+水面に映るひと+
とぷん、と池の水面にルアーが浮かぶ。
釣竿を握っているのは、緑色の衣の勇者だ。
糸を手繰るように彼を見ると、彼は薄く微笑んだ。
「フォックスさんもやりますか?」
「俺は見てるだけでいいよ」
俺は彼の横に座って、ぼんやりと浮き沈みするルアーに目を向ける。
広い池の周りには林程度の木々が生え、足元は柔らかい草が生えている。
そして天井はこのまま昼寝しても問題ないぐらいの快晴の空。
今日は皆、トーナメントに出ていて俺達だけがあぶれた。
だからこうして、のん気に釣りなんかやっているわけだけど。
「いい天気ですね」
「ああ」
今頃、戦っている彼らの何人かはこの広い空で輝いてることだろう。
そんなことは他所の事、と言いたげに彼は釣竿を軽く、左右に振った。
魚を誘っているらしい。
「釣れるのか?」
「時間と魚との勝負です」
彼は魚がかかるまでの時間を楽しんでいるようだった。
たしかに、こうした時間の楽しさが分からないほど自分は子どもではない。
だが、正直身体を動かしたくもあった。
池があれば、石投げをしたくなるのも仕方がない事だろう。
「ねぇ、フォックスさん」
「ん、なんだ?」
「魚の気持ちって、どうなんでしょうか?」
「魚の気持ち?」
どういう意味なんだろう。
怪訝な顔で俺が彼を覗き込めば、彼は水面の様な瞳で見詰め返した。
ゆらゆらと、青い空と白い薄絹の様な雲を写した水面。
「こうやって、私の釣竿にひっかかってしまう魚の気持ちです」
そう言って彼はすばやく竿を引いた。
まるで空から飛び出した様に魚が宙を跳ねる。
彼はそのまま手際よく魚を引き寄せた。
魚は糸を口に含んだまま釣り上げられ、体長を測られる。
「18センチ、小さいですね。逃がしてあげましょう」
「キャッチ・アンド・リリースか」
「大物だったらキャッチした後は食べますよ」
不思議な命の生かし方だと思うが、それが彼のやり方なのだろう。
彼の手から逃げ出した魚は慌てて水面の空に帰って行った。
「さて、次は大物を狙いましょうか」
「ああ・・・なぁ、さっきの話だけど・・・」
「魚の気持ちの話ですか」
「俺だったら、ひっかかったら暴れるかな」
「噛み付かれたら困りますね」
ヒュンと釣竿がしなって、小さな飛沫を立てながら餌のついた釣り針が池に潜る。
よく、あんなに上手く水面の狙った所に上手く落とせるものだと思う。
「俺は針を外す時に、痛いと嫌だなー」
「じゃあ丁寧に外さないといけませんね」
くすくすと彼が笑う。
一体どんな想像をしていることやら。
「フォックスさんが魚になったら、どんな感じでしょうかね」
「少なくとも、この耳としっぽは無いだろうな」
「じゃあつやつやした金色の魚でしょうか?」
「・・・金色は、そっちじゃないか?」
だって、彼は金髪だし。
今だって、太陽の光を反射して輝いてるのに。
「私も魚になったら食べられてしまいますね」
「・・・なんか、釣られても自力で逃げしそうだなぁ」
「それを言うなら、フォックスさんだってさっさと私の手から逃げるでしょう」
「んー・・・俺なら逃げなくてもそっちが逃がしてくれるだろ?俺は多分小さい魚だろうからなぁ」
「フォックスさんは大きいでしょう。きっと糸を引く時に私をてこずらせるんじゃないですか?」
「それ、楽しませるの間違いじゃないか?」
俺が苦笑すると彼はにこにこと笑っていた。
水面に垂れた糸は、まだ動かない。
「じゃあ魚のフォックスさんを釣ったら食べましょうか?」
「・・・俺は別に、食べられてもいいかもなぁ」
「・・・・・・・!」
「竿、引いてる!引いてる!!」
「っあ!!」
ぐっと彼は竿を引いた。
今度のは大物らしく、引きが大きい。
糸が水面下で大きく左右に揺れる。
確実にその糸は彼の方に引き寄せられながら―――上がった。
水飛沫が高く跳ねる。
「っ獲りましたー!!」
「うっわ、大物!」
魚は30センチを超える大魚。
彼の腕の中で元気良くびちびち跳ねている。
この時の彼は、最高の笑顔をしていた。
「どんな調理方法がいいですか?」
「ムニエル・・・とかどうかな」
「いいですね・・・あ、バターありましたっけ?」
「・・・買いに行こう」
俺と彼が腰を上げる。
彼は半分腰を上げていたようなものだったけど。
「じゃあ俺はバター買って来るから」
「はい。私は料理の準備をしていますね」
ふと光るものが見えて、俺は水面を覗き込んだ。
「あ、流れ星」
俺の言葉に彼も池を見詰める。
流れ星にしてはゆっくりと下降する光。
そのまま池を半分に割るように、ひゅるるる・・・と横切っていく。
どうやらその光は星ではなく、ピンクの丸っこいものだったらしい。
「・・・あれはプリンさんでしょうか」
「分からない、カービィかもしれないぞ」
「大きな怪我じゃないといいんですけど」
水面に映った彼の顔は、花の様に微笑んでいた。
「・・・フォックス・・・?」
「ん・・・あ、ごめん。ちょっと寝ちゃってた」
「いや・・・」
今は。
水面にルアーを浮かべて、緑色の衣を着た勇者が釣竿を持っている。
青空と水面の様な瞳は、絶えずルアーに注がれていて。
彼に良く似たひとが、俺と同じ水面に映っていた。
「・・・釣れそうか、リンク?
「・・・時間と魚との勝負だ」
昔聞いた懐かしい響きの言葉が、俺の耳に波紋した。
fin..
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