+交わる世界+




「暑いなぁ・・・」

機体の羽の上で、フォックスはほぅと熱気の篭った息を吐く。
次第に気温を上げて動けば汗をかかせる日々の変化が、自然の細やかな配慮だと思えばこの熱も許せてしまう。
つぅとこめかみから伝う汗を手の甲で拭い、ピカピカに磨いたアーウィンを撫でた。
皿のように輝くわけではないが、汚れを払ったものは美しく見えてくるから不思議だ。
機体のメンテナンスの出来を確かめるためちょっと空を旋回して、足場の良い所に降り立った。
ここは床と壁が同じ素材で、けれども空のみは開かれており大きなものが収められていたかのような場所。
無機質な周囲は倉庫のようでもあり、ロボットアニメに出てくるロボットの格納庫のようでもある。

「そろそろ戻ろうかなー・・・」

もう大分休みはした。
夕飯の準備をするにはやや早く、かといっておやつを用意するには遅い時間。
しかたなくもう少し休んでいくかと羽の上に座り直した瞬間。

「フォックス」

背後からの声に振り向けば声に主よりも天井からの太陽の光が目に入り、思わず瞬いてしまった。
手を屋根にしてその陰から見れば見知った男が立っている。

「あれ、スネーク。どうしたんだこんな所で」

アーウィンから飛び降りて彼の前に降り立った。
普段何をしているのかよく分からない男だけに、よく分からないこの場所が彼にはよく似合う。
スネークは慣れた手つきで葉巻を口にするとゆったりと煙を吐き出した。

「ここ、禁煙じゃないんだ」
「さぁな。まぁ大丈夫だろう」
「もし禁煙でも俺、フォローしないからな」
「これが初めてじゃないからいいだろう」

スネークはニヒルな笑みを浮かべて美味そうに葉巻を吸う。

「・・・フォックスはこんな所で何をしてるんだ?」
「俺?俺はこいつでちょっと飛んでただけだよ」

くいと、親指で後ろの機体を指した。

「わざわざこんな所に降りたのか」
「あー・・・いや、なんか降りやすそうだったから。ここ、どこ?」

やれやれと言った感じでスネークが肩を竦める。
フォックスはまずい場所だったかと、暑さとは別の汗が流れかけた。

「ここはメタルギア・・・俺の方の兵器の格納場所の裏手だ」
「え・・・じゃあ・・・」
「壁一枚隔てた所におっかない物があるぞ」

くっくと人が悪そうに笑うスネークにフォックスは頭を掻く。
『兵器』を置いている場所というならばそれは、戦闘機で乗り込んでいい場所じゃない。

「じゃあ俺もう戻るよ。置いてちゃまずいだろ」
「気にするな、ここにあの兵器を使う奴らは来ない」
「だけど――」
「実はな、俺はお前さんに用があって追ってきたんだ」

葉巻が床に落ち、ジュッと小さく燃えていく。
白く苦い煙が2人の間に立ち込めた。










「ウルフさん、こっちですか?」
「ああ」

小さな森を抜けて、今日ウルフは初めて天使と並んで歩いた。
今までほとんど話すこともなかったし、その必要もなかった。
精々リンクやフォックスの話で出てくる程度の知識しかない子ども。

「スネークさん、いるといいんですけど」
「わざわざ俺様が追ってやってるんだ。居ねぇわけねぇだろうが」
「そうですね!」

素直な返答にウルフは不可解そうに眉を顰めた。
あのような言い方をすれば、少なくとも彼の周りではもっと捻くれた言葉に変わっている。
スネークを探してるピットと、フォックスに用のあるウルフ。
用と言っても大したことではないのだが。
ウルフが機体の前にいたフォックスに声を掛けようとした瞬間、風を生み出して去って行ってしまった。
フォックスが帰るまで自室かリビングで待っていようかと思った所で後ろから飛んできたのがこの天使だ。
唐突にスネークを見なかったかと問われ、無意識に鼻を使えば丁度それはフォックスが飛んでいった方向。

「暇つぶしにしちゃ、酔狂が過ぎたぜ・・・」

アーウィンで飛んでいったフォックスに追いつけるとは思わない。
だがスネークぐらいならその辺にいるだろうと思って協力したのが間違いだった。
スネークは常に移動をしており、終いにはフォックスと同じ軌道を辿っている。
これでスネークとフォックスがいなければウルフはくたびれ儲け、ということになってしまう。

「おい天使のガキ」
「僕はピットです、オオカミさん!」
「俺様はウルフだ!」

ぎっと睨んでもピットはにこにこと笑ったままだ。
肝が据わっているのか、甘く見られているのか。

「何しにあの蛇野郎の所に行くんだ?」
「今晩のお誘いに行くんですよ」

ウルフはそうかと答え掛けて慌ててピットに振り向いた。
『今晩のお誘い』という大人が言ったら確実に怪しいセリフについ疑ってしまう。

「・・・・・・どっかに出かけるとかそういうのか?」
「あ、いえ。ワインの飲み比べするんです。親衛隊がいっぱい送ってきたので」

えへへと笑う唇はとてもアルコールを含んだことがあるようには見えない。
なぜと問う前にピットの方が言葉を紡いだ。

「僕の所ではワインって薬みたいなものなんですよ」
「ああ、それでか・・・」

色々と承服しかねる所はあるが、薬ならば異議を唱えることはできない。
文化の違いだとウルフはシガーの煙と共に言葉を飲み込んだ。

「スネークさんが一番飲み比べが強いですから!」
「はぁ?何言ってやがる」
「だって前フォックスさんとリンクさんも誘って飲んだ時もスネークさんが勝ったんですよ!」
「フォックスが負けた?そりゃ蛇野郎が手ぇ抜かれただけだろ」

鼻で笑いながら2本目のシガーに手を伸ばす。
火を点けると同時に横からの不穏な空気を感じ取り、隻眼を向けた。
見れば先ほどまでの笑顔はどこへいったのか、むすっとした天使の顔がある。

「手を抜かれてないです・・・スネークさんが強かったんです」
「・・・一番最初に潰れたのはリンクだろう?」
「え、はい。よくわかりますねー」

あまりリンクは杯を重ねられる性質ではないからと答えた。
少し強めの酒でちびちび飲む方が慣れていると聞いたことがある。
もっともまだ10代、彼らほど慣れ親しんでいるわけではないのだろう。

「それで、潰れたガキをフォックスが途中で抜けて送ってったんじゃねぇのか」
「えっと・・・『俺もギブアップついでに』ってリンクさんを送っていったんです・・・けど」
「まぁそういうことだな」

フォックスにとって勝ち負けよりリンクの身を案じる方が勝ったのだろう。
なんとも、フォックスらしい。

「なぁんだ、スネークさんが一番かと思ったのに・・・」
「フン、今度はフォックスをピンで呼ぶんだな」
「・・・いいえ!ウルフさんもです!」

ウルフの言葉にピットは胸を張って断った。

力いっぱい小指をウルフに突き出し、期待するような眼で見られる。

「・・・何の真似だ?」

真剣にピットの行動が読めず、ウルフは耳を下げた。
ピットはというと、もちろんと言わんばかりに瞳を輝かすばかり。

「ウルフさんも今日の飲み比べに参加してください。これはその約束の指切りです!」
「そんなガキみたいな真似できるか・・・・・おい、あの建物」
「え?あ、あそこたまにスネークさんがいる所です!」
「じゃあ当たりかもな」

逃げの手を見つけたとウルフはシガーを投げ捨て足を速める。
追跡の匂いも強くなっているし、ここで間違いないだろう。
入口に立てば耳が微かな声を捕らえる。
会話中でも構うものかとウルフは足を進めようとした。
だが、後ろから慌てて飛んできたピットに体当たりされ、その場でたたらを踏んでバランスを崩してしまう。
倒れそうになるのを堪えながら2人分の体重を腰で支える。
その時、獣の敏感な耳が中の会話を捕らえた。

『こっちでも、それは禁忌なんだ。それに俺は研究者じゃないから専門的なことは何もわからない』
『そうか・・・やはりどこでも、神様の真似ごとなんかするもんじゃないな』
『・・・スネークはされた方じゃないか・・・』
『まぁクローンとして造られたっていうのは覆らない事実だからな』
『ごめん、何もできなくて・・・』
『お前さんのせいじゃないさ・・・他には何も知らないか、クローンについて』

軽い沈黙の後、申し訳なさそうなフォックスの声が届く。

『・・・総じて、寿命が短いとか・・・』

ごめん、とフォックスがまた謝る。

『やっぱりか。いや、俺は元々老化した細胞を使っているからさらに老化は早いだろうな』
『何かそういうのを緩める薬でもあれば・・・』
『遺伝子に組み込まれた情報には逆らえない。あとはどうその人生を生きるかだ』
『そっか・・・強いな、スネークは』
『そうでもないさ。過去に色々ある分、考えることも多い』
『それは同感!』

中の空気が多少緩む。
ウルフは入口のドアに手を掛けようとして、背中に乗ったままの天使にはっと気付いた。

「ガキ、いつまで乗っ・・・て・・・」

振り返って目に入る顔は泣き出しそうなくせに、青い瞳だけはきらきらと強い力を放っている。
悲しみと使命感に滾る兵士みたいな目だ。

「・・・ガキ、『今の会話』の意味が分かったのか?」

文化も世界も何もかもが違う。
それなのに、先ほどの会話の重さが分かったというのだろうか。

「分かりません。でもスネークさんはとっても重たいものを過去からずっと持っている・・・そんな気がするんです」

雰囲気だけを読み取った天使がすんと鼻を啜る。
軽やかにウルフの背から降りて翼を一度、大きく羽ばたかせた。
白い羽が辺りに跳ね上がる。

「だから僕は少しでもスネークさんに笑っていて欲しいんです」

一緒にいる時ぐらい幸せだと思ってもらいたい。
幼くも澄んだ声で告げられ、ウルフは自分の中には存在しないであろう心意気を見た。
誰かを幸せにしたいと思うような、意志。

「・・・そうかよ」
「はい!」
『そこに誰かいるのか!?』

中から飛んできたスネークの声が残響してドアにぶつかる。
ウルフは片方のドアだけ開き、今来たと言わんばかりの顔をした。

「チッこんな所に居やがったのかフォックス。ガキのお守は散々だったぜ」
「え、は?ウルフ?こんな所まで何しに・・・」

フォックスが目を丸くすれば、ウルフの背後から現れたピットにさらに驚愕の表情を浮かべる。

「スネークさぁん!」
「ピット?どうしたんだ」
「あ、あの、あのですねっ僕スネークさんを探しててっ!それでその・・・っ」

一生懸命言おうとしているのは伝わるが、うまく舌が回らないらしくウルフを飛び越えスネークに今度は突撃してしまった。
もふっとスネークに受け止められ、言葉を途切れさせてしまった言葉を、今度はウルフが紡ぐ。

「俺様達と飲み比べがしたいんだとよ。誰が一番かとな」
「なんだ、飲み比べの誘いだったんだ」
「そりゃ、ピットが一番じゃないのか?」

フォックスとスネークが軽快に笑いながら、緊張を解く。
これで先ほどの会話は聞かれていなかったと思うだろう。
ウルフは新しいシガーを取り出しそうとして、もう残りがなかったことに気づく。
それに気づいた同じく喫煙者なスネークが葉巻を差し出した。

「ピットを連れてきてくれた礼だ」
「安い礼だが受け取ってやるぜ」
「煙の出ない良い葉巻だぞ」

スゥと一息吸って、悪くない味だとウルフは一言返す。
スネークはピットの頭を撫でながらそうだろう、と返された葉巻の箱を胸にしまった。
片目の視線だけでお前は吸わないのかと訊けば、子どもの前だとスネークは緩やかな瞳でピットを見る。
その時、フォックスが何かを思い出したように叫んだ。

「ウルフ今何時!?」
「もう夕方だが・・・」
「やばい、早く帰らなきゃ!ご飯作らないと」
「帰るんなら俺様も乗せろ」
「フォックス、俺もだ」
「あ、スネークさんが乗るなら僕もー!」
「ええー!?じゃあもうウィングに乗ってくれよ」

わらわらとフォックスの機体に集まり右の羽にウルフ、左の羽にピットを抱えたスネークが乗った。
フォックスは慎重に起動させながら、左右のバランスをうまく取り浮上する。
建物はいつの間にか沈み始めた夕日に照らされ、明々と燃えていた。

「落としたら承知しねぇぜ」
「頼むぞフォックス」
「うわぁ、すごい!キカイってこうやって動くんですね!!」
「もう・・・皆、しっかり掴まってろよ!」

ギュンという音を立ててアーウィンが風を切って駆る。
地平の果てからはゆっくりと、楽しい夜が幕開けようとしていた。



















                                           fin.