+功労者のためのホワイトディ+



今日は雲ひとつ無い晴天、まさしく洗濯物日和。
リンクはその空の下、洗濯物を干そうとしていた。
朝の内に洗っておいた洗濯物は濡れてとても冷たい。
おまけにたまに吹く冷たい風がリンクの鼻をツンとさせていく。

「今日もたくさん洗濯物がありますね・・・」

山積みの洗濯物に向かって苦笑いをした瞬間、後頭部に衝撃が走った。

「うぁっ・・・!?」

ぼふっと洗濯物の山にリンクは前のめりに倒れこむ。
そのおかげで地面に叩きつけられずに済んだのだが冷たくてしょうがない。
同時に、頭がガンガンと痛み、目の前がぐるぐると回った。
平衡感覚が吹っ飛び、意識が空の彼方へ飛んでいく。

「・・・あぁ・・・」

がくり、とリンクの首が力なく傾いた。





同刻、物干し場から少し離れた広場。

「ポポ、行っくよー!」
「来い、リン!」

子リンクが小さなサンドバックくんを握り締め振り上げる。
手に平サイズのサンドバックくんは声上がったらぐえっとでも言いそうなほど握られていた。
子どもとは元来想像しえない遊びを考え出すものである。
元は誰が言い出したのかわからないが、誰かがサンドバックくんで遊ぼうと言いだしたのだ。
ただ動かない彼をホームランするより野球のボールのように投げてみてはどうだろうかと。
残念ながら、それに異を唱える者はいなかった。
現在のピッチャーは子リンク、バッターはポポ。

「それっ!」

びゅんっとミニサンドバックくんが子リンクの手を離れ、キャッチャーのネスに向かって飛んでいく。
スピードは速いものの、コースのど真ん中ストレート。

「貰った!」

ポポのバットが閃く。
伸びやかな音と美しい軌跡を描いて青空へと打ち返した。

「ホームラン!」

サンドバックくんは鳥の如く空高く舞い上がり、青に吸い込まれる。
見えなくなった彼。
同時に超能力で彼の所在を追跡したネスの顔が段々と苦いものに変わっていく。

「・・・・あー・・・やっちゃったね・・・」

何がやっちゃたね、かは押して知るべし。
サンドバックくんの着地地点はリンクの後頭部だった。



子ども達に発見されたリンクはすぐさまDr.マリオの病室に運ばれた。
ちなみにサンドバックくんは放置である。
子ども達からリンクのことを聞いたフォックスは風を巻き起こすかのように病室に駆け込みDr.マリオを絞め上げた。

「Dr.!リンクの容態はどうなんだ!?」
「どうっていうとねぇ・・・」

Dr.マリオは聴診器を弄びながらのん気に呟く。
反対に、リンクの容態を聞いたフォックスは激しく気が立っていた。

「まぁ、打ち所が悪かったと思って・・・」

あははと可愛くない笑みを浮かべるDr.マリオにフォックスの殺気が燃え上がる。
たった2人しかいない医務室は重苦しい嫌な熱気に包まれた。
普段のフォックスならここまで怒らなかったであろう。
彼にとって今日だけは何としてでも、リンクに元気でいてもらわなければならなかったのだ。

「ド〜ク〜タ〜・・・」

ゆらぁと鋭い獣の瞳でDr.マリオを睨む。
今にも食らいつきそうな殺気にDr.マリオは慌ててフォックスを宥めにかかった。

「まぁまぁそう殺気立たない。時間が経てば起きるはずだから」
「ちゃんと今日中に起きるんだろうな、リンクは」
「起きるって・・・。・・・・・今日中かどうかはわからないけどネ」
「・・・・・・・・・・・」
「それに、リンクの代わりはフォックスが務めなきゃならないんじゃないのかな?」
「リンクの・・・代わり?」

え、とフォックスが言葉に詰まる。
その隙を突く様にDr.マリオは黒い微笑みを浮かべた。
医者たるもの心理戦は一日の長がある。

「洗濯物のやり直し、部屋の掃除、子供達の食事等・・・さぁ、どうするべきかな」
「はっ・・・・!」

今まで目に見えなかった重圧がフォックスの肩に重く圧し掛かる。
この世界において、まともに家事のできる人は限られている。
戦闘に長けてはいても、普通の暮らしをしている人がどれだけか、と言われたら数少ないだろう。

「今こうして話している時間すら惜しいんじゃないのかなぁ?」
「けどリンクが・・・っ!」
「ゼルダやサムスに食事を作らせる気かい?」

女性群の作る未知の物体を、食事とはいわない。
ゼルダはお姫様で包丁すら握ったことはない。
サムスに至っては炭か宇宙食同然のものができてしまうであろう。

「・・・っくそ!分かったよ、俺がやる!」
「うん、分かればよろしい。頑張ってね」
「〜〜〜っ!」

ものすごく不満そうなフォックスに、Dr.マリオは初めて医者らしい顔を見せた。

「夜になったらまた見舞いにおいで」
「・・・・・・そうするよ」

そう言うフォックスの耳としっぽは、力なく垂れていた。
だが、今から脱力してもしょうがない。
フォックスは自分の両頬を掌で叩くと、喝を入れた。
切り替えの早さはリーダーたる所以である。

「まずは・・・協力者の確保だな」

病室を出ると『協力者』を足早に探した。





「・・・で、なんで俺が?」
「しょうがないだろ、マルスもロイもいないんだから」

フォックスの目の前で、青い鳥は家事の協力を渋った。
協力者としては力不足だが、一番扱いやすくもある。

「・・・お前、マルスやロイの所に行く前に俺ンとこに来ただけじゃねぇのか?」
「俺に協力してくれるの?くれないの?」

フォックス返答を待たず切り出しにかかった。
協力してくれないのなら強制させてもらうまでだからである。

「俺だって暇じゃ・・・」
「え?何だって?」
「・・・・・・・・・・・しかたねぇな、協力してやるぜ」

フォックスの心臓を射抜きそうな視線を前とうとうファルコが折れる。
ファルコのすさまじく不服そうな顔を無視し、早速フォックスは洗濯のやり直しを頼んだ。

「なんでホワイトデーに洗剤にまみれなきゃいけねぇんだ・・・」

フォックスの去った後、ぶつくさと洗濯機の前で愚痴を零す。
ファルコは深い溜め息を吐いて、幸せをひとつ吹き飛ばした。





力不足とはいえやはり協力者がいるというのは心強い事。
物事は順調に進み、大きな出来事も起こらなかった。
ただ量の多い家事にフォックスも疲れを見せ、家事に慣れていないファルコに至っては力尽きていた。

「フォックス・・・」

明々とした蛍光灯の下、リビングのテーブルに身体を預けてファルコが呟く。
フォックスは時折リンクの家事の手伝いはしているものの、ファルコはからっきしだ。
戦闘に使う体力とは全く違う質の体力の消費に、ファルコが力尽きるのも無理はない。

「今日はありがと、ファルコ」
「・・・それはともかく・・・リンクやお前は毎日こんな事を・・・?」
「俺は毎日じゃないけどな」

決してフォックスやファルコがひ弱と言うわけではない。
2人は改めて自分達の世界は機械に助けられている事を実感した。

「・・・フォックス、俺はもう休むぜ・・・」
「ん、お疲れ」

力なく手を挙げファルコは自室に戻っていく。
フォックスはその背を見届けると、すでに明かりの点いていない病室に向かった。



「失礼しまーす・・・」

極力静かにドアを開き、部屋の中に入る。
つい忍び足をしていると泥棒にでもなった気分になるが、この場合しかたない。
寝てるかもしれないリンクを起こすわけにはいかないのだ。
明かりを点けるわけにもいかず、幸いにもカーテンの閉じられていない病室の窓からの月明かりを頼りに足を進めた。

「リンク・・・?」

ベッドがあるであろう場所までたどり着き、小声でそっと呼んでみる。
リンクの気配はするが、暗くてよく見えない。

「・・・起きてますよ、フォックスさん」

暗闇から返ってきた声にフォックスは一瞬、身を固まらせた。
手探りでシーツに触れ、リンクの身体がないことを確認してそこに腰かける。

「今日は楽させてもらっちゃいましたね」

くすくすという笑い声と共にリンクの声がすぐ傍から返ってくる。

「い、何時から起きてたんだ?」
「そうですね・・・月が昇った頃からでしょうか」
「え・・・」

ぱっとフォックスが腕時計を見る。
示された数字はすでに0時近い。

「・・・結構前から起きてたんだな、怪我はもういいのか?」
「特に問題はありません。一応、安静にはしていますけど」
「そっか・・・良かった」

ほっと胸を下ろしながら、ここに来た本来の目的を思い出す。

「あ・・・リンク、今日はホワイト・・・」

ピーンと電子音がフォックスの腕時計から響く。
0時を、回った。

「・・・デーだったんだけど・・・」

音が鳴り止むとフォックスが言葉を続ける。
その声はどこか虚しさを含んでいた。

「フォックスさん・・・」
「えっと・・・これ・・・バレンタインデーのお返し・・・」

ポケットからごそごそと小さな箱を取り出す。
水色の包装紙に青いリボン。
月明かりに照らされているせいで水色の包装紙は白くも見えた。
本当は昼間、明るい光の差し込む場所で渡したかったとフォックスが呟く。
こう暗くてはリンクがどういう顔をするのかよく見えない。
フォックスはリンクに手渡そうとするが、リンクからの手が伸びない。
差し出したまま、フォックスの手が宙で止まる。

「リンク?」
「もう少し、こちらに寄れますか?」
「あ、ああ」

リンクに促され、フォックスはもっとリンクの方に近寄る。
シーツ越しにリンクの身体を感じ、妙に心が跳ね上がった。
フォックスはシーツの海から手探りにリンクの手を探し出し、プレゼントを握らせようとする。
が、リンクは逆にフォックスの掌を捉えて指を重ねた。

「リ、リンク?」

そのまま繋がれた手をリンクは自らの頬に持っていく。
フォックスは自らの掌に感じるリンクの柔らかい頬に戸惑った。
その手の指一本すら動かすことができず、うまく言葉も出ない。
次第にプレゼントを持っていた手も緩んでいく。
ぽとり、と柔らかいベットの上にプレゼントが落ちる音がした。

「リンク・・・?」
「フォックスさん、もう少し、このままで・・・」
「いいけど・・・その・・・・」
「・・・気にしないで下さい。これも頭を打った後遺症ですから」

言い訳にしては切ない声でリンクが囁く。
どくん、どくんと高ぶる心がリンクに伝わってしまわないかフォックスは次第に焦り始めた。
どうにかそれを抑えようと、必死に別のことを考えようとする。
ぐるぐると頭の中が回って、行きついた末にホワイトデーの意味を考えた。

「(ホワイトデーって雪の日って意味にもなるんだよなぁ)」

そういえば、明日は冬のなごりで雪が降ると天気予報でやっていた。
吹っ飛んだ思考回路から明日のことを予想し、それを伝えようと冷えた唇を動かす。

「リンク、今日は寒くなるかも。雪が降るって・・・」
「じゃあ今日も私は寝て過ごしましょうか?」
「え、それは・・・」
「冗談ですよ」

くすくすとリンクからいつもの笑い声が聞こえる。
暗い部屋に二人きり。
リンクに対してどれぐらい明確な気持ちを持っているのか、自分にも分らない。
分かるのは、彼の熱い頬がひどく心地良いということだった。
このまま彼の頬を引き寄せて口付ける勇気など持ち合わせてはいないのに。
そうして動けないままどれほど時間が過ぎたであろう。

暗闇の中、プレゼントだけは渡そうと空いている手をシーツに滑らせる。

「フォックスさん?」
「あ、その、プレゼント・・・まだ」

ようやくプレゼントを見つけ出し、もう一度差し出す。
リンクはそっとその手からプレゼントを受け取った。

「ありがとうございます」
「気に入ってくれると、嬉しいな」
「ふふ・・・開けるのが楽しみです」
「あ、明かりつけようか?」
「いえ、もう目が暗闇に慣れてしまいましたから」
「そうか・・・・、・・・・!」

すぅ、と朝になれば雪を降らすであろう雲が僅かに揺れる。
差し込んだ明かりに照らされたリンクの顔がはっきり見えて、フォックスは言葉を失った。
震え掛ける手を叱咤して、おもむろにリンクの周りの空気ごと、強く抱き締めた。

「リンク!」
「っ!?」

衝動的な行動だったが、これは起きなければならない衝動だった。
それは恋を裏付けるもの。
二の足を踏む想いの背を押すもの。

「フォ、フォックス・・さん・・・?」
「ごめん・・・」

泣きそうな顔をしていたのだ――リンクが。
きれいな顔が静かに眉を寄せ、瞳に朝露のような雫を溜めていた。
もし好きでなければその表情をただの泣き顔にしか見なかったであろう。
だがはっきりと感じたのだ。
美しい顔に拍車をかけるその涙を、拭わなくてはならないのが自分だということに。

このまま朝が来ても良い快さだった。
気まずくなることはない。
ずっとこうしたかったのだと、一言言えばいい。
先ほどまで触れていた柔らかい彼の頬に、淡雪のような口付けを落とした。
たった一言を言葉にできない代わりの行動。

「フォックスさん・・・」

つぅ、と口付けた上をリンクの朝露が一滴、滑り落ちた。
それを優しく拭い、フォックスはさっとリンクから離れる。
急に無くなった熱に、リンクは茫然とベッドに手をついた。

「・・・っおやすみ!」
「フォックスさん!!」

制止の声だと気づいていた。
だが走り出した足を止めることなく病室から何かに追われるように逃げ出した。
あのままリンクといればきっと予想もしなかったことをしてしまう。
想いの暴走を許してしまいそうだった。
月にその姿を映しだされている時だけの、闇夜を走る獣になり果てようとしていた。

「はぁっ・・・はぁっはっ・・・っく!」

足音も気にせず自分の部屋に暴れる身体と心を押し込み、ガシャンと響かすように鍵を掛ける。
お粗末だがこの部屋は今夜、獰猛と欲求の檻となったのだ。
恐ろしいものが自分を支配してしまうのを防ぐために。

「駄目だ、大事にしないと、壊したら駄目だ、いなくなる、それはダメだ、駄目だ!!」

否定と抑制の吐きながらぐりぐりと頭をベッドに擦りつける。

「流されちゃ駄目だ、傷つけるから、駄目だ、ダメなんだ、これ以上は・・・・っ!!」

一頻り吼えた後、噛み砕き切れなかった言葉が声になった。

「っ好きだ・・リンク・・・・!」






「・・・フォックスさん・・・・」

両手の中にフォックスからのプレゼントを抱き、静かにそれを見つめている。
人の温かさがあんなにも恋しいものだとは思わなかった。
抱き締められた時の、あの例えようもない心の昂り。
血を沸騰させるような激情。
もしあれがただの優しさなのだとしたら、命を取られるより残酷なこと。
言葉にしてはいけない想いとは分かっていても、希望を持ってしまう。

「どうか・・どうか、お願いです・・・傍に・・・いてください・・・」

手が震えてプレゼントを開くことができないまま、刻々と時が過ぎていく。
気が付けばしんしんと積りだした雪が朝を告げようとしていた。














                                                     fin.


































+メモ+

ハッピー・ホワイトデーのリメイク。
不幸な方向にリメイクしてしまった・・・。






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