかのように止まる。
代わりに、闇の力だけが濁流のようにシャドウを満たしていった。



―せめて・・・俺がヴィオと同じ存在だったなら。



光の勇者だったなら。
こんなに淋しくて辛い思いはしなかっただろうか。
こんな冷たい闇の泉に身を浸さなくても済んだだろうか。
誰かに、振り返ってもらえただろうか。



―俺は、ヴィオと一緒に居たらいけなかったのだろうか・・・。



ヴィオと居る時は、温かい何かに満たされるような気がして。
闇の中とは違った自由と束縛があって。
闇の中には無い、優しさと繊細なものがあって。
それがずっと欲しかったものだと気付いた瞬間、手放すことが出来なくなっていた。



―一緒に居たかったのに。



ヴィオと一緒に世界を支配することを夢見ていた。
本当に、心の底から信じていたのに。
本当に、心の底から好意を寄せたのに。



―俺は・・・、・・・・・・・・・・・っ!?



突然、シャドウの身体が見えない何かに引っ張り上げられる。
シャドウは抗う暇もなく、ズッ・・・と左手が鏡を貫通した。
シャドウの頭の中で、ガノンの声が響く。
光の中に出ろ、と。
勇者を倒せ、と。



―イヤだ、もう光の前になんか出たくない。



シャドウは苦しくて、辛くて、まだ頭の中で整理もついていない。
それでも、ガノンの声はシャドウを無理矢理、鏡から引きずり出す。



―イヤだ、イヤだイヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだぁ・・・・っ!!







・・・シャドウの願いは、虚しく砕かれた。
鏡から引きずり出された先には、勇者にとって大事すぎる人が立っていた。

誰にも取られたりしないように、何処にも逃げられないように囲った少女。
いつかシャドウが、自分の世界を見てもらいたいと思っていた姫君。
触れることのできない、強く気高いハイラルの光。

光の姫君は静かにシャドウに諭した。
シャドウは、勇者であれると。
それはシャドウを救う言葉だった、そして、最期を迎える言葉でもあった。





この後、シャドウはガノンドロフからも、グフーからも離別する。
自分の命でもある闇の鏡を割ることにより、シャドウは闇から開放された。
これでもう、闇の鏡がシャドウを映すことも無いのだ。



















                                          fin.


















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