+永遠にも似た、このひとときに+


水を弾くような音で紡ぎ出されるその音色は、一時の安らぎを奏でる。
螺子を止めるまで、ただ静かに。



「さっきから何をしているんだ、シャドウ」
「んー」

ある日の夜中。コウノトリとペリカンを足して二で割ったような怪鳥がやってきた。
怪鳥はシャドウに郵便を渡すとさっさと夜闇に消えてしまった。
シャドウは丁寧・・・とは言い難い手付きで包装を破り、嬉々として中身を取り出す。
それからずっと、取り出した中身で遊んでいた。

「だから、何をしているんだ?」
「えー」

さっきからシャドウは俺に背を向けたまま、曖昧な返事を繰り返す。
俺はベット、シャドウはソファーが定位置なのだが、今日はそれが逆。
俺はソファーで本を読み、シャドウはベットの上で黙々と何かをしていた。
どうも、俺はそれにイライラしていた。
場所を取られたことではなく、別のことに。

「シャドウ」
「あー」
「・・・シャドウ!」
「え、何?」

やっと気付いたと言わんばかりにシャドウが振り向く。

「今度は何を頼んだんだ?」

よくシャドウは通販で物を頼む。
外に出れないのだから仕方ないとは思うが、どこに何を頼んでいるかはほとんど分からない。
正直、あまり知りたくもないが。

「オルゴール。・・・見るか?」

すぅ・・・と浮遊し、床面ギリギリを滑ってシャドウが俺の横に来る。
この移動方法は靴底が減らないし、楽だなといつも思う。

「どうだ、可愛いだろ?」

シャドウが差し出したのは兎の陶器人形が乗った四角い箱。
側面に金色の回し螺子の付いた、手動のオルゴールだった。

「おもちゃみたいだな・・・鳴るのか?」
「当たり前だろ、すっごいキレイな音なんだぜ!」
「ふうん・・・」

シャドウは片手で箱を持つと、空いた手で回し螺子を回す。
確かに音はキレイなのだが、時々曲が途切れて安定していない。

「やっとこやっとこな曲だな・・・」
「まだ上手く回せないんだよ!」

シャー!と猫の様にシャドウが反論する。
遠回しに自分は不器用だと言っているようなものなのに。

「・・・ちょっと貸してみろ」

シャドウからオルゴールを手渡してもらい、回し螺子を抓む。
俺は回し螺子をゆっくりと回した。・・・途切れることなく、曲は流れる。

「わぁ・・・キレイ・・・」
「お前は早く回しすぎなんだ」
「・・・ヴィオ、もう一回弾いて!」

キラキラと瞳を輝かしてねだるシャドウに断るのは忍びなく、また奏でてやる。
シャドウは大人しくオルゴールを見詰めながら、うっとりとそのメロディを聴いていた。
曲が終わるとシャドウは覚えるからもう一回、と再度ねだってくる。
仕方なく、また奏でてやった。



夜の透いた空気に、星の弾かれる音が響く。
心を落ち着かせる、優しいメロディ。



・・・ふと、オルゴールの音色に整った呼吸音が交ざってきた。
オルゴールを鳴らすのを止めて、俺は軽く溜め息を吐く。

「・・・シャドウ・・・」

音色に誘われたのか、シャドウは眠っていた。
俺はオルゴールをソファーの横のテーブルに置いた。
そのままシャドウを抱えてベッドまで運んで行く。

「やれやれ・・・世話の焼ける・・・」

そうは言っても、幸せそうなシャドウを見ていると起こす気も失せた。

「・・・俺も毒されてきてるな」

自分自身に失笑する。馬鹿馬鹿しい、とは思うのだけれど。
シーツを引っ張って俺とシャドウの上にかけて横になった。
耳に残ったオルゴールの音を聴きながら、俺も目を瞑る。

心地よい、夜明けの涼風が銀色の陽の中を駆けた。



目が覚めたのは、日の落ちる寸前。
生活リズムが乱れきっている。だが直すのもめんどくさい。
普段ならもっと寝ている所、零れる様なオルゴールの音色に起こされた。
俺の横で、どうやらシャドウがオルゴールを弾いているようだ。
目覚ましにしては優しい音。

「もうちょっとゆっくりかな・・・」
「・・・シャドウ」
「ヴィオっ、起きてたのか!?」
「さっき目が覚めた」
「なぁヴィオ、オルゴール弾いてくれ!まだ覚え切れてない!!」

シャドウは俺の前に昨日のオルゴールを差し出す。
こっちは寝起きだというのに・・・。
髪の毛すら梳かさぬままに渡されたオルゴールに、俺は溜息を吐いた。

「一回だけだぞ」

昨日と同じように銀板を響かせる。
シャドウは慎重に、リズムを刻みながら聴いていた。

「覚えれたか?」
「ああ、ばっちりだ!」

シャドウは俺からオルゴールを受け取ると、早速弾き始める。


銀板を弾き、昨日よりも滑らかに流れるメロディ。
だがシャドウの弾いたのは俺が弾いたのと同じものなのに、どこか音色に深みが入っていた。


「・・・どうだ、ヴィオ?」
「え・・・あ、ああ。・・・いいんじゃないのか」
「頑張ったんだぜー」

えへへ、とシャドウが満足気に笑う。
不意に、胸を掠めるような感覚が沸き立った。

「・・・おい」
「え?」

シャドウの腕を軽く引いて、その笑顔に口付けた。
何度もオルゴールを弾いてやった、その報酬代わりに。

「あっ・・・ヴィオ・・・っ!」
「・・・シャドウ、もう一回弾いてくれ」

俺はオルゴールを握ったシャドウの手をゆるゆると撫でる。
シャドウは顔を赤くしながら、ゆっくりと螺子を回した。
心に沁み渡るような音色が心地よく耳に響いた。









                                         fin.





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