窓辺に立てば早朝の青い空気が頬を撫でる。
昇りたての朝日は目を細めるほど眩しく感じた。
持ち前の金色の髪は太陽の光を弾き、輝く。
今さっきまで寝ていたせいで髪には寝癖が残っていた。
また眠るから直さなくていい、と手櫛で整えもしない。
一張羅の紫のチェニックも帽子も被っていない。
かわりにガウンを一枚羽織っている。
ここは炎の塔と呼ばれる塔の中。
誰に見られるというわけもないので楽にしていた。
石造りの窓の大きなふちの上に座り、外を眺める。
窓の外からは森や人間の村が見えた。
目覚めの早い鳥の声が聞こえる。
平和なものだと、呆れに似た溜め息を吐いた。
朝の空気を存分に吸った後、足をベッドに向ける。
ベッドの上にはすでに先客がいて、その半分以上を占めていた。
「シャドウ、もう少し端に寄れ」
「んー・・・ヴィオ・・・・?」
ヴィオに背を押され、寝ぼけ状態のシャドウはのろのろと端に寄った。
「・・・ヴィオ・・・手、冷たい・・・」
「あ、悪い」
「しょうが・・・ない・・なぁ・・・」
一体何がしょうがないのか分からない。
シャドウは猫の様に身をくねらせ、ヴィオにくっついた。
暖めようとしているのか、単にくっつきたいだけなのか。
深く考えても仕方ない。ヴィオもゆっくりと瞼を閉じる。
ヴィオはシャドウの紫暗の髪を指に絡め、頭を撫でた。
幼子にするような仕草だが、触れる箇所は温かい。
「あ・・・ヴィオ、温かく・・なってきた・・・」
「そうか・・・じゃあ、おやすみ。シャドウ」
心地よく混ざる熱を感じながら。
シーツに埋もれて、彼らは再び眠りの世界に落ちた。
****************************************************
月が煌々と照り、星の瞬く夜のこと。
フォーソードの勇者達は今日も例に漏れず野宿をしていた。
寝袋の入っていざ寝ようか、と思った時にレッドが口を開いた。
「深夜にお風呂入ってて、外で物音したら怖いよね」
「なんだよ、いきなり」
「だってさ、ブルーはそう思わない?」
かく、と首を横に傾けてレッドは問う。
ブルーは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
「なんか落ちたとかで気にしねぇよ」
「そうかな、僕は結構気にするけど」
割って入ったのはグリーンだ。
「ヴィオは?」
レッドが最後の一人に問う。
半分寝かけていたヴィオはめんどくさそうに気にしない、と答えた。
「そら見ろ。普通気にしねぇよ」
「えー普通気にするよ〜」
「そうだよ、気にするよ」
寝る前だというのに盛り上がり始めた3人に、ヴィオは溜息を吐いた。
「ヴィオだって気にしねぇって言ってただろ!」
「するって!」
どんどん激化してくブルーとレッド。
このままではいつまで経っても静かにならないと踏んだヴィオは静かに語りだした。
「確かに気にはしないが・・・もしそれが顔を洗っている最中ならどうする?」
「え・・・そりゃ、また顔を洗うんじゃないの?」
「まぁ確かに」
「泡だらけの顔をそのまんまにできねぇし」
「じゃあ3人とも、もし顔を洗って目を開けた瞬間、目の前に誰かいたら?」
ヴィオの言葉にぎく、と3人の顔が強張る。
「目の前に鏡があったとして、その鏡に映る自分の背後に誰かいたら?」
「ちょ・・怖いよ、そんな話・・・」
グリーンが止めさせようと茶々を入れる。
だが構わずヴィオは語りを続けた。
「さらにその背後の人が自分に向って手を伸ばしてきたら?
お湯がいきなり真っ赤な液体に変わってたら?
浴室の外で何かが這いずるような音がしたら・・・?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
「ヴィ、ヴィオっ!止めろその話!!」
「ホ、ホントに怖いって!!」
レッドが悲鳴を上げ、ブルーが耳をふさぎながら抗議する。
グリーンは少し青ざめた顔で両手で自分を抱きしめていた。
「続きを話されたくなかったら、早く寝ろ」
ヴィオはもう一つため息を吐くとごろりと寝袋に横になった。
翌朝、グリーンとブルーとレッドがひっついて寝ているのが目撃された。
勇者とて、怖いものは怖い―――。
失笑するヴィオにグリーン達はそう、弁護していた。
****************************************************
例えば砂糖菓子の袋に手を突っ込むような。
甘い汚れで済むならば。
ヴィオ、と大きな袋から声がする。
ちらりと袋を一瞥し、どうした、と声をかけた。
袋は軽く自身を揺すると、テーブルの上を片付けてくれ、という。
仕方なく自分はソファーから立ち上がり、テーブルの上を空にする。
袋はよいしょ、といいながらテーブルの上を占領した。
こちらがこれは一体どうしたんだ、と袋を指す。
そうしてようやく、袋の後ろから声の主が現れた。
中身はお菓子だ。種類が多くて決め切れなかった。
紫暗の髪を揺らして自嘲のような、苦笑いのような、何とも言えない顔で笑う。
これは多すぎるだろう、と苦言を言えば、ヴィオにもあげると切り返される。
袋は両手に余るぐらい大きい。
サンタの袋ぐらいあるんじゃないだろうか。
こんなにたくさん、どこで取ってきたと問う。
問うた相手はくすくす、と黒いチェニックを翻して宙に浮いた。
人間の村で祭りをやってたから潜り込んだ、と悪戯っ子のように笑った。
人間に紛れて、買ってきたのか。
呆れの溜息を吐けば、その口に水飴を押しこまれた。
おいしいか、と丸い瞳がこちらを覗き込む。
答えるために、水飴の棒を引っ張って口から抜き出す。
思ったより唾液が出たらしく、飴はどろりとしていた。
味の前に、いきなり人の口に突っ込むな、と文句を言う。
だが鈴を転がすような声で笑われ、怒る気を失せてしまう。
なぁ、俺にも一口くれよ。
言うが早いか、ぱく、と水飴の先を唇で器用に噛み千切る。
ツン、と切られた飴が上を向いた。
唇で切ったせいか、口の周りに飴が残っている。
拭くものを持ってこようとするが、当の本人は気にしない。
さっさと別の菓子を食べようとしていた。
シャドウ、と呼んで、こちらを向かせて。
飴を噛み千切るより優しい力で。
唇についた飴を唇で取り返した。
うまいな、と言えば、シャドウが少し顔を赤らめていた。
例えば砂糖菓子の袋に手を突っ込むような。
甘い汚れで済むならば。
いくらでも舐め取ってあげる。
なぁ、my sweet .
****************************************************