+亡失+
これが依存だというのなら。
これが執着だというのなら。
可笑しすぎて、涙も出ない。
明かりらしい明かりもない部屋。
ぐちゃぐちゃのベッドの上に転がる2つの肢体。
そのうちの片方であるマルスがのそりと起き上った。
その腕は固く瞼を瞑ったリンクへと伸びる。
前戯というものもなく、前回の行為の続きというようにマルスは眠りの世界からリンクを連れ出した。
強引に肩を抱き寄せたせいでベッドが鈍い音を立てる。
「・・・っ!・・・ぁ、や・・・」
「リンク、暴れないで」
リンクは目が覚めた途端、マルスから離れようともがく。
それでもすでに何度も弄られて弱った体。
あっという間に捕まって組み敷かれた。
「っひ・・・も、ぅ・・嫌、嫌だ・・・!」
「リンク、最近それしか言わないね」
マルスの涼しい顔と反対に、リンクは目を見開いて、まるで傷を負った小動物のようだった。
「最初の頃はさ、僕を説得させようと頑張ってたよね。ちょっと暴れてたけど」
昔を懐かしむように語りながら細い指を震える体に這わす。
つつつ、となぞるように動く指に、リンクは無意識に意識を集中させた。
ぴた、と胸の突起で止まった時に、引っ掻かれると思い強く目を閉じる。
しかし、リンクが思っていた痛みは来ない。
「マルス、さ・・・ん・・・?」
恐る恐る目を上げれば、優しい瞳が見降ろしている。
目が合った瞬間、がり、と皮膚の裂ける音がした。
「っい、痛っ・・・・・・ぁああっ!」
やっぱり引っ掻かれた。
涙の滲んだ眼でマルスを睨みながら、痛みに耐える。
今までの所業でリンクの身体のあちこちに数え切れないほどの傷があった。
裂けて血が固まった所も、痛々しい痣も。
全て、彼がやったこと。
「ちょっと、安心した?」
「っ私に・・触らないで!触らないでください!!」
噛みつくように叫ぶとすかさず顔面を押さえつけられた。
「っぅ・・ン!」
「僕を拒むの?・・・拒んで、どうするの?」
それで救われるわけじゃないと、リンクの耳元で囁く。
そんなことは、もう十分わかっているのだ。
ここは悲鳴と狂気と快楽で支配される檻。
逃げ出す術はない。
「僕に従事するようになれば、外にも連れていけるのに」
何の慰めにもならない言葉を笑いながら吐く。
「あなたの言う通りになど・・・なりません」
押さえられた口をもごもごと動かして反論する。
その手に噛みつく力は、残念ながらない。
「・・・そう。じゃあ、今日は趣向を変えようか?」
「え・・・」
「リンクから欲しいって言わせるとか」
ありえない。
今まで好き勝手に抱いてきたのはマルスで、リンクの意見など通った例がない。
欲しいと言う前に、すでに貫いて意識を飛ばされている。
「それともすごく恥ずかしいことをさせようか?」
馬鹿馬鹿しい。
ここまで凌辱しておきながら、まだ何が残っているというのだ。
今も互いに何も身につけていない状態なのに。
「他には、ちょっと苦しい事とか、ね」
口を掴んでいた手の人差し指が中にねじ込まれた。
舌を押しのけて、下顎の奥歯を撫でる。
その不快な感触にリンクは眉を顰めた。
「あとは・・・本当に、永遠にしてしまうとか」
マルスの空いていた方の手がリンクの首を掴む。
そのまま、力を込めてきた。
ひゅっとリンクの喉が鳴れば、笑って口に入れた指で柔らかい喉の奥をつく。
「っあ・・がっ・・・ごふっ・・・!」
苦しいのに吐瀉を強制させられる。
すぐくらくらと頭の後ろが熱くなり、リンクは必死でマルスを押しのけようとした。
無我夢中でマルスの手の甲を引っ掻く。
不意にマルスは何かに気づいたような顔をするとあっさり両手を放した。
「はっ・・げほっ・・・はぁっはぁっ・・・・!」
リンクはマルスから顔を背け必死に息を吸う。
陸に上がった魚のようにビクビクと身体を震わせて口の端から透明な液体を零した。
「リンク、苦しかった・・・?」
そっと首を絞めていた手がリンクの頭を撫でる。
リンクはそれを、頭を振ってどかせようとした。
「あたり、ま、え・・・・!」
なんとか息を整えた瞬間、金糸の髪を引っ張られ無理やり天井を向かされた。
良くないことが始まる、と本能がうるさいほどに警鐘を鳴らした。
・・・逃げることなどできないのに。
「リンク」
艶やかな声色で呼びながら口付けを交わす。
舌を絡め取られて、声が出ない間に先ほど裂かれた胸の突起を擦られる。
止まりかけていた血が再び流れ出した。
「っふ・・・ぃ・・・あ・・・ン・・・・」
痛みがじくじくと広がって、身体が痺れていく。
「ねぇ、リンク」
「っは・・・・ぁ・・・・」
「さっきの死にそうな顔・・・すごくドキドキした」
まるで子供のように目を輝かせながら言う。
それでもその瞳の光は、狂気の色。
「な、何、言って・・・」
「だからもうちょっとさせてね」
腹を裂くような熱と質量。
貫かれる反動で口の端から滴る液体が首筋を気持ち悪く濡らす。
身体はすでに汗や先走りで濡れているというのに。
それでも尚、不快に思う感覚は残っている。
この耳に響く耳障りな水音と自分の声が何より嫌だ。
内側から攻め立てられる苦しさに、言葉は途切れ、掠れ、人語を成していない。
「あ、・・・ぅあ、やっやめ・・・」
「ん?やめないよ」
足を限界まで広げられ露になったリンクの秘所を割り裂くマルスのもの。
悲鳴を安らかな音楽と聞き流し、リンクの奥を穿ち、身体ごと激しく揺さぶる。
何度もそれが繰り返され、もう達しそうだと、リンクが無意識のうちにマルスの腕に爪を立てた。
「そろそろ?」
「っ・・も、・・・ん、あ、あぁっ!」
「じゃあ、さっきのするね」
マルスがぴたりと動きを止める。
焦らすのかと、マルスを睨めば首に細い指が絡みついた。
「え・・・や・・・な、に・・・っ!?」
「手加減できなかったらごめんね」
ぐっと先ほどよりも力を込めて首を絞められる。
同時に止まっていたマルスの腰が動き出し、ズンと奥深く貫かれた。
「あ、・・・・ぁ・・・――――!!」
苦しい、怖い、恐い、嫌だ、やめて!
舌が反り返り言葉を発することができない。
隙間風のような呼吸がだんだん弱まっていく。
ぼんやりと視界が歪んだ。
歪みは渦のように白く濁って、
こぷ、と口の端から泡が流れ、
言葉にできない、感じたことのない感覚が押し寄せる。
ドクン、と全身で心臓の音を聞いた気がした。
死の境界線を一歩越える寸前。
手が力を無くしたように離れていく。
急速に流れ込む空気に咽ながらも生きたいがために吸いこんだ。
気が付けば自分の秘所がしとどに濡れている。
相手がいつ達したのかもわからなかった。
「あ・・・・とても気持ち良かったよ・・・」
肉体の快感に恍惚したマルスが呟く。
普段はリンクを支配してそれに満足して達する彼が珍しい。
「・・・死にそうなリンクの顔が一番だったけどね」
リンクは整わない呼吸の中、繋がったままの下肢を見て顔から火が出そうなほど赤くなった。
広範囲にシーツを汚す液体。
白い蜜液を零しただけではない自分に、羞恥が襲いかかる。
「ああ・・・リンクの、色々ぐちゃぐちゃだね」
鼻につくにおい。
気持ち悪いほど濡れた下肢。
「リンク、顔真っ赤だよ」
面白がるようなマルスを直視できない。
いたたまれなさに涙が零れる。
「あーあ。自分から恥ずかしいことしちゃうなんて」
「や・・・違・・・そんな・・・・」
首を左右に振るが力の入らない身体ではどうすることもできなかった。
「苦しいことももうしちゃったけど、僕はもっとしたいんだよね」
「い、いや・・・いやだ・・・もう・・・許して・・・・」
再度膝裏を抱えたマルスに、リンクが哀願する。
だがそれも、聞き届けられることはない。
「あと一回だけにするから、このままでいいよね?」
「いや・・・お願いです・・・やめてください・・・」
くっとマルスが三日月のように笑う。
鋭くて冷たい笑み。
「却下」
耳元で囁かれ、そのままピアスを舌で叩かれる。
ぞわぞわした感触が背筋を走り抜けた。
「ふふ・・・今の姿・・・彼が見たらどう思うだろ?」
耳に舌を這わしながら、声が吹き込まれた。
呪詛のようなその言葉に、リンクの瞳から大粒の涙が頬を横切っていく。
快楽ではなく、深い悲しみの雫。
リンクを愛していた人。
リンクが愛していた人。
もういない優しい人。
「ぁあ・・・、・・・・っぅ・・・・・さ・・・ん・・・・」
「・・・泣かないで、リンク」
すっとマルスの指先がリンクの涙を掬う。
「そんな涙、流さないで」
掬った水を、マルスはリンクの頬を叩くことで散らした。
破裂音のような、張りのある音が響く。
「っつぅ・・・!」
一瞬のめまいの後、口の端から生々しい赤の味が流れ込む。
「僕以外の奴のことで、泣いちゃ駄目だよ・・・いい加減、理解しなよ」
低く不機嫌な声は再びリンクを蹂躙した。
泣き喚く身体とは離れた所でリンクの思考が動く。
あのまま首を絞められて死んでいれば、彼のところに逝けただろうか。
彼は私のせいで死んだのだ。
私を好きになったせいで。私が愛してしまったせいで。
彼にできる償いが何もないから、私はこうやって羞恥と責苦にまみれて生きている。
死んだ彼を想い続ける今の私は、きっと、醜い。
「さぁリンク・・・僕が欲しいと言って」
戦慄く唇の傷を舐めとられ、その先はただただ、悲痛な絶叫が響くのみだった。
この想いが依存だというのなら。
この醜さが執着だというのなら。
悲しすぎて、もう笑うこともできない。
fin.