雲ひとつ無い青い空。
優しく頬を滑るそよ風。
今はそんなものですら、苦痛。

「はぁ・・・・・」

ピットはぐたりとテラスの端に座り込んだ。
羽を外のテラスに伸ばし、身体を柵で支える。

「ピット」
「ふぁっ!?」

頭の上から降ってきた声にピットは慌てて頭を上げた。
見上げれば、耳の長い金髪の少年が立っていた。

「あ・・・リンクさん・・・」
「ピット・・・朝食と昼食を・・・あまり、食べなかったそうだな・・・」
「え、あ・・・その・・・ごめんなさい・・・・」
「・・・俺の・・・料理は・・・口に、合わないか・・・?」

食事を作ってるのは主にフォックスとリンクである。
2人とも面倒見のいい性格であり、家事もできるからだ。

「違います!とても美味しいです!・・・ちょっと今・・・食欲が無くて」

最近口にしたものといえば僅かな食物と、それを補うワインだった。
故郷の飲みなれたワインならば吐き気が起こらなかった。

「・・・何か・・・困ったことでも・・あったのか・・・?」

真剣に心配してくるリンクに、ピットはう、と息を詰まらせた。
リンクは子どもに優しい人だ。スネークとのことを正直にいう事は出来ない。
正直に言えば、スネークを斬りにいくかもしれない。
そして自分を軽蔑するかもしれない。
それは、恐ろしい。

「リンクさん、僕は・・・天使で、ここよりずっと遠い空から着ました」
「・・・ああ」
「ここにある物も、出会う人も、何もかも違います」
「・・・そうだな・・・」
「僕はその内、自分の居場所に帰れなくなってしまう気がするんです」
「・・・帰れない・・・とは・・・?」
「ここに感化されたら、僕は天使でいられない気がしてくるんです」

正確にはスネークに感化されたらだけれど。
いつしか翼は飾りだけのものになって。
どろどろに穢れた身体と心だけが残りそうで。
彼の人が、愛しいけれど、憎らしい。

「ピット・・・」
「僕は・・・どうしていいのか分かりません」
「ピットは・・・ここが、嫌いか?」
「え・・・・」

リンクはしゃがんで、ピットと目線を合わせた。
深い青色の瞳がピットの碧い瞳とかち合う。

「俺は・・・最初は、ここを・・好きじゃなかった・・・」
「・・・そうなんですか?」
「ああ・・・なんだか初対面で・・・ムカつく奴がいたからな・・・」

不意にリンクが目を逸らす。
おそらく『ムカつく奴』の顔を思い浮かべているのだろう。

「だが・・・話していく内に・・・割といい奴だと分かった・・・」
「そう・・・ですか」
「気がついたら・・・そいつの横が・・・俺の居場所になっていた・・・」
「え?」
「・・・いや、俺があいつを・・・傍に置いてやってる・・・のかもしれないな」

少し眉を顰めてリンクが苦笑した。
茶化して言ったことなのだろうが、その顔は照れているようにも見える。

「リンクさん、僕はどうしたらいいんでしょうか」

自分の大事なものは、傍に居たかったのは一つだった。
ただ一心に、パルテナ様を守ることを旨としていた。
そこが僕の居場所だったから。
ふっと雲の上の世界のビジョンが頭をよぎり、つぅとピットの瞳から涙が零れた。
その様にリンクがギョッとしながら指で涙を拭ってきた。
ああ、この人も、なんて優しい――――。

「・・・ピットは・・・高潔というか・・清楚すぎる・・・」
「っ・・・高潔?清楚?」

しゃくりあげながらもピットは答えた。
後から後から零れる涙を、リンクの手が皿の様に受け止める。

「人は・・・清純すぎるものを汚したがる・・・綺麗なものに・・・あえて手を入れたがる・・・」
「僕は・・・そんなものじゃない・・・僕は汚れました・・・」
「・・・ピットは・・・人間が、汚れたものに・・・見えるか?」

リンクの問いに、ピットは横に首を振った。
反動で涙がぱらぱらと散る。

「わからない・・・わからないんです・・・僕は・・・」
「ピットは・・・どうしたいんだ・・・?」
「僕・・・スネークさんの傍に居たいです・・・でも純潔な天使でも居たいんです・・・」
「・・・なら、そうなんだろう。ピットは・・・穢れていない」
「・・え・・・・・?」

リンクが労わるようにピットの頭を撫でた。
丁寧に撫でるその手は、自然とピットを落ち着かせた。

「人間が・・・天使を汚すことは・・・出来ない。・・・まして、スネークは・・・」

そこまで言って、リンクは目を伏せた。
何か痛々しいことを思い出すような、複雑な顔をしている。

「スネークさんは・・・?何なんですか・・・?」
「とても・・・難しい技術で・・・造られた人間だ・・・」
「造られた・・・?人間が・・・人間を造ったのですか・・・?」
「・・・そうだ・・・」
「そんな―――――」

ピットは鉄の棒で胸を貫かれたような感覚に見舞われた。
痛いというよりも、苦しい。
肺を押しつぶされて心臓を強く締め付けられる。
高波の様に、心の中がひっくり返った。
命は授かるもの。授けるのは神様だけのはずなのに。

「だからこそ・・・ピットに・・・惹かれるのかもしれないが・・・」

神々しい光の輝きを放つ、清き天の使い。
だからこそ、スネークは自らの最期に現れないと悟っている。
つぅ、と苦しさを含んだ涙がまた一筋零れた。

「・・・ピット、大丈夫か?」
「・・・はい。大丈夫、です」

グイと手の甲で涙を拭い、ピットは透き通った目でリンクを見つめ返した。
きっとスネークと一緒に居たらこの先似たような矛盾は幾つも心に生まれるだろう。
自分の行動を疑問に思ったり、スネークの心が掴めない時もあるだろう。
いつか必ず破綻する繋がりだけど、まだ天には帰らないから。

「・・・リンクさん。人は、人を浅ましく思うんですか?」
「・・・そういう奴もいる・・・」
「そうですか・・・」
「・・・ピットは・・・これから、どうする?」
「僕は・・・スネークさんを、僕のそばに置いてやります」

先程のリンクのように、少し眉を顰めてピットが薄く微笑んだ。
ピットの言葉に、リンクもふっと顔をほころばせる。

「じゃあ、僕はもう行きますね」
「・・・夕食は・・・ちゃんと食べに来いよ・・・」
「はい。ごめんなさい」

そよ風は、もう苦痛ではなかった。









半月が浮かぶ夜。
いつもの暗い部屋にはベッドサイドのランプの明かりが揺らめく。
ピットはベッドの上で、スネークに翼を梳かれていた。
スネークの手がわさわさと羽の感触を楽しんでいる。
そのままわたがしの様に羽を食べてしまいそうで、ピットは抵抗するように軽く羽ばたかせた。

「ん、痛かったか?」
「いえ。でもなんだかスネークさんが羽を食べちゃいそうな気がしたので」
「そうだな・・・食べたいほどキレイだからな」
「ホントに食べちゃ嫌ですよ」

ピットは身を翻してスネークの顔を覗き込む。
瞳の奥をずっと覗き込んでいたら、ちゅ、と額に口付けられた。

「スネークさん・・・」

自分はまだスネークの傍にいたい。スネークに傍にいて欲しい。
願えば叶うわけでは無いが、清らかでいられるというのなら。
この悲しい魂を持った、優しくて酷い人間のことを信じてみようと思う。

「スネークさん、僕は貴方の事が好きです」
「ピット・・・・・・本当に、食べてしまいたいな」

スネークに苦しいほど抱きしめられ、白い羽が音を立てることも無く床に落ちた。


































                                           fin.


























ブラウザバックでお戻り下さい。