+初心者のためのバレンタインディ+



何と言って渡せばいいのだろう。
リンクの頭を、その事だけが占めていた。

「フォックスさん・・・」

手の中にはキレイに包装された箱が一つ。
薄セピア色の箱にミルクチョコレート色のリボン。
正方形で平たいその箱からはほんのりと甘い香り。

リンクはそれを弄びながら悩んでいた。
そう広くない台所を行ったりきたりしながら、ぐるぐると回る。
この時ばかりは勇者ではなく好きな相手にどうやってプレゼントを渡そうか悩んでいる、初々しいただの若者の姿であった。


今日がバレンタインデーということをリンクはつい先日知った。
この日は感謝したい人や意中の人にメッセージカードやチョコレートをあげるものらしい。
ならばと思い立ち、大きなチョコレートケーキを作って皆に配って歩いた。
リンクらしい、と女性群から笑われもし、マルスから激しい勘違いをされかけたがなんとか逃げ切った。


――そして、問題は最後の相手、フォックスである。
フォックスは子ども達と一緒にいたので、リンクは怪しまれないよう同じようにチョコレートケーキを食べさせた。
だが、本当にもらって欲しいのはこっそり別に作ってラッピングまでしたこれなのである。

「喜んでくれるでしょうか・・・ああでも何と言って渡せばいい・・・」

はぁぁと勇者らしからぬ溜息が口から洩れる。
物で示す好意の仕方を知らない自分は、これが正しいことなのかもわからない。
自分の想いをどの程度で相手が受け取ってくれるかもわからない。

「でも・・・チャンスですよね・・・」

自分が彼を好いているのだと気付けるまでの時は過ごした。
さぁ、これからどうこの気持ちをどうしたら良いのか悩んでいたのである。
たとえこの気持ちに彼が答えなくても、伝えてはならないとしても、形にできるならしてみたい。
それがリンクなりの恋の表し方だった。

「はぁ・・・。・・・っ!」

ぴく、と廊下から人の気配を感じる。
何故か判らないがとっさにリンクは台所の暗がりに隠れてしまった。
身体が勝手に動いたとも言ってもいい。
ただこの高鳴る心臓の音を誰にも聞かれないようにしたかっただけなのだ。

「リンク?」

台所の入口から現れたのはフォックスだった。
心臓の音が一際高く打つ。

「フォックス・・さん・・・?」

おずおずと台所の暗がりに身を潜めていたリンクは姿を現す。
もっとも慌てて身を隠したせいで彼からはバレバレだったのであろうけれど。

「どうしたんだ、そんな所で」
「あの・・・」

リンクは影法師の様にその場に立ち尽くす。
どうにか落ち着かせるため大きく息を吸い、吐いた。
指先から感じる拍動のせいで、手までもが若干震えてしまう。

「あの、これをっ!」

顔から火が出る思いでリンクはフォックスに箱を渡した。
フォックスは訳が分からない表情を浮かべたまま、その箱を受け取る。

「俺に?」
「はい・・・っ」

リンクはもう一度深呼吸すると、なんとか頭の中に浮かんだ拙い想いの言葉を口にした。

「・・・こ、これはフォックスさんだけに。特別なやつですから!」
「え・・・」
「わ、私の用件はこれだけです!」

そう言うとリンクは疾風の如く台所から飛び出していった。
出て行ったリンクをぽかんと見ながら、フォックスは箱に視線を戻す。
しばらくそれを見やった後、そろそろと包装を解いた。

「・・・・!」

中身を見てリンクがあんな状態だった事に納得がいくのと同時に、心の中に感慨深いものが浸み渡るのが分かった。
箱を見る目、触れる手が喜びという感情を激流に変えていく。
心が一足先に春になったような、花が咲いたような気持ちだった。






「は、恥ずかしい・・・」

リンクは自室で顔を枕に押し付け、横になっていた。

「特別なチョコって・・・気付いてもらえたかな・・・」

気付いてくれなかったらどうしよう。
複雑な想いに、リンクの目尻にはじんわりと涙が浮かぶ。
気付いてほしいけれど、どこかでこの関係が壊れるのを嫌がり気付いて欲しくないと思う心がある。
バレンタインだから、それに格好つけて渡せられる。
自らの重い愛情を、イベントならば薄めることができるような気がしたのだ。
口に出して好きと言えない苦しさが次第に募ってくる。

「ああ、もう・・・」

リンクはしばらく悶々と悩んでいたのだが、気がつけば眠ってしまっていた。
頭が疲れてしまったせいかもしれない。
眠りながら身じろぎした時、ぽた、と枕に小さなシミが出来た。
閉じられた瞳から一粒零れ落ちたそれは、リンクの想いの凝縮であり儚い望みの化身でもあった。

「・・・フォックス・・さん・・・」

寝言で呼んでも、フォックスがリンクの部屋のドアを叩くことはない。
静かな部屋で本人にすら聞こえることなく、その名は消えていった。






翌朝。
リンクは早い時間から寝たのに靄の晴れない頭を乗せ、朝食の準備をしていた。
あれから答えが出ることもなく、しんしんと積もる雪のように己の心を白く染めていく。
できたことと言えばフォックスに気づかれなくてもいいと思えるほど自分は温い想いではなかったのだと確認するだけだった。
フォックスのためにチョコレート菓子を作っていたときが一番幸せであったかもしれないとすら思える。

「リンク、味噌汁噴いてないか?」
「っフォックスさん!?」

突如背後に現れたフォックスにリンクは思わず声を上げてしまった。
フォックス自身はどうかした、と言わんばかりの平素の顔でコンロの火を止めている。

「あ、あの・・・っ」
「おはよう、リンク」

フォックスのいつもと変わらない挨拶。
この瞬間、絶望に似た落胆がつららの如くリンクの心を突き刺した。
やはり気付いてもらえなかったのかと、希望を諦めたように力なく笑みを浮かべる。

「あーそのな、リンク」
「はい・・・・?」

何故かそわそわし、言いどもる。
まるで昨日のリンクのような状態だった。

「その・・・昨日はチョコありがと。嬉しかったよ・・・えっと・・・ホワイトデーはちゃんとお返しするから!」

フォックスはそれだけ言うと、そそくさと台所から出て行った。
残されたリンクは、フォックスの後を追いそうになって、なんとか踏みとどまった。
ホワイトデーとは何なのか、いつなのかもリンクは知らない。
だが、今追うべきではないのは確かに分かった。
なぜなら、彼の顔が真っ赤だったからである。
ひょっとしたら昨日の自分の顔もあんな感じだったから彼は部屋に現れなかったのじゃないか。
そう思えるぐらいだった。

「・・・待っていますよ、フォックスさん」

リンクはやんわりとした笑みを浮かべ、フォックスが去った後を見る。
先ほどまでの悲劇は一転して喜劇へと変わった。
自分の心の中に咲いた花が折られずすんだ、そんな安心感に浸る。
リンクは晴れ晴れとした気持ちでホワイトデーなるものを楽しみに待つことにした。

















                                       fin.














+メモ+
前サイトの『バレンタインディその前』のリメイクです。



















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