『青より暗き』
リンクはいつもの如く、ウルフの部屋に入った。
その中にはいつもじゃない彼がいた。
普段はギラギラした空気を纏っているのに、今日はそれが弱い。
シガーも日頃より少なめで、どこかぼんやりしている。
「ウルフ・・・?」
「なんだガキ」
「いや・・・」
通常とほんの些細な違いだから分かるのはおそらく俺と、フォックスぐらいだろう。
具合が悪いのかとか、何かあったのか、訊いてみたいがそれはできない。
ウルフはそういった事を望むような男じゃない。
いっそ放っておいて欲しい方だろう。
来たばかりの部屋を後にするかどうか。
部屋の隅で膝を抱えて考え込む。
気を使っていることが知れたら、きっと彼は嫌がるだろう。
余計な事に勘ぐるなと、怒るだろ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼も喋らず、俺も喋らず。
勇者にはどうしようもできない空気。
なんでそんなに元気が無いんだ。
俺に何かできることはないか。
暫し考えて何もないと思い知る。
「ウルフ――」
せめて邪魔なら帰る旨を伝えようと顔を上げた。
するとウルフがじぃっと瞳を見つめてくる。
睨んでいるわけではなく、本当にただリンクの眼球だけを見ていた。
リンクはリンクで逸らすに逸らせず、たった一つの瞳に自分の視線が集まってしまう。
妙に気恥しくなって、どうかしたのかと目で問えばあっさり彼の視線が外された。
「ウ、ウルフ?・・・何なんだ?」
「何でもねぇ・・・しばらく出る」
「あ、ああ・・・」
上着を羽織って部屋を後にするウルフを呆然と見送った。
何がしたかったのか、さっぱりわからない。
取り残されて、ゆっくり腰を上げるとリンクも部屋から出ていく。
閉じたドアにもたれてそっと自分の顔に触れた。
「俺の目が、どうかしたのか・・・?」
分らぬまま、窓に映してみても、いつもと変わらぬ青があるだけだった。
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『帰還不完了』
花畑に似つかわしくない獣が二匹。
ぼんやりと空を仰いでいた。
「ウルフー」
「うるせぇ」
「・・・まだ何も言ってないんだけど・・・」
フォックスは少し離れて隣に横たわる狼に声を掛けるが一蹴される。
今日の彼は機嫌が悪い、いや悪いというよりメンタル面の様子がおかしい。
昼寝をしていたフォックスの横に気がつけば寝転んでいたのだ。
「今日天気良いよなぁ」
うるさいと言われたが、一つ息を吐いてフォックスは独り言のように話し出す。
ウルフは答えない。
フォックスからは機械の眼帯をつけた横顔が花の隙間から見えるだけだ。
「こうしてると天国に来たみたいだなぁ」
安らかな春風と咲き誇る花畑。
高い空は雲を少しばかり漂わせ、果てしなさを醸し出している。
「俺は生まれ変わったら花が良いなぁ」
近くにあった一番小さな、それでも満開に咲いているオレンジの花を摘み、空へ掲げた。
数枚の花弁を精一杯開かせた花の名前は知らない。
千切ってしまったからこのまますぐに枯れてしまう花。
弱い、強い命の具現。
「このぐらい小さくて良いから、優しい色で良い香りの、甘い蜜の出せる花になりたいなぁ」
「うるせぇってんだろ」
ウルフはガバっと起き上ったかと思えば、すぐにフォックスの方に歩み寄る。
蹴られるかな、と思ったフォックスは咄嗟に腹に力を込めたが衝撃は来ない。
代わりにシガーの火を点ける音が降ってきた。
「てめぇみたいな奴が花になんかなれるかよ」
「なんだよ、ウルフだってサボテンが良いとこだ」
トゲトゲーと寝転んだままウルフの肩当を指さす。
潰すぞと重たい声が響き、フォックスはそれは困ると両手を上げた。
「シガーじゃなくて花の蜜でも吸ってれば良いのに」
ちゅ、とフォックスが花に口付ければ狼は心底嫌そうな顔になる。
「んなもん吸えるか」
吐き出された溜息混じりの煙は穏やかな風に誘われていく。
「ウルフの蜜は苦そうだからいくら俺でも吸えないな」
「てめぇが言うと品が無ぇ」
「何、親分さんはセンチメンタルの上にロマンチストだったのか?」
「・・・ちったぁその辺に咲いてる花みてぇに減らず口をどうにかしたらどうだ?」
目を細め、ブーツの先で白い可憐な花を弄ぶ。
「無理、だって俺狐だし」
牙を見せて笑う狐に、見下ろしていた狼が身を屈めてその口を塞ぐ。
狼の足先にあった白い花がくしゃりと潰れた。
「部屋は?」
「てめぇのお気に入りのガキがいる」
「!リンクに何かした・・・?」
すっとフォックスの眼が鋭くなる。
「してねぇからわざわざてめぇの所に来たんだろうが」
「なら良い。起きるまで待っててくれてご苦労様」
「執心だな」
「まぁね、そういうウルフはホームシックに見えたけど?」
真っ暗なお空に帰りたいんだろ、と笑えばてめぇもだろと憎まれ口を叩かれた。
「ま、天国は今から強制連行されるみたいだけどな」
「てめぇなんざ地獄で十分だ」
「どっちでも。あ、夕飯までには帰らせてくれよ」
狐の手の内にあったオレンジの花が滑り落ち、彼の腕が狼の首へと伸びた。