+中級者のためのバレンタインディ+



白い息が乾燥した空気を漂う。
別に急を要するような買い物ではなかった。
ただ、時間があり、なんとなく買い物にでも行くか、と思ったから。
本当に、それだけだったのに。







「フォックス〜。ね〜お願い」

フォックスの腰に纏わりつきながら、カービィが『おねだり』を繰り返す。
ここは人が行き来するスーパーの中の狭い通路。
高く積まれた棚に挟まれ、どうにも危なっかしくて仕方ない。

「可愛く言っても駄目」
「お願いしますお代官サマ〜」
「駄目ったら駄目。てかお代官サマなんてどこで覚えたんだ?」
「テレビ。ね〜フォックスぅ〜」

はぁ、とフォックスが溜息を吐く。
買い物途中でカービィに捕まり、断る理由もないからついてくるのを見逃した。
そして着いた途端これである。
さっきからカービィがしぶとくねだり続けているのは、当然の如く食糧であった。

「フォックス〜お菓子買ってぇ〜」
「だーめ。今日の分のおやつは食べたんだろう?」
「そうだけどぉ・・・」

フォックスはフォックスで特に買うものはない。
店から取ったら冷やかしなのだが、カービィがいるなら別である。
カービィのしぶといおねだり攻撃に、フォックスは少々強い口調で言った。

「とにかく、駄目ったら駄目なの!」
「・・・お菓子くれないと空腹で死にそう〜」
「夕飯まで待つんだ」
「ぐ〜きゅるるるる・・・」
「口で腹の音を出さない!」

何が何でもカービィは菓子が欲しいらしい。
あまりのしつこさに、フォックスは深々と溜め息をついた。
しっぽを掴んだり足元をくるくる回ったり。
四方八方からカービィの声が聞こえてきそうだった。

「(とはいっても、ここで甘やかすのはなぁ・・・)」
「フォックス〜・・・」

カービィの声を聞いてか周りの目がちらちらとフォックスを訝しげに見ていく。
何か良い手はないものかと思案している時、フォックスの視界にあるものが入った。

「チョコレート・・・」

ワゴンに積まれた、チョコレートの山。
売れ残りなのだろう、だいぶ安い価格だった。

「そうか、昨日はバレンタインディだったもんな・・・」

リンクが大きなチョコレートケーキを作っていたのを思い出す。
おいしかったな、と思いつつその後で自分だけ特別にもらったのも思いだした。
恥ずかしそうな彼の顔と言葉を思い出すと顔がにやけそうになるのは秘密だ。
あのチョコレートに込められた好意をどのレベルで受け取ればよいのか未だに量り損ねてはいるのだけれど。

・・・それを考えると、ねだってくるカービィに後ろめたい気持ちになってくる。
昨日自分はおやつを2つ食べたことになる。
それは貰ったものとはいえズルイのではないだろうかと。

「フォックスぅ〜お菓子ぃ・・・」

うるうるとプリンのような涙目になって訴えてくる。

「う・・・し、しかたないな。そこのワゴンセールのチョコなら買ってやるよ」
「ホントっ!?フォックス大好きー!」
「ただし、一個だけだぞ」

むぎゅっとしっぽに抱きついてくるカービィを引き剥がした。
さすがにしがみ付かれたままでは歩けない。
引き剥がされたカービィは早速ワゴンの元に駆け寄り、選出をはじめる。

「どれにしよっかな〜♪」
「はぁ・・・早く決めろよ。夕食も近いんだから」
「んーとね、えっとね・・・コレっ!」
「んー・・・うあ゛」

カービィが選んだのはフォックスの拳3つ分ぐらいの大きなハート型のチョコだった。
貰ったら即、食欲を失くしそうなほど大きい。
何気に厚さも十分あるチョコレートにこんなの、作る方も作る方だとフォックスは企業を呪った。

「ね、これがイイ♪」
「・・・了解」

フォックスの声と共に、耳も力を失いぺたりと垂れた。




「ほら、チョコ」

フォックスは会計を済ませた後、カービィを連れて公園に向かった。
まっすぐ帰って、もしリンク達にこの事がばれたらどうなる事か。
少なくとも、良い事はないのでここでカービィにチョコレートを食べさせる事にしたのだ。

「フォックス、ありがと〜」

カービィは巨大なチョコレートを頬張りながら、フォックスに礼を言う。
口の周りに溶けかけたチョコレートを付けつつも、頬張ることを止めない。

「ああ・・・カービィ、皆にはこの事黙っておけよ」
「ほぇ、なんでー?」
「・・・・・・・・・・・何ででも、だ」

正直に言えば己の身の保身のためだが。
そんな事をカービィに言える筈もなく、さらりと流す。

「分かった、ないしょにする!」

にこっと笑い、その口に最後のチョコレートの塊を放り込む。
笑った口に欠片ではなく塊がそのまま入るのはカービィぐらいのものだろう。

「口の周りにチョコが付いてるぞ」

フォックスはティッシュが差しだそうとする。
だがその前にカービィはと口の周りをひと舐めしてチョコレートを舐め取った。
ティッシュが必要ないぐらいにきれいに舐めとられ、フォックスは無言でそれをしまう。

「満足したか?」
「うん」
「じゃあ、帰るぞ」
「はーい!」

そう言って自分の肩に飛び乗ってくるカービィに、フォックスは再度耳を垂らした。
子どもの扱いは上手な方じゃない。
というか子どもは子どもらしく扱いたがる癖がある。
自分が子どもの時はよく大人の前で背伸びをしていたというのに。
カービィが何歳なのか知らないが、子どもを子どもらしく扱うことで自分の過去に甘えを見出しているのかもしれなかった。

「フォックス、マイディぁパぁソン!」
「マイディア・・・」

フォックスは意味を理解して、頭を抱えた。
間違ってはいないが、取り方を間違えるとかなり大変な言葉だ。

「どこで覚えたんだこんな言葉・・・」
「テレビ。意味は分かんないケド」
「・・・下手にそういう事を言うんじゃないぞ」
「はーい」

わかっていないだろうと思いつつも釘を差す。
フォックスはカービィを担ぎ直して、足を進めた。
冷たい風に小枝先の細い蕾が揺れる。
結局、家に着くまでカービィはフォックスにくっついたままだった。




その日の夕飯前。
台所にてリンクはリズム良く包丁で魚をさばいていた。
フォックスはカービィと別れ自室で休んだ後、そろそろ夕食時だろうと台所を覗いた。

「リンク、何か手伝おうか?」
「フォックスさん・・・」

トン・・・とリンクの手が止まる。
フォックスは『あれ・・・?』と背中に冷たいものを感じた。
気が付けばリンクの背から黒いオーラ。
手にある包丁からは殺気が出ていた。

「・・・カービィさんに、チョコレートを買ってあげたんですってね・・・」

台所の温度が10℃ほど下がる。
フォックスの顔は見る見る青くなった。
誤魔化すべきか正直に言うべきか咄嗟の判断を行う。
音速の計算は自分の感覚を信じろ、というある意味無責任な答えを弾きだした。

「ごめん!でもなんで知って・・・」

ダンッ!!

ギロチンの刃が落ちるような音を立てて包丁が振り落とされる。
まな板の上の魚の頭が残飯入れにホールインワン。
若干飛び出た死んだ魚の眼が残飯入れから見えてフォックスはゾッとなる。

「カービィさんからチョコレートの香りがしたのですが本人は言わないの一点張り・・・」

リンクの声がどんどん低くなっていく。
地の底に響きそうな声にフォックスは声すら上げることができないでいる。

「しかたないのでネスさんのPKで読んでもらえばフォックスさんが食べさせたとのこと・・・」
「え、あ、いや、その、俺は・・・」
「・・・後でゆっくり話しましょうね、フォックスさん」

くるりとフォックスの方に向いたリンクの顔はきれいな顔。
だが花のよう、ではなく限りなく般若の顔であった。

「・・・・・・・・・・はい」

震え上がった耳をしっぽは夕飯を過ぎてもその緊張を解くことができなかった。







皆が寝静まった後、フォックスはガタガタ震えながら腕組みしたリンクの前に正座する。
叱られている犬、まさにその表現が似合う風情。
リンクの形の良い唇が真珠のような白い歯を見せて開いた。

「いいですか、フォックスさん・・・」
「(・・・終わった・・・・・)」

フォックスの脳内に駆け巡るこの言葉。
何が終わったかは語るまでもない。
この後小1時間ほど勇者の厳しい説教は続いた。

「あまり甘やかしすぎてはいけません、いいですね!」
「はい・・ごめんなさい、もうしません・・・」

長い説教にフォックスはへろへろになり、苦い表情が固まっている。
反対に怒りを納めたリンクは般若から普段のきれいな顔へと戻っていた。
その顔を見ながら美人の怒った顔というのは本当に迫力があるものだと改めて認識する。

「・・・なぁ、リンク」
「何ですか?」
「My dear person.」
「まいでぃ・・・何ですか?」
「・・・何でもない。カービィが言ってただけ」
「カービィさんが?どういう意味なんですか?」
「知らないってさ。テレビで覚えたらしい」

言葉をはぐらかしてフォックスは微笑んだ。
それでいてリンクが知らなくて残念なような、安心したような心持ちになる。
知っていても単なる『親愛なる人』と捉えられたかもしれない。
だがバレンタインディに貰った特別なチョコレートに、もし特別な感情が込められていたら。
先ほどの言葉は間違いなく『私の可愛い人』という意味で捉えられたであろう。

「・・・そろそろ寝ようか」
「あ、はい

フォックスはリンクより先に部屋を出ながらふと先ほどの言葉を思い直す。
可愛い人だと、彼に素直に伝えられたらいいのに。
だがそう言い切るにはリンクにもフォックスにも判断材料が足りなかった。
あともう一つ、フォックスの背中を押すものがあれば。
きっとこのままリンクを部屋へと帰しはしなかっであろう。

「・・・まさかな」

フォックスはそこまで思い立って頭を左右に振った。
後ろで部屋の電気を消していたリンクが首を傾げる。

「フォックスさん?」
「ん、何でもないよ。じゃあリンク、おやすみ!」
「あっ、・・・おやすなさい・・・!」

フォックスは持ち前のスピードで自分の部屋に逃げ帰った。
リンクの声を背中で聞きながら。
ホワイトディまであと一カ月。
フォックスは閉じたドアに背中を預けながら、リンクへの気持ちを固めなくてはと溜息を吐いた。





                                               fin.





























+メモ+

バレンタインその後のリメイクです。




















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