+あなたという人が自分だけのもになればいいのに+
昔、××が生まれた。
歳を一つ取るたびに、おめでとう。おめでとう。おめでとう。
その言葉を言われるたびに、××は。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
感謝の気持ちを表した。
××の誕生は、そんなにおめでたいことだったか。
本当に祝福されたものだったのか。
何のために生まれたのか、諭されたことがあるか。
××は世界に望まれた者だったのか。
遠くから風に乗って僕を呼ぶ声が聞こえた。
今、僕がいるのは大きな木の上。
大きな葉っぱが太陽から僕を隠している。
僕を呼ぶ人が、果たして見つけることが出来るのか。
意地が悪いと思いながらも、静かにその人が来るまで待った。
「ネースー!」
ちょうど僕の乗っている木の真下。
僕を呼ぶ人は息を切らして木に手をついた。
「ネス、呼んでるんだから早く降りてよ!」
彼は木を見上げて、叫んだ。
どうやら僕はすでに見つかっていたようだ。
なんでだろう。地上から見えるわけないと思っていたのに。
僕はPKを使って静かに地面に降り立った。
僕を呼んだ人は相変わらず木の葉っぱのような緑色の服を着ている。
金色の髪は太陽に輝いて、青い瞳は僕を映している。
「もう、さっきから呼んでたのにー」
「ごめんごめん、ちょっとからかってみただけだって」
少し頬を膨らませた彼に、僕はつい笑ってしまった。
「それで、僕に何の用?」
別に用がないから会いに来ちゃいけないなんて事はない。
むしろ、会いに来てくれる方が僕も嬉しい。
だが、彼は暇があれば技の訓練ばかりしている。
本人曰く、もっと強くなりたいらしい。
そんなに急いで強くならなくたっていいじゃないかと、僕は思うのだけど。
たまには僕とゆっくり過ごそうよ、と僕は言いたいのだけれど。
「えっと・・・ちょっと手合わせして欲しいんだけど」
彼の申し込みに、生憎僕は断る術を持っていなかった。
僕と彼は背後に不気味な月の見えるステージで戦う事に決めた。
なんだか変なオッサンも浮いてるが、それは僕と彼の世界の中なので視界から排除する。
「じゃあ・・・行くよっ!」
彼が地面を蹴った。
流石にフォックスやファルコンほど速くないものの、彼には剣がある。
リーチの間合いを計りながら、僕は足払いをかけた。
これが上手く入ったらしく、彼はバランスを崩した。
続けて僕はヨーヨーで彼を弾く。
「っぅあ!」
どてっと彼は身体全体で地面に抱きついた。
あのまま僕が連続攻撃を仕掛けても良かったけど、これは手合わせなのだ。
徹底的に倒す必要はない。
僕は余裕ぶってアピールポーズなんかしてみる。
「これで終わり?」
「っまだまだ!!」
彼は勢いよく起き上がり、その反動でブーメランを投げてきた。
僕はすかさずガードをとる。
続けて爆弾を投げつけられたので、僕は後ろに転がった。
その隙をついて、彼が切り込んでくる。
数発、彼の攻撃をくらって今度は僕は地面に叩きつけられた。
確かに、彼の腕は上がっているようだ。
連続攻撃が来る前に、僕はさらに後ろに回って距離を取った。
「ふー・・・。そろそろ身体も温まってきたかなぁ?」
起き上がって、僕は軽口を叩く。
彼も挑発を返すように、目の前で牛乳を飲んだ。
僕もお返しにもう一回アピールしてやる。
別に、誰が見ているわけでもないのだけど。
「OK・・・PKファイヤーっ!」
彼と僕の間に炎が燃え盛る。
だが、これはフェイントに過ぎない。
フ・・・と炎の奥の彼の影が消えた。
「もらった!」
彼の声が頭上から聞こえた。
だが、もう遅い。
僕の身体はPKサンダーの電撃を纏って横に吹っ飛んだ。
「あっ!?」
「隙あり!」
1秒にも満たないスピードで、僕のバットは彼をホームランの星にした。
「あーあ、負けちゃった・・・」
彼はがっくりと肩を落として、僕の前に座り込んだ。
僕もその横に腰を下ろして、会話を続ける。
「でも、前より強くなってたよ」
「でも、ネスには勝てなかったもん」
拗ねてる彼は、扱いにはてこずるものの可愛らしい小動物みたい。
・・・なんて言ったら、今度こそ脳天から剣を刺されかねない。
「いいじゃん、そんなに早く強くならなくても」
「でも・・・強くなりたい。もっと」
そういう彼の瞳には、強さの象徴の人物が写っているかのようだった。
僕じゃない、誰かを見ている。
「あっちの、リンクみたいになりたいの?」
彼は素直に頷いた。
あっち、とは大人のリンクの方だ。彼も相当強い。
しかもミッションで彼はあっちのリンクを倒さなくてはならない。
必死になるのも頷ける。だけど。
彼がこんなんだから、僕としても早々負けるわけにはいかなくて。
ソレは逆に、僕が彼の中で一番でありたいなんて言う馬鹿馬鹿しい独占欲でもあって。
「僕は強くなるんだから!」
瞳に強い炎を持って、彼は立ち上がった。
「世界を守れるぐらい強くなってやるんだから!」
世界に対して希望の化身である彼は、空に向かって両手を伸ばす。
彼の話す世界は、僕にとってはとても綺麗なものに思えた。
彼が守りたくなるのも理解できる、正義が孤独である世界。
僕はそこでいつも疑問を持つ。
誰がそんな綺麗な世界で『君』を守るんだ?
でも、この問いだけは彼に聞き返せない。
答えの中に、僕が入っているはずがないから。
当然だ、僕と彼は違う世界の人間なのだから。
彼自身、誰かに守ってもらおうとは考えてないだろう。
「僕も強くなりたいなぁ・・・」
ポツリと零れた僕の独り言に、彼は驚いたように僕を見た。
「え?なんで?ネスは充分強いのに・・・」
「僕の強さの半分はPKだからね。でも、知ってる?」
『PKってね、大人になると使えなくなる可能性もあるんだよ』
僕の言葉に、彼は声を上げて驚いた。
「なんで?なんで!?」
「詳しいことは僕にも分からないけどね。まぁでも、あくまで可能性だから」
彼は複雑な顔で僕の顔を見詰めた。
僕としては、PKが使えなくなっても、本当は大したことじゃない。
ちょっと、無力になるだけ。
ただの、普通の少年になるだけ。
僕の濁った世界を、救わなくて済むだけ。
「PKがなかったら僕が負けちゃうのかなぁ?」
僕は薄笑いを浮かべながら彼に訊ねてみた。
彼は答えを出せずに戸惑っていた。
彼は知っている、自分が弱くなることへの恐怖を。
僕は恐怖とは思わないけど、想像した彼はとても恐ろしかったのだろう。
泣きそうな顔を、していた。
・・・ああ、本当に僕は意地が悪い。
「・・・そんな訳ないか。ヨーヨーとバットだけでも、僕が勝つかもね」
僕の嘘に、彼は一瞬きょとんとした顔を浮かべた。
だが、そのすぐ後にいつもの明るい笑みを浮かべる。
「ネス!また明日手合わせしようよ!」
「いいよ・・・次も僕が勝つかも知れないけど」
「僕だって負けないから!」
彼は僕の腕を持って、僕を立たせる。
彼の手は温かくて、剣に合わせてマメが出来ていた。
それを見て、僕の中でまたくだらない独占欲が溢れた。
「・・・そうだ、おまじないでもかけようか」
「え?なんの?」
彼は手を僕に取られたまま、首をかしげた。
無防備だなぁと僕は心の中で嘆息する。
「いい?」
「え、あ、・・・うん」
彼の手を両手で包んで、僕は目を閉じた。
『この手がもっと強くなりますように』
本当はこんなの、おまじないでも何でもない。
ただの僕の願い。僕から彼への勝手な想いに過ぎない。
それでも彼はにっこり笑って、ありがとうと僕に言った。
彼は僕の手をすり抜けて、僕に背を向けて走り出す。
僕はその後を追いながら、心の中で静かに願った。
『僕の分まで、彼が強く生きていけますように』
fin.