+差異と類似の共生世界+
「フォ、フォックスさん・・・」
「リンク・・・」
リンクの部屋のドアを開けた先には、狐耳をつけた勇者がいた。
こちらを見て、あ、と口を開けたまま固まっている。
ドアを開いたフォックスも口を金魚のようにパクパクさせて勇者を凝視していた。
その内にぶるぶるとその肩が震える。
くっと顔を背け、何かに耐えるように歯を噛み締めているのだ。
「こ、これはですね、そのっ」
「か、かわっ・・・」
「川?」
リンクが首を傾げた瞬間、フォックスは目にも止まらない速さで彼を強く抱き締めた。
高速で閉められたドアが壊れそうな音を立てる。
「可愛い!!」
「っわぁ!ちょ、苦し・・・!!」
「あ、ごめん」
名残惜しそうにリンクから手を離すも、その視線はしっかり彼を捕らえている。
とりあえずフォックスを落ち着かせてから、椅子に座るよう促した。
同じく自分も隣の椅子に座り、テーブルの上に狐耳を置く。
フォックスがいささか残念そうな顔をしたのは見ないでおくことにした。
「えっと・・・なんで耳なんかつけてたんだ?」
「ゼルダに言われたんですよ」
今を遡ること昨日の昼間。
ゼルダとのお茶を楽しんでいる最中のことだった。
『あのウサミミは私達の世界のものだけど、もっと他にもないものかしら』
やんごとなき身分の方はたまに無茶な注文をする。
否、最初の願いが世界を救うことだっただけにまだ楽な方かもしれない。
そのまま延々とあれがいいこれがいいと聞かされ、そのモデルを作るに至っているのだ。
「なるほど・・・勇者も大変だな」
もはや雑用と言っていい仕事に勇者が関係あるのか分からない。
だがゼルダが望んだ以上応えてあげたいとも思ったのだ。
「とりあえず見慣れている耳から作ってはみたのですが・・・」
見慣れている、と言われてフォックスは自分のぴこぴこと揺らす。
ちらりと作り物の耳に目を向けて、確かによくできているなと妙に納得した。
あんなものをリンクにつけられた日には自分ホイホイだと苦笑する。
「リンク、ちょっとアレ触っていいか?」
「はい。どうぞ」
リンクから手渡された耳をもふもふと指で触れた。
柔らかい。本物の毛皮なんだろうなぁと不思議な気持ちで撫でる。
「中の綿の量が難しくて困ってるんですよ」
「よくできてると思うけどなぁ」
確かに本物と比べれば弾力不足でぬいぐるみに近い。
だがそれを綿で補うと今の柔軟さが無くなってしまう。
耳を手の中で遊ばせながら、気が付けばフォックスもそれを完成させようとしていた。
頭の中で思い浮かぶ柔らかい素材をピックアップしては耳に重ねてシュミレートしていく。
「シリコンとか入れてみたらどうだろう」
「しりこん・・・って何です?」
「えっと・・・合成樹脂っていうか・・・ちょっと待っててくれ、持ってくる」
耳を置いて意外と頑丈だったドアを半開きにしたままで出行く。
キィキィと、最期まで閉めろと言いたげにドアが抗議する。
リンクが締め直しに行く間もなく、フォックスは足早に戻ってきた。
早速『シリコン』とやらをリンクの眼前に突き出す。
「これ。俺の古い肩パッドの中身なんだけど・・・」
「へぇこれが・・・っわ!何ですこれ!?」
ぶにゅりとした感触に、シリコンに触れたリンクの指が反射的に逃げた。
驚きの表情のまま、魚の一番柔らかい腹の部分に似た感触がすると口走る。
「大丈夫、害はないから」
「そ、そうですか・・・」
跳ね上がった心拍数を落ち着けるようにリンクが深い呼吸をした。
そんなに怖いものじゃないんだけどな、とフォックスは苦笑する。
こんなものは彼の世界にはない。
初めて見る物、触れる物に警戒するのは当然である。
彼は恐る恐る手に取り、産み立ての卵でも持つように手の内に収めた。
「これならより本物に近づくと思うんだけど」
「そうですね、ちょっと入れてみます」
耳を手に取りしゅるりと仮縫いの糸を取り去り器用にシリコンを詰め込む。
足りない部分に綿を千切って詰め込み、同じ糸で軽く縫い付けた。
「こんな感じでしょうか・・・」
耳を押したり揉んだりしながらリンクは眉を顰める。
フォックスもその手の中の耳に触ろうとした時、にゅっとリンクの手が視界を覆った。
「ちょっとすいません・・・」
「ん、あぁ、耳?」
毛皮の耳とフォックスの耳を交互に揉み比べをしているらしい。
真剣な様子に水を差すのも悪いかと思い、フォックスは大人しく自前の耳を触らせた。
美形の彼が一層凛々しい顔をして、さぞかし女性にモテるだろうなと内心思う。
それでいて一心に拙く作業する子どもの顔にも見えてくるのだからおかしなものだ。
「フォックスさん?」
名を呼ばれて慌てて口元を押さえたが遅かったらしい。
怪訝な表情でリンクはフォックスの顔を覗き込んだ。
「ゴメン、リンクがすごい真剣だったから」
「いえ、私も夢中になり過ぎました」
にこりと笑ってフォックスの耳から手を離す。
「リンク、耳付けてみなよ」
「そうですね、さっきより本物に近づいた気がしますし・・・」
ごそごそと頭の丸みに沿わせるようにして耳をはめる。
その途端にフォックスの表情が緩むのだから今度はリンクが苦笑してしまった。
フォックスからすれば、耳は何かしらのアピールポイントになるのだろう。
リンク自身は他人の耳など長いか短いかぐらいでしか意識した事がない。
それが可愛いと思ったことすらないのだ。
だから今のフォックスの心境を図ることはできない。
わからない、のだから。
「どうです、フォックスさん」
「・・・俺的にはすっごい良いんだけど」
「ゼルダが納得してくれればいいんですけれど」
「駄目だったらまた別の物を俺が持ってくるさ。・・・結構気に入ったんだけどなぁ」
「ふふ、じゃあコレ・・・フォックスさんに差し上げましょうか?」
違う違う、とフォックスは頭を振った。
「リンクがつけてるから良いんだよ」
「・・・!・・・そう、ですか」
「うん、なんかすごい美人の同族に会えた気分」
「同族・・・」
へらへら笑うフォックスにリンクは暫し無表情になってしまう。
普段は意識していない事だが、よくよく考えればリンクとフォックスには大きな違いがあるのだ。
耳の長い人型と、獣混じりの獣人。文化も教養も育ちも環境もまるで違う。
それこそ絵本の中と同じぐらい、同じ場所に立っているのは不思議な事。
「私の耳みたいな物を作ってフォックスさんに付けてもらえば、フォックスさんはハイリア人になるわけですね」
「俺は耳としっぽをどうにか隠さなきゃいけないけどな」
「逆にそれが飾り物みたいで良いじゃないですか」
「うーん、若干イタイ気もするけど・・・」
額に手を当てて考えるフォックスにリンクが笑う。
「大人の証も付けるのなら、耳にピアスもしませんと」
「俺も青?」
「どうなんでしょう、私は目が覚めたら青石が通ってましたし」
リンクがモミアゲの髪を少しずらして石を見せた。
線なのか波なのかよく分からない模様が青い石に細かく入っている。
リンクの瞳よりやや濃いその青は常につるりとした光沢を放っているのだ。
「フォックスさんなら石の色、緑が似合いそうですね」
「スカーフに合わせて赤でもいいけど」
「それもいいですね。でしたら銀色もいいんじゃないでしょうか」
「そうだなぁ・・・」
ちらりとリンクの耳たぶを見て、フォックスが薄く笑う。
口角で弧を描きながら開く唇の隙間から、ハイリア人には無い鋭い犬歯が覗いた。
「リンクが選んでくれるなら何色でもいいよ」
「そうですか?結構迷う性質なんですよ私」
虹ができるぐらい色んな石を持ってきますよ、と思いつく色の数だけリンクは指を折る。
「じゃあ一緒に選ぶべきかな」
「その方が楽しいかもしれません」
「ハハハ、なんか、指輪でも選んでるみたいだ」
2人で石を選ぶなど。
まるで結婚でもする前のようだ。
「指輪ですか?」
首を傾げるリンクにフォックスは説明しようとして、止めた。
言った所でリンクはとそもそも世界が違うのだ。
きっと夫婦になる誓いの言葉すらも違うだろう。
それ以前に男相手にこんな事を思うのは『おかしい』のだ。
もちろん単なる例え話であるが、何故だか変な意味で取って欲しくなくてフォックスは口を閉ざした。
物の触り程度を、リンクに伝える。
「こっちはまぁその・・・別の・・儀式・・・だと、指輪なんだ」
「そうなんですか・・・」
「大体それに使う石はダイヤモンドとかなんだけどな。世界一硬い石だよ」
「世界一丈夫だから選ばれたんですか?」
「えーと・・・意味としては贈ってくれた人と変わらず関係を続けていくため・・・かな」
本当は永劫に変わらない愛の象徴として選ばれる。
そんなウエディングリングも最近は自分の誕生石に変えてしまったりするらしい。
生まれ落ちた事実は変わらないが、愛は変わってしまう。
本当は皆そんな事、知っているのだ。
「私のこのピアスは一人前の証、らしいんですけどね」
「そうなんだ」
少しの事でも、こんなに違う。
同じ石の話でも、こんなに違う。
フォックスとリンクを隔てる世界は興味深い分、溝も深い。
不意に訪れた沈黙に、互いの視線が泳いだ。
「あー・・・リンク、それゼルダに持ってく?」
作り物の耳を指差し、フォックスが問う。
「一応完成したらゼルダに見せようかと・・・あ、でも『しりこん』は・・・」
「ああ、それはあげるよ。もう使わないからさ」
「すいません、ありがとうございます」
リンクは耳を外し、帽子と髪を軽く整えた。
さらりと光る髪が彼の指の間を埋めて、すり抜けていく。
「今度お礼しますから」
「いや――その、お礼は、さぁ・・・」
「はい?」
フォックスが言いにくそうに手で口を隠しながらリンクを窺う。
「完成したら付けた所、また見せてくれないか?」
「ええ、構いませんよ。でも、お礼になりますか?」
「ああ。それがいいんだ」
それでいいんだと繰り返すフォックスにリンクはとりあえず頷いた。
同族に会ったような感じがすると先程言っていた。
つまり、故郷を懐かしんでいるという事なのだろうか。
不意に、ツンと鼻だか胸だかが切なく痛む。
リンクの中に些か不可解な感情が湧き上がるが、所詮どうにもならない事だと心情にケリをつけた。
自分はコキリの森で育ったハイリア人。
故郷はあれどそこの人種ではないからだ。
さらにコキリの人に必ず一匹いる妖精を自分は持っていない。
それらの理由故に、確かに森は懐かしいけれどどこか居辛さがある。
「じゃあ完成したら一番にフォックスさんの所に行きますね」
「ありがとうリンク。もしまだ何か足りないなら言ってくれ」
「ええ。その時は頼らせてもらいます」
「そうか、あー・・・頑張ってくれ」
「ええ。さっそく仕上げに掛かってきますね」
穏やかに微笑むとリンクは針と糸を寄せた。
「じゃあ、俺は邪魔にならない内に戻るな。・・・と、これ、今日のおやつ」
「ありがとうございます」
マフィンをテーブルの上に置き、フォックスは部屋を後にする。
リンクはその背を見送った後、やるぞ!と気合を込めて針に糸を通した。
完成した耳は本物のようにやや冷たく、先の毛は少しぱさぱさしている。
感触はかなり本物に近く、手にしたフォックスは直に驚きの声を上げた。
「すごい・・・すごい本物みたいだ!」
「結構頑張ったんですよ」
「じゃ、じゃあリンク―――」
「ええ。付けるとこんな感じです」
程良い大きさの耳を頭に装着し、髪の毛を整える。
確かにそうすれば、リンクの頭から狐の耳が生えているように見えた。
「あーやっぱり可愛い」
「満足しましたか?」
「ハハ、大分。ゼルダにも見せてこないといけないんだっけ」
「ええ・・・でもこれ、乱闘には採用できませんよ」
「え・・・なんで?」
よくできているのに、と口を尖らせるフォックスにリンクは悪戯っぽく笑う。
「だってフォックスさん、そんな調子じゃ乱闘に集中できないでしょう?」
「あ、まぁ・・・」
苦笑するフォックスを尻目にリンクが耳を外した。
「(耳があってもなくても、同族であろうとなかろうと)」
偽物の耳を撫でて目を細める。
「(私は勇者以外の何物にもなれないけれど・・・)」
「リンク?」
「!・・・何でしょう?ちょっと考え事を・・・」
「あ、いやゴメン。・・・ゼルダの所に行ってきなよ。俺はもう十分見たから」
「?はい。じゃあ失礼しますね」
駆けていくリンクにフォックスは昨日の分も含めて大きく息を吐く。
本当はもっと狐耳をつけた姿を見ていたかったのだけど。
仕方がない、彼の行くべき場所はゼルダの元であるのだから。
「・・・俺の世界に、リンクを連れていけたらいいのになぁ・・・・・・・」
寂しく呟いた言葉は、孤独な自室に霧散して消えた。
fin.
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