+嫌いだけど好き、嫌いだから好き+
ごぉん。
熱を大量に吐く音と共に、グレートフォックスがコーネリアの空へ浮かんだ。
ついさっきまで熱されたコンクリートの上で寝転んでいた灰色のそれは、いまや高く。
高く、空を登り雲を越していった。
その中に、自分の父親がいた。
艦に乗り込む前にフォックスの頭を撫でて、笑っていた。
フォックスも同様に、父親の手を心地よく感じながら笑った。
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい・・・父さん」
父親を乗せた艦を見送った後、フォックスは歩き出した。
日差しとそれに熱された地面に挟まれて、米神から汗が落ちる。
狐の耳が力なく垂れて、そのまま抜け落ちてしまいそうだった。
「暑い・・・」
フォックスは足早に基地を抜け、星間を渡る列車に乗った。
行き先は、パペトゥーンの実家。
誰も居ない、家に帰る。
列車の窓から流れていく景色を、フォックスはぼんやりと見詰めた。
今は朝の通勤客が去った後の時間帯。
フォックスの居る車両には、フォックスしか居なかった。
がらんとした車両。
車両内で特にできることも無く、フォックスは何気なしに思考をめぐらせる。
コトンコトンと揺れる車両は、とても静かだった。
今日のお昼ごはんは何にしよう。
ちゃんとしたものを作ろうか、コンビニで何か買って帰ろうか。
暑いから、冷たいものでも作ろうか。
晩ごはんはどうしよう。
カレーだと1人で食べきれないかも。
父さんがいたら食べ切れるかもしれないのに。
父さん、ちゃんと仕事中もご飯食べてるといいけど。
ペッピーおじさんがいるから大丈夫かな。
また無事で帰ってくるといいけど。
また・・・・。
そこまで考えて、フォックスは疲れた溜め息を吐いた。
物事を考えすぎるのは、思春期なせいもあるだろう。
けれど、最近は思考を使いすぎな気がする。
夜、1人になった時も考えすぎて気分が悪くなることがある。
父親と居る時だけは、そんな考えは無くて、頭が落ち着いている。
だが、1歩心を奥に潜めれば堂々巡りする不安が頭に満ちた。
1人が怖いわけじゃない。
ただ、頭か心かのどこかが壊れる。
ストッパーとなるネジが外れたかのように、ぐるぐると、思考が回る。
「あ、降りなきゃ」
気がつけばすでにパペトゥーンに着いていた。
列車から出て、足音の響くタイルの上を歩く。
愛想の無い駅員に電子チケットを切り、また歩いた。
階段を上がってバス停に向かう。
パペトゥーンも暑かった。
気象コントローラーは働いているものの、肌にじっとりしたものを感じる。
空から照る光が狐色の髪を焦がし、地面が靴の底を焼く。
後は、熱気にもみくちゃにされながら歩くだけ。
「・・・バス・・・ないや」
ちょうど今、家の近くに止まるバスは出て行ってしまったらしい。
しかたなく、どれかに乗り継いで帰ろうかと思い、時刻表を見た。
次に来るのは、パペトゥーンの・・・・・、・・・・・・。
「・・・ちょうどいいや」
フォックスはバス停から去り、近くの花屋に向かった。
駅員とは違って、花屋の店員は愛想が良かった。
「そこの、花をください」
数枚の濃い紫の花びらが中心の黄色い円にくっついて咲いている。
名前や種類はよく知らなかったが、どのような用途の花なのかは知っていた。
それは、墓前に添える花。
フォックスは花束を片手に、先程のバス停に戻る。
10分も経たない内に、バスは来た。
それに乗って、フォックスはまた揺られる。
堂々巡りな思考を巡らせながら、静かな墓地の前まで。
墓場には誰も居なかった。
1列に並んだ木々と緑の芝生が風にあおられて音を立てる。。
そのまま静かに足を進め、目的の墓まで着いた。
フォックスは墓前でしゃがみ込み、花を置いて目を瞑った。
墓は、それに対して何も言わない。
静かで静かで、フォックスは墓の下に入ったような気分になった。
真っ暗で冷たい土の中、綺麗に名前の刻まれた石がある。
起きているわけでもなく眠っているわけでもなく、呼吸すらしていなくても。
墓の下ならば、どこにも行かない気がした。
「母さん・・・」
墓に向けて呼んでみたが、返事は無い。気配も無い。
「父さん行っちゃった・・・」
そう呟けば呟くほど、フォックスの中は空っぽになっていった。
考え癖をつけた頭にネジを埋め込まれて。
そのイメージすら靄に包まれたように霞んでいく。
太陽の暑さも何もかも、分からなくなっていく心地よさ。
何も考えなくていい、その感覚にエレクトする。
それはひどく気持ちがいい。
自分を墓の下に閉じ込めて、身体を空っぽにする。
引きずられるように、心も空っぽになる。
不安も意識も、霧散する。
「はぁ・・・」
嬌声に似た声を上げて、フォックスはようやく目を開いた。
ずっと目を瞑っていたせいか光が痛い。
何の感情も篭っていない溜め息が出た。
呼吸すら、忘れていたのかもしれない。
「・・・俺、変だね」
墓に向かって呟く。
墓は何も答えない。
「俺、死んだら土の下に入れるのかな」
静かで何も考えなくてもいい世界に。
「ねぇ・・・また、考え始めてる」
ネジが外れた。
思考がめぐりだす。
壊れる。今はまだ壊れてないけど、このままではいずれ壊れる。
助けてくれる人は、すでに宇宙を浮遊している。
「壊したいな、もう・・・」
いっそ壊れてしまえ。壊してしまえ。
己が独占欲も満たされず注ぎ足りない愛情に飢えるぐらいなら。
この思考を生み出す自分ごと、壊れてしまえ。
だが、実際にはそんなことできるはずがない。
ジェームズともっと一緒にいたいという独占欲。
父親ともっと一緒にいたいという愛の渇望。
それらが叶う時、きっとジェームズもフォックスも無事ではないはずだから。
「母さん、どうやったら父さんを繋ぎとめられるの?」
フォックスが求めるのはジェームズ。
繋ぎ止めたいのは自分のストッパー。
「教えて・・・母さん・・・」
フォックスはゆるりと微笑み、優しい手付きで墓を撫でた。
ひんやりとして、冷たい墓石。
その冷たさは、フォックスの微笑と同じぐらいの温度だった。
行かないで、傍にいて、死なないで、なんて言うことすらできない。
幸せを演じるために手に入れた、その笑顔に潜む闇がある。
fin.
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