+青くひいた線+




『好きだ、ワタル』






ワタルの頭の中で、その言葉が回っていた。
終点を知らない電車のように、ぐるぐる、走り続ける。

「・・・好き・・・って、何?」

ワタルは自室のベッドの中で呟いた。








ワタルは幻界から戻ってきた。
帰ってきて、ミツルに会いたいと思っていた矢先に本当に出会えた。
そこまでは、いい。

出会ったミツルの最初の言葉は『はじめまして』だった。
それでも、いい。

ワタルにはこれから仲良くなっていく自信があった。
その自信は事実となり、ワタルは学校に再転入してきたミツルと仲良くなった。
友達として、学校に行って、話をして、遊んで。
それだけで、いい。



そのはず、だったのに。



風の強いの夕方、ミツルとワタルは鳥居の下にいた。
元々人が来ないのか、夕日に照らされるのは彼らしか居なかった。

『それでさ、ミツル、今日先生が―――』
『ワタル』

風を切るようなミツルの声が響く。
鳥居を背もたれにしていたミツルは身体を起こし、ワタルの前に立った。
夕日が後光のように見えて、ワタルは目を細める。

『ワタル』
『何?』
『ワタル、好きだ』

ごぉ・・・と風が走った。
ミツルの柔らかい髪が風に煽られて綺麗な顔を隠す。
それでも、髪の間から垣間見えるミツルの瞳はしっかりとワタルを捉えていた。

『ミツル・・・?』

ミツルが何を言ってるいるのか、ワタルはすぐには理解できなかった。
分かったのは、ミツルの言っていることが冗談ではない事。
しばらく見つめあった後、ミツルはくるりと身を翻した。

『遅くなるから、そろそろ帰れよ』

ミツルは手も振らずに去っていった。
ワタルはぽかんとして、結局家に着いたのは夕日が沈んでからだった。






「あ・・・今日母さん遅いんだっけ・・・」

ゆっくりと2人分の食事を用意して、1つを冷蔵庫に入れておく。
ずっと、ミツルの言った言葉が、頭から離れない。
ワタルは食事を済ませ、お風呂に入っている間もミツルの言葉が離れなかった。

「好き・・・好き・・・」

ワタルはベッドの中でミツルの言葉を繰り返した。


好きって、何が?
ミツルはボクが好きなの?
なんで?
ボクはどう答えたらいいの?
ミツルはボクに何を望んでいるの?


「ボク・・・どうしたらいいんだろう・・・」

答えは出ないまま夜は更ける。
不確かな彼の言葉を、ワタルの頭に重く残して。






「・・・どうしたらいいんだろう」

学校が終わって、ワタルは昨日と同じ、鳥居の下に立っていた。
3時に学校が終わったので、まだ日は明るい。
学校にはミツルも来ていたけど、話すことはできなかった。
別にお互い避けた訳じゃない。
ただ、会いに行く努力をしなかっただけ。

「頭がパンクしそう・・・」
「パンクしそうなほど、勉強したのか?」
「違うよ、ミツルが―――・・・」

ワタルはとっさに口を押さえた。
手を放したら、悲鳴が出かねない。
だって、今、言葉を返してきたのは・・・・・・・・。

「ワタル」

昨日と同じ、綺麗な声がワタルとは反対側の鳥居の裏から聞こえてくる。
こちらに回ってくるつもりはないらしく、静かに鳥居にもたれていた。

「オレが、なんだって?」
「ミ、ミツル・・・」

ワタルは口に手を当てたまま、くぐもった声で答える。
それでも意を決して、ワタルは言葉を続けた。

「ミツル、ボクはどうしたらいいの?」
「どうしたら・・・だって?」

少し、怒気を含んだ声が飛んできた。

「ミツル、ボクは・・・ミツルがボクに何を望んでるのか分からないんだ」

小さな声で、謝る。
ミツルからは、小さな溜め息が返ってきた。

「・・・ワタル」

ミツルは鳥居の柱を中心に、ワタルの前にまでターンしてくる。
ワタルを鳥居に押し付けるようにして、ミツルはワタルに覆いかぶさった。

「ワタル」

ああ、綺麗な瞳。
奥を見透かすような、硝子玉の輝き。

「オレは、ワタルが好きだ」

ミツルの顔がワタルに近づく。
近い。近い。近い。
ミツルとの距離が縮まっていく度に、心臓が高鳴っていくのが分かる。
ミツルはワタルの、口を押さえたままの手の甲に軽く口づけをした。
柔らかい感触と、ミツルの体温が僅かに伝わる。

「・・・ミツルっ!?」

ワタルは口付けされた手の甲と、ミツルに何度も視線を向けた。

「ワタル、まだ分からないのか?」
「え、えっと・・・わ、分かっ・・・た・・・・・・かな?」

頭をくらくらさせながら、ワタルは頷く。
ミツルは眉間にしわを刻ませると、一気に畳み掛けてきた。
ワタルを抱き寄せ、耳に唇を寄せて囁く。

「つまり、オレの恋人になれって言ってるんだ」


恋人。
恋しいと思う人。
相思相愛の関係にある人達の事。


「・・・ワタルの返答は?」

囁きと同時に、ミツルの息が耳に入って、ワタルは身体を震わせた。

「・・・ボクは・・ボクはなっても、いいよ・・・ミツルの、恋人・・・」

途切れ途切れの言葉。
だが密着していたミツルにはちゃんと聞こえていたらしく、ミツルは薄く微笑んだ。
抱かれる腕に、力が篭る。

「ミ、ミツル・・・苦し・・・」
「・・・拒絶されるかと思ってた」

ミツルが静かに言葉を紡ぐ。

「オレはワタルが欲しかった・・・」
「ミツル・・・ボクもそうかもしれない・・・」

ミツルはワタルが欲しくて、ワタルもミツルが欲しかった。
だから、ミツルはワタルに好きだと言い、ワタルは頭がパンクしそうなほど悩んだ。

「ワタル」
「何?」
「好きだ」
「ボクも・・・」
「キスしていいか?」
「さ、さっき、したじゃんか・・・っ!」
「あれは手にしただけだろ」

次は唇にしたい。
ストレートな欲求。

「え、ええと・・・恥ずかしい・・・」
「キスは拒絶するのか?」
「そ、そうじゃないけど、ここ外だしっ!」

ワタルの顔が火が点いたように赤くなった。
泣き出しそうな、困った顔をして、戸惑っている。
ミツルはその様子をしばらく眺めていたが、ふっと溜め息をつくとワタルから離れた。

「今日の所は、とりあえず恋人になっただけで良しとしよう」
「ミ、ミツル・・・」
「だけど、今度はちゃんとキスさせろよ」
「え、ええ〜〜っ!」

ミツルは月の様な美しい笑みを浮かべながら、ワタルは太陽の様に真っ赤になりながら。
夕焼けに変わりかけた青みの残る空の下、彼らは互いの光を手に入れた。























                                             fin.































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