+Love sleep+



時はすでに月が高い位置にある深夜。
ちら、とフォックスは自分のベッドの上を見た。
そこには人形のように眠ってしまった勇者がいる。

本来なら今頃、自分もリンクの傍で横になっていたはずなのだが。
シャワーから上がって、いやに部屋が静かだと思ったら恋人は眠ってしまっていた。
自室で2人っきりなのに。でも起こす気も起きなくて。
だって寝てる姿もかわいいから。
苦笑しつつ、なるべく音を立てないようにしてベッドの脇に座りこむ。
背中の方から聞こえる、静かな寝息。

リンク、好きだよ。

心の中で言ってみる。
少し心が温かくなった気がした。
今度はそっと身体を上に動かして、リンクの顔を覗き込んでみる。
眠っていてもきれいな顔というのは人形みたいで感嘆に思う。
その顔を飾るように金色の髪が白い枕の上に散らばっている。
子どもがおもちゃに手を伸ばすような感覚で左手を出しかけて、右手で慌てて押さえつけた。

リンクが起きるから、我慢、我慢!

心情としてはその髪や頬に触れてみたい。
そうすると温かくなった心は茹でたように熱くなって。
ドクンドクンと鐘のように幸福な鼓動が鳴り響く。

「・・・リンク、好きだよ」

蚊の鳴く声よりさらに小さく、消えそうに呟いた。
それだけなのに、俺は床をごろごろ転げまわりたいほど恥ずかしくなった。
ああなんで夜中というのはなんでこう無駄にテンションが上がるんだろう。
くぅぅ〜と一人で馬鹿みたいに顔を赤くして、またそろりそろりとリンクの顔を覗き見る。
長い睫毛がぴくっと動いた。

「ん・・・ぅう・・・・」

言葉になってない声を上げつつ、ぱたっとリンクの手が自分の顔を掠める。
俺は反射的に口を手で覆って一歩後ずさった。

だ、大丈夫、起きてない・・・。

リンクがこちら側に寝返りを打ったので、仰向けだったさっきよりも顔が近い。
先にリンクが風呂に入っていたから、石鹸と消えることのない新緑の香りが鼻をくすぐった。
気持ちの良い匂い。彼を腕の中に閉じ込めて眠った時なんて、癒されるなんてもんじゃない。
ものの数秒で眠りの世界に落ちそうなぐらいだ。

「ん・・・あ・・・・」
「・・・リンク・・・」

少し開いた、リンクの唇。
起きてたらちゅーするのになぁ、とヘタレ全開なことが浮かぶ。
快感を求めるように口付けるのも嫌いじゃないけど、一番好きなのはほんの少し触れ合うやつだ。
バードキスというのか、唇の柔らかさを確かめ合うように何度も軽く触れ合う。
触れ合っているときの、あのなんとも言えないくすぐったい気持ちがたまらない。

「リンク、キスしていい?」

同じようにそっと呟く。
聞こえているはずがないのでリンクからは何の反応も返ってこない。
2人きりだけど、ぽつんと空間に1人残されたような静寂が漂う。
でもそれはそれでよかった。より一層この場所には自分たちしかいないというのが感じられる。
リンクが他の人と話してると、良い気分になることは、実はそんなにない。
でもそんな心を悟られたくないから、笑って待ってる。
その後のリンク独占と、彼が俺を優先してくれる時間が嬉しいから。
みみっちいなぁと思っても、これは仕方がない。
恋とはそういうものなのだから。

心苦しい時も、恥ずかしくて転げまわりそうな時も、リンクがいたら幸せ。

ふと時計を見れば大分針が回っている。
そろそろ寝ないと、朝が辛い。

「おやすみ、リンク」

電気を消してごろりと床に横になる。ぱさっとタオルケットを被さって。
ああ、昼間掃除しといてよかった。
目を瞑る寸前に、リンクの寝顔を撮ろうかな、という気持ちが湧いて、馬鹿馬鹿しくなってそのまま目を閉じた。
目を瞑って、呼吸の聞こえない写真では、死体を写したのと変わりないじゃないか。
1日の終わる最後の最後まで愛しい人を想いつつ、意識はまどろんだ夢の世界へと落ちて行った。







夜が明けたばかりの頃だろうか。
いつも見ているものと違う天井を確認した後、ゆっくりと起き上った。
きょろきょろと辺りを見回せば、フォックスさんが床で寝ている。

「あぁ・・・・・」

夕べフォックスさんの匂いのする枕や布団が心地よくて眠ってしまったことを思い出した。
ごめんなさい、フォックスさん。
声に出さないまま、心の中で謝る。
でもなんだか彼は床で眠っている割には幸せそうな顔をしている。
良い夢でも見ているんだろうか。

「あ、柔らかい・・・」

フォックスさんの顔にかかっていた前髪を掬い上げた。
どこか動物特有の柔らかさを持つ髪は、ブラッシングすると驚くぐらいきれいに輝く。
ふわふわのしっぽと耳も、触ってみた。
くすぐったいのかこそこそと逃げ回るそれらが面白くて仕方ない。

「フォックスさん、大好きですよー」

おはようございます、と同じぐらいの声で言う。
それでもまだくぅくぅと寝息を立てる姿が無防備で、愛おしい。

「フォックスさんも、私を好きでいてくださいね」

好きだ、と顔を赤くさせていう彼が好き。
たまにそれ以上の爆弾発言をしてこちらが焦ったりすることもあるけれど。
フォックスさんのことが全部、ぜーんぶ好きなのだと、どれほど言ったら全て伝わるのだろうか。
本当は口付けで起こしたいけれど、そんなことをしたら真っ赤になってしまいそうだから。彼も私も。
フォックスさんの人差し指と中指を私の人差し指と中指でもって、クイクイと持ち上げるように引く。
こうすると反射で人は目を覚ます。
彼も例外じゃない。
起こしてすまないと思いつつも、彼の声が聞きたいから。

「ん・・・・?」
「おはようございます、フォックスさん」
「あ、おはようリンク・・・」
「良い夢でも見ていたんですか?」
「へ?」

寝ぼけ眼のままフォックスさんが首を傾ける。

「笑顔で気持ち良さそうに眠っていたものですから」
「あー・・・リンクが、夢に、出てきたから・・・」

ぽわーんとした様子でフォックスさんが笑う。

「そ、そうですか・・・」
「ああ、なんか2人で延々話をしながら階段を降りる夢・・・」

延々階段を降りることのどこが幸せなのかよくわからない。
でも当の本人は寝ぐせを直しつつ、満足そうに思い返していた。

「フォックスさん、大好きです」
「俺もだよ。・・・えっと、キスしていい?」
「いくらでも」

自分からフォックスさんに顔を近づけて、唇を重ねる。
ちゅ、ちゅ、と軽い音が生まれた。
彼の好きな優しい口付け。

「フォックスさん、まだ起きるまで時間がありますよ」
「ん・・・そうだな、もうちょっと寝ていようか・・・」
「・・・あの、ベッド占領しててすみませんでした」
「あ、いいよいいよ」

床で寝たせいで硬くなった身体をぐっと伸ばす。

「もう少し、ここにいてもいいですか?」
「そうだなぁ・・・」

にっと悪戯っ子のような顔で笑って、フォックスさんが私を巻き込んでベッドに緩くダイブする。
ぼすんっとベッドのスプリングが鳴いた。

「フォックスさん・・・?」

見上げれば、愛しい人の顔。

「目覚ましが鳴るまで、添い寝してよリンク」
「はい。もちろんです」

ぎゅっと抱きしめられて体温の温もりを感じる。
改めてシーツを掛け直して、フォックスさんが私を自らの腕の中に閉じ込める。
それにひどく、安堵した。

「おやすみ、リンク」
「おやすみなさい、フォックスさん」

そう言ってどちらともなく、もう一度口付けた。













                                         fin.