+進む道+


その夜はシャドウのマンションで過ごした。

「ヴィオ・・・」
「すぐ戻ってくるから」

ヴィオは一度家に戻らなくてはならないため、ベットの中で横になったままのシャドウに軽く口付けて後にした。



「はぁ・・・」

シャドウは起き上がってのろのろとシャワーを浴びながら夜の事を思い返していた。

「(恥ずかしいな・・・あんな声初めて出した・・・)」

確かにそうさせるつもりでヴィオを誘ったのには違いないけれど。

「(父上は・・・やはり見抜いちゃうかな・・・)」

自分の兄が本家の女を抱いたとき、父上は見抜いていた。それを知った上で駆け落ちするのを黙って見ていた。
それは本家の復讐のためだとシャドウには分かった。
父上は本家を、ヴィオ達の家を潰したがっている。

「(俺達の場合はどうなるんだろ・・・)」

ヴィオと一緒にいられるなら復讐のために使われてもいい。だが気がかりなのはー・・・。

「あー!うじうじしてても始まらない!!」

シャドウはパンパンっと頬を叩くと浴室から出た。
その時、ぴー、がちゃっとオートロックの玄関のドアの開く音がする。
ここのドアを開けられるのは自分と兄と父上だけ。そして今、兄はいない。
シャドウは急いで服を着ると玄関に走る。背中に冷たい汗が流れるのを感じながら。
玄関には、久しく会っていない身内が立っていた。

「父上っ!!」
「む・・・シャドウか・・・」

重くて、恐ろしいほどの圧迫感。

「お、おかえりなさいませ!」
「ああ・・・」

じろ・・・とガノンドロフはシャドウを見る。
シャドウは心臓の音が強く、速く感じた。

「・・・シャドウ」
「はいっ!」
「・・・貴様もダークと同じか」
「っ!!」

やっぱり見抜かれていた。身体から一気に血の気が引くのが分かる。手足がカタカタと震える。怖い。

「あ、お、俺・・・」
「相手は・・・本家の人間だな」
「・・・はい」
「どいつだ?」
「同じ学園の・・・ヴィオ・・です・・・今から来ます・・・」
「そうか」

ガノンはそう言い捨てると自室に入っていく。
シャドウはその場にぺたんと座り込んだ。





「・・・っチ。まずったな・・・」

ヴィオはシャドウのマンションの駐車場でシャドウからのメールを見ながら舌打ちした。
よりによってこんな時にガノンドロフが帰ってくるなんて。
いっそ娘さんを俺にくださいとでも言ってみるべきだろうか。

とりあえず深呼吸をして、インターホンのボタンを弾いた。

「ヴィオですけど・・・」

ががっと自動ドアが開き、中に入ってエレベーターに乗る。
シャドウの部屋の階で降りると、部屋の前でシャドウが待っていた。

「ヴィオ・・・」
「シャドウ・・・なんて顔してんいるんだ。ガノンは何も俺達を取って喰うわけじゃないだろう?」
「・・・そうかもしれないけど・・・でも・・・」
「・・・俺はこれから先もお前に、傍に居てほしいと思っているんだがな」
「!!・・・それは・・・俺もだけど・・・」
「じゃあ、部屋に入ろう。な?」
「うん・・・」

ここまで来たら後悔もなにもない。進むしかないんだ。俺達が一緒にいるためには。
玄関を通り、リビングに入る・・・奴はいた。昔と変わらない圧迫、威圧感を出して。

「お邪魔します・・・おはようございます、ガノンドロフさん」
「ふむ・・・」

びりびりと空気が張り詰める。
戦慄が体中を駆け巡る。
自分の鼓動がどんどん速まっていく。

「貴様はヴィオとかいったな・・・昔見た中で一番利発そうだとは思ったが・・・シャドウが欲しいか?」
「・・・はい」
「ならば道を選べ。俺の下で働くか、逃亡のゲームをするかのどちらかを」
「逃亡ゲームとは・・・?」
「まず貴様らに金をやる。それで俺から死ぬまで逃げ切ればゲームの勝者となる。シャドウの兄、ダークはゲームの方に乗ったが私の勝ちだったな」

カタカタッとシャドウが青い顔をして震えだす。つまり兄は始末されていたということか。
どこかで生きていると信じていたシャドウには俄かに信じられないことだが、この男は嘘などつかないだろう。
奴ならば、自分の息子でもためらわない。

「さぁ、どうする・・・」

これは予想していなかった。
ガノンの下で働くということは本家である俺に裏の仕事をさせるということだ。
ゲームをして勝てる自信はない。どう考えても、がノンの方が自分より上なのは一目瞭然だ。
その両方のどちらをとってもその報酬は変わらない。すなわち、シャドウであることには。
ならば・・・。

「・・・あなたの、あなたの下で働きます」
「ヴィオ・・・!!」

シャドウが泣きそうな顔で俺の腕を掴む。

「ククク・・・やはり貴様は利口だ。クク・・ハハハハハハハハっ!!」

ガノンの屈辱的な笑い声が俺の耳でこだまする。これでもう、引くことはできない。
プライドも、今までの世界も、何もかもを、俺は捨てるのだ。




それから三日後、俺は他の兄弟がいない時に自分の父親に事情を話した。
とりあえず殴られて、怒鳴られて、泣かれた。
それでもこれが俺の選んだ道ということで説得に近い諦めをさせた。

「それでヴィオ、お前はどうなるんだ?」
「学園を卒業するまでは本家側の人間で良いと・・・本家と分家の仲はもう戻らないんでしょうか?」
「ああ。過去にもあった、そして二回目となるともはや・・・」
「ガノンドロフは恐らく本家を乗っ取るか、潰す気です」
「・・・そんな奴の下に行くのだな・・・お前は・・・」
「はい。申し訳ございません」
「他の兄弟には来るべき日まで黙っておけ。内部崩壊もヤツの企みの一つだろう・・・」
「はい・・・分かりました」
「ヴィオ。覚えておけ」
「はい・・・」
「お前がどこに行こうとも、どんな人間になろうとも、お前は私の息子なのだ・・・ヴィオ・・・」

掠れた声で、俺はごめんなさい、と言った。
父さんの悲痛な声に、俺は涙が溢れて止まらない。
俺は謝罪をいくら並べても、償えない罪を犯した気がした。









それから5年。
親兄弟とも、この故郷とも別れを告げ、シャドウと生きてきた。
俺は裏世界の人間になり、ある街を仕切るようになっていて。
人の裏の醜さを見た、人を傷つけもした、返り血も浴びた。
もはや日の目には出れないが、それでも確かに傍にはシャドウが居て、俺は幸せだと思う。

「ヴィオ、ヴィオ」
「ん?どうした?」

昔よりももっとずっと綺麗になったシャドウが恥ずかしそうに、それでもどこか嬉しそうに言った。

「なんかね・・・俺、子供・・・できたみたい」
「・・・本当?」
「うん・・・」

俺はぎゅっとシャドウを抱きしめた。暖かいぬくもりと、喜びを感じる。

「ヴィオ・・・」
「シャドウ・・・名前、考えなきゃな」


こんなに変わってしまった世界で幸福をかみ締めている内に、俺は思い知った。
全てを捨てて、大事な人と一緒に生きていくということは、こういう事なのだと。
俺は自分の中のどうしようもない闇を、死ぬまで渦巻かせて生きていかなければいけないのだと。

愛する者といるために。



















                                        fin.





















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