+風と太陽+
温かい太陽の眼差しは、眠りを誘うほど気持ちいい。
ひゅうひゅうと空と大地の間を風が渡り、水面に波が生まれる。
釣竿の先の糸が風の手に揺すられ、左右に振れた。
2つの碧眼は静かにその動きを捉え、竿を握る。
不意に、背後に気配が生まれた。
すぅ・・・と碧眼は細くなる。
その目で愛用の剣がすぐ手の届く距離にあることを確認した。
剣を握らないのは、背後の気配に違和感を感じたから。
なんとなく、無造作に気配を消している感じがする。
言い方を変えれば、気配の消し方が荒い。
リンクは竿を握った手に力を込め、体勢を変えないまま身構えた。
「・・・そう、殺気立たないでくれ」
草を踏む音に、聞き覚えのある男の声が混じる。
ピン、と長い耳の先まで張っていたリンクの気が僅かに緩んだ。
「・・・あんたは・・・・」
「俺はスネークだ」
思い出した。ダンボール男だ。
何故かダンボールの中に身を潜ませている男。
「何の用だ・・・」
リンクはゆっくりと振り返った。
背後の男は片手を上げ、のん気に構えて見せた。
今戦う気は無いらしい。
「リンク、ピットを見なかったか?」
「ピット・・・。あの、天使の子ども・・・」
「やっぱりあの子、子どもでよかったのか?」
「・・・子ども、だろう?」
甘い茶色の髪に純白と青空の羽を持った少年。
人懐っこそうな感じはしたが、結局この胡散臭そうな男を気に入ったのか。
人とは見かけによらないものだ。
「・・・よく分からないが、怪しい人を見るような目で見ないでくれ」
「俺は、あんたを、信用したわけじゃない・・・」
「怪しい奴じゃないって・・・」
困ったようにスネークは頬を掻く。
見た目も、仕草は普通の人間とは変わらない(服装は変だと思うが)。
だが、醸し出す空気や雰囲気が普通の人間とどこか違っている。
「あー・・・で、ピットの居場所を知らないか?」
「・・・この先の、高い所にいる」
「随分アバウトだな」
「あとは、自分で探せ・・・」
「ああ。情報提供、感謝する」
今度はスネークが踵を返して立ち去ろうとする。
ふと、思うところがあってリンクはスネークを呼び止めた。
「・・・ピットに、何の用なんだ?」
「何って・・・別に大したことじゃない」
「信用できない大人を、子どもの側に行かせるのは・・・気が引ける」
「なんだ、リンクは意外と子ども好きなのか?」
「・・・意外は、余計だ」
狼さながらの目付きでスネークを睨む。
竿はとっくの昔に剣に持ち返られていた。
「新しい菓子が手に入ったからピットにやろうと思ってな」
「・・・菓子?」
「ああ。そうだ、リンクにもひとつやろう」
「は?俺は・・・」
スネークは懐(と思われる場所)から黄色の四角い箱を取り出した。
ゆっくりと歩いて、平然とリンクの剣の間合いに入る。
だが、スネークは身構えることも無く、リンクの目の前に差し出した。
「・・・・・・どうしろと」
「受け取れって。美味いから」
「毒は・・・入ってないか・・・?」
「入ってない。というか、入れる必要も意味もない」
「・・・そうだな。じゃあ・・・貰おう・・・」
ぎこちなくだが、リンクは菓子を受け取った。
箱を訝しげに見るリンクに対し、スネークはあっさりと離れていく。
ごく普通に背を見せて、悠々と。
「まぁ、今日は菓子を贈る日だからな」
「菓子を、贈る日?」
「ああ。・・・と、そろそろピットの所に行かないとな」
意味不明なことを言い残して、スネークは颯爽と立ち去った。
ぽつんと残されたリンクは竿を水面から引く。
餌はいつの間にか魚に食われていた。それからは釣りを続ける気も失せ、竿をしまう。
「・・・菓子・・・?」
リンクは貰った箱に意識をうつした。
しばし考えた後、四角い箱を持ったまま足を書庫へと向ける。
分からない事は、大人に訊くか本で調べる。
それが一番。
後々、リンクが本で今日のこの事を知り、料理の本を持って台所に向かうことになる。
「白身を・・・2つ・・・」
台所でぱかりと卵が割れた。
そのまま白身だけ滑るようにボウルに落ちる。
リンクはそれを見ながらぼんやりと狐の青年の姿が思い浮かべた。
最近知り合った変だけど面白い奴。
最初は色々あったけど、今は良い奴。
ふ・・・とリンクに穏やかな笑みが浮かんだ。
「・・・あいつ・・・ばれんたいんって、知ってるのか・・・?」
独り言を言いながら、ちゃんと計った砂糖を静かにボウルに加える。
「まぁ・・・いいか。もう、作り始めたことだ・・・」
ケーキだから他の子ども達にも渡すつもりだし。
あの、スネークとか言った男におすそ分けをしてもいいだろうし。
泡だて器を手に取りながらそう考える。
がしょがしょと、クリームを泡立てる音が台所に響いた。
fin.