+気分上乗純情ラブシネマ+




天候、晴れ。傘の必要なし。
体調、普通。少し寝不足。
気分上乗。

「アヤ、行くぞ」
「はーい」

小さな妹の手を引いて、学校に出発。
風が心地良く頬を滑った。





アヤを教室まで送って、自分は5年の教室に向かう。
階段を上がって、女の子のどうでもいい視線を潜り抜ける。
ちらっと、ワタルの教室を見た。
まだワタルは来ていないらしい。

「ミツル、おはよう!」
「っワ、ワタル・・・・おはよう・・・」

ワタルはオレの背後に居た。
朝から地味なドッキリハプニング。

「あ、チャイム鳴っちゃう。また後でね、ミツル!」
「ああ・・・!ワタル」
「何?」
「寝癖、ついてる」

ワタルの前髪のハネをそっと伸ばしてやる。
つやつやして柔らかい髪の毛。

「ありがと」
「いや。・・・じゃあまたな」

オレはワタルと分かれて自分の教室に向かって足を進める。
教室に入ると同時に、チャイムがうるさく鳴った。
今日もささやかで、いつも通りの一日が始まる。





時間の流れは速いものだ。
あっという間に給食を食べ終わって、昼休み。
廊下で夏の日差しを受けながら、オレはワタルの教室に向かった。
サッカーに行ってるかもしれないが、もし居たらワタルと話をしよう。
そう思い、ワタルの教室に入る、寸前。



ドンッ。



「キャっ!」
「あ・・・・・・」

肩を押された。
廊下で遊んでいた女子がぶつかったらしい。
このままだと、教室のドアにぶつかる・・・。



ガラリ。



急に扉が開いた。
開いたのは、ワタル。
後ろにいるワタルの友達と話しながらドアを開いたらしい。
顔だけ後ろを向いている。
自分を含め、妙に光景がスローモーションに見える。

「ワタル!前っ!」
「え・・・?」

ワタルの背後の友人に言われて、ワタルは勢い良く振り向いた。
馬鹿、振り向くなよ。
オレが倒れてきてるのに。



がちん。



・・・歯が当たった。
オレの歯と、ワタルの歯が。
その状態でお互い3秒硬直。
当然、唇も触れたまま。

「・・・わぁぁっ!!」



ドンッ。



ワタルに押され、オレは廊下に押し戻された。
出たり入ったり忙しい。
けど、ワタルはウブだな、相変わらず。
呆然とした顔で、オレを見詰めてる。
学校でキスしたのは初めてだから、無理もないか。
しかも公衆の面前で。

「ミ、ミツル・・・・」

ワタルは口を押さえて震えている。
それなりに可愛いが、そんなに変質者を見るような目で見ないで欲しいな。
今のは事故なんだぜ。

「芦川君大丈夫!?」
「ちょっと、アンタが芦川君にぶつかったからでしょー!」
「うっわー、芦川が男とキスしたー!」
「ひゅーひゅー」

なんだか外野がうるさい。
オレにぶつかった女子が他から責められてる。
女子も男子も、いつの間にかオレとワタルを囲むようにギャラリーを作っていた。

「ワタル・・・」

まだ呆然としているワタルにオレが手を伸ばした瞬間、

「ミツルの馬鹿っ!!」



ガラピシャっ!!



ドアを閉められた。
あと1秒手を引っ込めるのが遅かったら、ドアと手首が仲良しになってたかもしれない。
確かに、ワタルから見れば俺がいきなりキスしたように見えなくも無い。
だがそれは誤解だ、濡れ衣だ。

ドアを開けてワタルに弁解しようかと思ったが、止めておいた。
人前で痴話喧嘩など起こしたら、それこそワタルがぶち切れる。
放課後にでも会って、神社で誤解を解こう。
早くこのアホな出来事を消化させないと、オレが『ワタル欠乏症』になる。





放課後、ワタルの教室にワタルはいなかった。
ついでに、ワタルの友人も。

「逃げやがったな・・・」

昼間の惨事があった場所と同じ所で呟く。
不意に、ひそひそと廊下と教室から地面を這うような声が聞こえてきた。
非常にくだらないが、あながち間違いではない話の内容が耳に届く。
オレとワタルがラブラブだとか、キスしたのはワザとじゃないかとか。
その他諸々の噂をする声がうるさくなって、オレはさっさと学校を出た。



明日、ワタルに会ってちゃんと話そう。



できれば今日中に話しておきたいが、多分追いかけても逃げられる。
追いかけたらまた変な誤解が生まれそうだから、今日は我慢。
ああ、気分下乗。









翌日。朝のホームルームが始まる前にワタルの教室に向かった。
ワタルの教室を覗いたがワタルまだ来ていなかった。
溜め息一つ吐いて、オレは自分の教室に向かう。



がらり。



いつも通り教室に入って自分の席につく。
周囲からオレに向けて嫌な笑い声が聞こえたが、もうシカトする。
カバンを下ろし、不意に顔を上げて黒板を見た。



「・・・・なんの冗談だ」



溜め息、2回目。
黒板に、駅でよく見かける落書と同じものが見える。
白チョークで大きく、天辺にハートの付いた相合傘が描かれていた。
その中に書かれている名前は、オレとワタルのもの。他人に書かれてもあまり嬉しくない相合傘だ。
ワタルが書いてくれたのなら嬉しいものだが。
黒板の字は生憎、ワタルのものではなった。
というかワタルやオレの字の方がよっぽど綺麗だ。

「くだらないな・・・」

黒板に寄って、黒板消しを手に取る。
男子がニヤニヤと下卑た笑いを向けて、女子はどこか安心したような顔をしていた。
オレがさっと相合傘を消そうとした瞬間、

「ミツル・・・?」

教室の後ろのドアからワタルが顔を覗かせていた。
ぴたっとオレの手が止まる。
ワタルの目は黒板前のオレを見つけて一瞬戸惑う。
が、すぐに昨日と同じような信じられないものを見たような目を俺に向けた。
嫌な予感、大。

「ミ、ミツル・・・ミツルがそんなことしてるなんて・・・」

待て。
また厄介な誤解を作っているぞワタル。
ワタルはぶるぶると身体を震わせて、顔を伏せた後、



「ミツルの馬鹿ぁぁぁぁあああっ!!」



叫んで逃げた。
外野の男子が『フラれたー!』と笑い転げている。
ああ、殺意とはかくも沸き起こるものか。
笑い転げている男子共を釜茹でにしたいぐらいの怒りを感じながら、黙々と黒板の傘を消した。
こうなったら放課後。
今日の放課後こそ、きちんとワタルの誤解を解かなければ。




そう願ったおかげか、ワタルのクラスより僅かに早くオレのクラスの帰りのホームルームが早く終わった。
ドア・・・は危険なので廊下でワタルを待ち構える。
さようならーと先生と生徒の挨拶が終わってすぐ、ワタルは飛び出してきた。
オレは道を塞ぐようにして、ワタルの前に踏み込む。

「わっ・・・ミツル・・・っ!」
「ワタル・・・逃げるなよ。少し話がある」
「・・・・・分かった」

思ったよりワタルはあっさりと観念した。
それでも一言も口を利かないまま、学校を出て神社に向かう。
ワタルは縄で引かれているかのように顔を伏せて、黙々とついてきた。






神社では新緑の香りが風に乗り、少し気持ちを落ち着かせた。
道路から見えない木の陰に座って、ワタルの様子を窺う。
ワタルは木の根元で体操座りする形で座っていた。
オレはその横に立って、木に身体を預ける。

「ワタル、最初に言っておくけど、アレは誤解だ」
「・・・何が」

ワタルは怒っている。
頬は膨らませていないものの、静かな怒りを言葉から感じた。

「廊下でキス・・・したのは事故だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「オレが教室のドアを開けようとした瞬間に後ろにいた女子に押されたんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「今日の黒板の相合傘だって俺が書いたわけじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「クラスの馬鹿がふざけて書いたものだ。俺の字はあんなに汚くないしな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・だから、誤解だ」

ちら、とワタルを見る。
顔を伏せたらしく、表情は読めない。

「まだ、怒ってるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ごめん、ミツル」

一粒の水滴の落ちるような声を、ワタルが零した。
オレはちゃんとその声が聞こえるようにワタルの横に腰を下ろす。

「ごめん・・・ボク、分かってたのに。ミツルが、ワザとじゃないって」
「・・・別に、もういい」
「ワザとだったのはボクの方だ。教室のドアの所で、ボク、ミツルを避けることもできたはずなのに」

ワタルの声が小さく滲む。
泣かなくても、いいのに。

「黒板に書かれてたのだって、ミツルがやったわけじゃないって分かってたのに」
「別に、いいって」
「ミツルだってからかわれて嫌な思いしたのに。ボク、恥ずかしくて・・・ごめん・・・」

しゃくりあげるような声が耳に痛い。
オレはそっとワタルのうなじに腕を回して、頭を抱いてやった。
つやつやして柔らかい髪の毛がオレの手の中で滑る。

「ワタル、泣くなよ」
「ミツル・・・・怒って・・・ないの?」
「怒ってない・・・けど、困ってる」
「なん・・で・・・・?」
「ワタルが泣いてるから」

オレがそう言うと、ワタルは慌てて手の甲で目を擦った。
すこし赤くなった目でオレを見詰めてくるワタルが愛くるしい。

「ミツル・・・」
「ワタル、明日は土曜日だな」
「・・・うん」

オレは立ち上がって今一度、木に身体を預けた。
ワタルも立ち上がって、オレと同じように木に寄りかかる。

「明日デートしないか?」
「え・・・い、いいけどなんで?」
「ワタルと2人で居たいから」
「ん・・・ボクもミツルと一緒に居たい」
「じゃあ、決定」
「うん」

ワタルは優しく微笑んで、オレの顔を覗き込んだ。
ああ、『ワタル欠乏症』、そろそろピークだ。

「ワタル」

自分の身体を反転させて、ワタルを木に縫い付けて、淡い口付けを交わす。
唇を離した時のワタルの顔は、熟れた果実みたいで真っ赤だった。

「ワタル、明日のデートどこにしようか?」

気分上乗。

















                                              fin.












+あとがき+

稚拙な文章のせいで説明出来ナところがあるのですが。
『結局ワタルはミツルのクラスに何しに行ったんですか?』について。

昨日は逃げてごめんね、とチューの事故について真実を聞きにきたのです。

そしたらまぁ、黒板の相合傘を見て衝撃を受けたわけですが。
でも恋愛中って結構馬鹿な誤解は生まれるものですよ。
そこですれ違うか解消するかで今後が違ってくるわけですが。

ちなみに漢字は気分上々が正しいのでお間違いないよう。