ワタルはぼんやりと自分の部屋の天井を見詰めていた。
その隣には、ミツルが同じように天井を見ている。
2人でワタルのベッドに寝転がっていた。
広くないベッドで服越しだが肩が触れ合う。
布団もかけずに寝ているせいか、触れ合ったところがひどく温かく感じた。
「ん・・・」
不意にワタルが身じろいだ。
その振動が横で寝ているミツルに伝わる。
「ワタル・・・?」
「あ、ごめん・・・同じ格好だと腰が痛くなっちゃって・・・」
照れくさそうに笑うワタルに、ミツルは少しの後ろめたさと充足感を感じた。
窓から見える外の様子は雨が降ったせいか夕方なのに暗い。
厚い雲は空から動こうとはせず、太陽の光を食らってしまったかのよう。
「ミツル」
「何だ?」
「ぎゅって、していい?」
「・・・寒いのか?」
「それもあるけど、なんとなく・・・ダメ?」
「オレがしてやる」
ぎゅう。
ミツルの腕がワタルの背中に回り、向き合うような形で抱きしめた。
ワタルはもそもそと頭をミツルの胸に沈めて、耳を寄せる。
とくんとくんと鳴るミツルの心臓の音を聞いているようだ。
「あったかいね、ミツル」
「ワタルの方が温かいだろ」
ミツルはワタルの頭に唇を寄せる。
ふわりと香るシャンプーの香りがミツルの鼻腔をくすぐった。
「ミツル、今少し音が早くなったね」
「止まった方がいいのか?」
「まさか、動いててくれた方がいいよ」
そう言ってワタルははにかんだ笑顔を見せる。
子どもらしい、邪気の無い笑顔。
その笑顔に、ミツルは無性に懺悔をしたくなった。
「なぁ・・・・ワタル、オレはどうしたらいいんだろう」
「・・・幻界でのこと?」
「ああ、幻界でのことでもうオレに罰を下す者はいない・・・」
罰が下されなければ、生きていくのが恐ろしくなるほどの罪を犯した。
無罪はふとした時に呼び覚まされるトラウマになった。
「オレは・・・怖い」
ワタルに回した腕に力が篭る。
それは親に縋るのとは違った抱きしめ方。
大事なものを手放したくないという抱きしめ方。
今、ミツルの腕の中にあるのはミツルにとってとても、とても大事な人。
「ミツル、ボクはミツルのことが大好きだよ」
「ん・・・・」
ワタルの言葉にミツルは少し頬を赤く染めた。
嬉しいのと照れくさいのが罪に苛むミツルの心を和らげる。
「ボクも幻界で受けたことの中で怖いことがあるよ」
「何を・・・」
「ミツルが、僕の腕の中で消えちゃったこと・・・」
ワタルの折り曲げられていた腕がそっとミツルの首を回った。
そのまま甘い色のミツルの髪を撫でる。
「怖いよ、ボクはミツルが消えちゃうことが怖い」
「オレも、ワタルが消えることが怖い」
ミツルは身体をずらしてワタルに口付けた。
何時かの時も、こうして優しくワタルに口付けることが出来たなら。
もっと自分は違っていたかもしれないとミツルは心の中で自嘲する。
「ミツルは優しいね」
「優しいのはワタルだ」
自分が優しくなれると教えてくれたのはワタルだ。
ワタルは泣きたくなるほど優しい言葉を言ってくれる。
泥に落ちた自分の心を掬ってくれる。
「ミツル・・・」
あやすように、ワタルがミツルの頭を撫でた。
ワタルの指の間で時々髪の毛が引っ掛かる。
その僅かな痛みさえ、今のミツルには心地よかった。
痛覚とワタルの体温が生きていることをミツルに実感させる。
日々の生活の中で。
ささやかな幸せの中で。
苦しめた人々が蘇る。
本当の幸せが手に入りそうになった所で手に入らない。
それが犯した業の深さだと思い知らされる。
「ミツル、消えないでね。本当に、あの時は怖かったから・・・」
ワタルの顔が悲しみに歪んだ。
くっと涙を呑む音が聞こえる。
「ワタル・・・その・・・ごめん。もう消えないからな・・・」
「うん・・・」
もう消えないはもう罪を犯さないと同じ響きでワタルを頷かせた。
ミツルは切なそうにしているワタルに口付ける。
ワタルの柔らかい唇は食み続けたくなるほど、甘い。
「っは・・・ミツル、くすぐったいよ」
「ん・・・悪い」
悪いといいながらも、ミツルは口付けを繰り返した。
ワタルの額に、瞼の上に、頬に、喉に。
元気付けることと謝罪の心を込めて。
「ワタル、お前が好きだ・・・」
口付けの間で告げた言葉に、偽りは無かった。
作り物の世界で犯した罪が、自分を生に縛る鎖になる。
その鎖は長く冷たく重たいものだけれど。
今の幸せと穏やかな思いが、鎖の冷たさを和らげる。
鎖は罪の証であり、その熱は涙の冷たさだけれど。
壊してしまった彼の世界に、どうか、どうか、幸福を。
fin.
ブラウザバックでお戻り下さい。