+この子獅子の子+
青空に剣のぶつかり合う乾いた音が響く。
白い雲の下で舞っているのは金髪の青年と赤毛の少年だった。
「だぁぁっ!!」
青いマントが地面に大きくぶつかる。
その中の少年は仰向けに倒れこんで、背中の痛みに呼吸を止めた。
すぐさまその喉元に剣の切っ先が当てがわれ、勝敗が決したことを示す。
「ここまでです。ロイさん」
リンクは剣を収め、代わりに片手を差し出した。
ロイはその手を掴み、よろよろと起き上る。
「まだまだだね、ロイ」
傍で2人の勝負を見ていたマルスは笑いながらロイの頭に手を置いた。
赤毛の羽っ返りな髪は撫でるとくしゃりと潰れる。
「はぁー・・・今日は勝てるかと思ったのに」
「とても惜しかったですよ、また勝負しましょう」
ロイから手を離し、用があるからとリンクは去ってしまう。
ご機嫌な様子から、きっとフォックスにでも会いに行くのだろう。
幸せそうなその背中を見送って、ロイは力を抜くように息を吐いた。
「悔しい・・・」
「ま、ロイはまず僕に勝ってからじゃないと」
お兄さん面をするマルスにロイがむっと言い返す。
「何だよ、俺ってそんなに弱いの?」
「剣技では僕はリンクに負けないつもりだって事だよ」
宥めるように言い直し、薄く微笑んだ。
ロイも最初の勢いを収め、自分の剣を見詰める。
自分にはまだ重たい剣だ。
「ロイはその剣が重たいかい?」
「そりゃ、重いさ。元はレイピア使ってたんだし・・・」
公子の自分はそう重たいものを持つことはない。
斧や槍を持ったことはあるがとても振り回せたものじゃない。
「確かに僕らには重たいものだね」
マルスも自身の剣を抜き、白銀を晒す。
よく手入れされた美しいものだ。
「剣の重みは、ただその物質の重さじゃないと僕は思う」
「へ?」
「何を斬り裂いてきて、これから何を斬り捨てていくのか。その方がずっと重たい気がするんだ」
よくわからないマルスの話にロイが首を傾げる。
剣の重さについてそう深く考えたことはない。
重たいものは重い。それだけだ。
「よくわからないって顔してるね」
くすりと貴公子ばりの笑顔でロイを見る。
そのままそうだなぁと顎に手をやり、どうにかロイに考えを伝えようか思案し出した。
ロイにしたらマルスがまた突拍子がない事を考え出した、と思うに過ぎない。
「たとえば――僕がこの剣で人を斬ったとしようか」
「ぶ、物騒だな・・・」
「たとえばだよ」
実際その経験はあるだけに、その言葉には背筋を冷やりとさせられる。
あの感触は、バターを切るのとは訳が違うのだ。
「人を斬っても剣の重さは変わらない。ロイはそう思うんだろう?」
「うんまぁ、そりゃあ・・・。斬る度に重くなったり軽くなったりしたら困る」
「僕はね、不意にそれがどんどん重くなるんだよ」
マルスは剣を地面と並行に構え、太陽の光を反射させる。
射すような眩しさにロイは顔をしかませて手で目の部分を覆った。
「この剣が斬った人の何かを吸っている気がしてね」
「何・・・?何を吸うの?」
「それはロイがその剣に見合うぐらい大きくなったら分かるよ」
「ふぅん・・・」
「リンクはその剣の重さに加えて両肩にも色々背負っているんだ」
だから強いんだろうね。
どこか遠い眼をしながらマルスが剣を鞘に収める。
収めきる寸前に剣は一度星のように輝き、硬い音を立てた。
「要はリンクは色々背負ってるから強いって事?」
「まぁ、大体そんな所かな」
よしよしと再度頭を撫でられてロイは憮然とした表情を作る。
子ども扱いしている。
確かに子どもではあるけど、普通の子どもよりは大人に近付く努力はしていると自負しているのに。
ほんの数年年上の彼らからしたら大分子どもに見えるらしい。
納得はいけないものの、腕っぷしを比べるとそこには確かに溝がある。
経験という名の溝だ。
「たまにだけど、リンクを剣を交えたら殺気が飛んでくるしね」
「あ、それは分かるかも。地味に恐いんだよなぁ・・・」
あの青空色の瞳から風が吹き抜けるような殺気が身を貫く。
笑わず、泣かず。純粋な意思であるが故に生命的な恐ろしさを感じた。
マルスは笑顔の裏にそう言ったものを含ませることができるが、ロイはそれもできない。
普通の人ならどうしても他者を退けて生き残りたいと思う瞬間にしか出せないものだ。
稀に怨念めいた執念を持ってして生み出すこともあるけれど。
「あれが1人で生きてきた強さなんだろう」
感嘆したようなマルスの言葉にロイは静かに頷いた。
自分やマルスには味方も守るべきものもいた。
戦う事を確認させる存在が側にいたのだ。
リンクにはそれがない。
傍にいたのは妖精だけだったと聞いている。
「なんか、俺達じゃ絶対できない方法で強くなっていったんだろうな。リンクは」
たった一人なのに世界の命を背負わされた。
自分なら重すぎて潰れてしまいそうだ。
これが――剣の重さという奴なのだろうか。
何のために振い、斬り裂き、ひたすらその重さに耐える。
そう思うと、急に自分の剣が重くなった感じがした。
「ロイ」
「な、何?」
「剣は軽くもできるんだよ」
「へ?」
先ほど散々重い重いと言っていたのに。
今更何だと言うのだろうか。
「自分を奮い立たせる理由があれば、軽くなるんだ。まだ負けないって思える」
「負けない・・・」
「負けられない理由があるなら、どんな武器も軽くなるのさ」
今日も生き延びる事ができたってね、とマルスが笑う。
真剣に戦っているからこそ、言える台詞だ。
「俺がリンクに剣を振るう理由・・・」
リンクみたいに昔っから背負ってた訳じゃない。
俺が背負いだしたのは最近からだけど。
リンクからしたら軽いって思うものかもしれないけど。
今の俺にはこれが精一杯なんだ。
「その答えは急がなくていいんだよ。僕も大分時間がかかったから」
もっと強くなるために。
守りたいものを守れるようになるために。
「リンクは何のために今剣を振るってるんだろう・・・」
「大本は変わらない気はするけど・・・今日は早くフォックスに会いたいからじゃない?」
「・・・そんな理由で殺気向けられたの、俺・・・」
シリアスな気分が一気に破壊される。
せっかくマルスが言った言葉を真剣に捉え出したと言うのに。
がっくりとうなだれるロイにマルスがそれも立派な理由じゃないかと笑い掛ける。
「・・・マルス、俺がリンク追っかけてるの面白がってない?」
「ハハ、分かるかい?」
「やっぱり!」
どうせ子犬みたいとか思ってるんだろ、とロイはへそを曲げた。
言いえて妙だね、とマルスもフォローにならない事を言ってのける。
「フフ、じゃあ少し鍛練でもしようか?」
「鍛練?」
「そう。強くなるためには努力が大事だからね。・・・ロイについてこれるかな?」
ニヤリと挑発するマルスにロイは自分の胸をドンと叩く。
「できる!」
「じゃあ、行こうか―――」
マントを翻して先を進むマルスの後を追っていく。
その先に―――まさか絵に描いたような修行が待っているとは思いもしなかった。
滝に打たれ、火の輪を潜り、精神統一の座禅、10キロマラソン、延々終わらない剣の素振りetc・・・。
当然の結果、それらが終わる頃にはロイはぐったりと地面にひれ伏していた。
「つ・・疲れ・・た・・・・」
「まぁ、ロイはこれ初めてだしね」
同じ事をしたはずなのに隣に立つマルスは涼しい顔をしたままである。
夕日に照らされたロイは見事にグロッキー状態にも関わらず、この差はなんだと心の中で文句を垂れた。
どうにも悔しくなり、仰向けに寝っ転がったままで手足をバタつかせ、真っ赤な空に向かって大声で叫ぶ。
「ちくしょー!!・・・その内マルスよりリンクより強くなって見せるからなッ!!」
「うん。じゃあ待っているよ」
ロイの顔を覗き込み、ぼんやりとしたマルスの影が沈む太陽を遮った。
ロイは知らない。
マルスもリンクも、駆けだしたばかりの剣士であるロイの成長を嬉しく思っている事を。
「(ロイ、もっともっと、強くおなり)」
たくさん背負って、歴史に名を残して、いつまでも語り継がれるように。
「これからはロイみたいな若い子の時代だね」
「何年寄りくさいこと言ってるんだよ!俺が強くなるまで隠居なんてさせないからな!」
「ハハ、じゃあ明日は僕とも勝負しようか」
「ああ!」
差し出された手を掴み、立ち上がる。
明日はほんの少し、封印の剣が軽く握れそうな気がした。
fin.
ブラウザバックでお戻りください。