+空のない場所+
グレートフォックスに搭乗して約2ヶ月。
ファルコは自室の電子カレンダーの示す日付を見て溜息を吐いた。
「はぁ・・・溜まってんな・・・」
沈むようにベッドに座りこみ、2ヶ月前に一緒に持ち込んだ雑誌を手に取る。
そこには魅力的なスタイルの女性が何人も、あられもないポーズで写っている。
だが正直、見飽きたものである。
表紙の角が丸くなったそれをベッドの端に放り投げ、仰向けに倒れこんだ。
ここまで女性と離れた事はなく、身体が落ち着かなかった。
よくよく考えてみれば自分がヘッドを務めていた時、女に困った事がなかったのだ。
セックスの味を占めている健康な10代には、色々困りものである。
「(もうこの際ヤれたらいい、顔もスタイルも妥協する)」
今までヘッドとしてより好みできる立場だったが、今は男だらけの船の上。
いい加減自分を騙しつつ慰めるのにも限界がある。
ペッピーは妻いる上にそれなりに年齢がいっているから自制もできるだろう。
10代のスリッピーはというと、稀にいる研究や勉強に没頭してそれほど強い性欲を持たないタイプだった。
一度定年過ぎたおっさんかよ、と笑ったことがあったが彼の研究や発明を見て閉口せざるを得なかった。
あんなに多くの機械いじりをしていれば、そりゃ女抱く体力がなくなる、と。
元より草食系と虫系である。食糧的にも性なんかつくタイプではない。
ならば、我がリーダーはどうであるか。
アカデミーを出たばかりの若い肉食系男子ではある。
だが、彼は驚くほど女性に奥手で、なおかつかなりの面食いであるから余計始末に負えなかった。
『美人』が好きらしい彼は、テレビに映る女優のベッドシーンに真っ赤になっていた事は記憶に新しい。
つまり、例えここでファルコが女性が足りないと言った所で特に困る人がいないということだった。
「軍隊かよここは・・・」
軍なら軍で同性愛を許可してる分、多少性欲の満たし合いもあるだろう。
若く、やろうと思えば疲れていようが毎日でも交合を行えるファルコに今この状況は、辛い。
「結局今晩もこれか・・・」
放り投げた雑誌をもう一度手に取り、夢精を防ぐための行為を決意する。
窓の外は何度見ても暗い宇宙で、今の虚無感を同じ光景。
「コーネリアに行ったらぜってぇ女買おう・・・」
持て余す性欲に溜息をひとつ吐いた瞬間。
「ファルコ、いる?」
コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
こんな時にお出ましかよ、とリーダーの登場に苦笑する。
「いるぜ、どうした」
ドアのロックを解いて開いた先には、お盆にコーヒーを乗っけたフォックスが立っていた。
「お邪魔します」
「ここはお前の艦だろ」
「でもファルコの部屋じゃないか」
へらへらと笑いながらテーブルにコーヒーを置き、そのひとつをファルコに渡す。
そのままテーブルに寄り掛かる形で立ち、イスに座る気はないらしい。
「どうした、こんな時間に」
時計を見れば23時。
そろそろ寝る時間だ。
「いや、その・・・ファルコ、グレートフォックスに来てもう2ヶ月だろ」
「そうだな。なんだ、新しい任務でも入ったか?」
「それはまだなんだけど・・・その、どうかなって」
熱いコーヒーをちびちび飲みつつ、フォックスが問い掛ける。
「どうって・・・ここの生活か?」
「うん・・・その、不便とかない?」
ないと言えば嘘である。
だが、言った所で女を艦に乗せるわけがない。
「ま、これぐらいか」
テーブルに先ほどの雑誌を投げる。
パラパラと捲れるページに、フォックスの頬が赤く染まった。
「え、あ、そ、そっか・・・」
純情な少年をからかう意地悪な笑みがファルコに浮かぶ。
「ま、これはコーネリアにでも戻った時に自分で買ってくるからな」
淹れてもらったコーヒーを一口飲む。
いつも自分が淹れるのと同じブラックである事に満足した。
「うん・・・ごめん、さすがにコレばっかりは・・・」
「他のメンバーもこういうのに興味薄いんだからしょうがねぇよ」
「な、なるべく近い内にコーネリア寄るから」
苦笑いのフォックスに気を使われている自分の方が何故だかいたたまれない。
ファルコはなぜここまでこいつは平気なのかと、疑う視線を向けた。
「フォックスは女がいねぇでよく平気だな」
「俺は・・・えっと・・・リーダーだし」
フォックスは両手の指先を合わせ、手掌は接けずそわそわと指を動かす。
考える際の意味のない行為だ。
「・・・リーダーってのは関係ない気がするけどよ」
「まぁ・・・いつか経験することかもしれないし今は別にいいかなって感じだから」
「そう言ってると本当に童貞で人生終わっちまうぜ」
初心なリーダーはそれは嫌だなぁと笑う。
フォックス自身、確かに顔は良い。
まだ子どもの顔つきだが目鼻の筋が通っているおかげで美形の方である。
スタイルもアカデミーで鍛えられたであろう、均整の取れた身体だ。
頭も悪くない、それどころか他の奴より秀でている。
案外引く手数多なタイプじゃないか、とハタと思い当たった。
「なんだよ、そんな人をまじまじ見つめて」
「いや、性格次第でお前結構モテるんじゃないかと思っただけだ」
「そう?・・・・・いや、性格次第ってなんだよ!」
はっとファルコの一言に頬を膨らませて突っ込む。
「だってお前、付き合うとなったら絶対真剣になるだろ」
「そりゃ好きで付き合ってるんだから真剣に愛さないと」
「お前の顔なら遊び相手なら幾らでもできそうだけどなぁ・・・」
「そういう軽率なお付き合いは嫌だ」
潔癖な彼はぷいと顔を背けてしまった。
あまりにも素直は反応につい意地悪に拍車がかかってしまう。
「じゃあフォックスにもそういう本、買ってきてやろうか?」
「い、いいよ!・・・昔友達にもらった事あるけど・・・それ父さんに見つかって、父さんが卒倒しちゃったし」
「・・・はぁ?」
母親が思春期の子どもの部屋でエロ本見つけてショックを受けるというのは聞いた事がある。
だが、父親が見つけてショックを受けると言うのはどうしたことだろう。
「なんか、俺がそう言う本見てたのショックだったみたい。なんかその時の罪悪感がすごくてさー・・・」
ちょっとトラウマなんだ、と眉尻を下げて溜息を吐く。
フォックスの父は大分フォックスを可愛がっていたようだが、まさかそれ程とは。
ぽかーんと開いたままのファルコの口が塞がらない。
「・・・じゃあお前どうやって処理してんだよ・・・」
「え・・・空腹の時にお風呂入ってそれで・・・」
そうか、空腹の時はより性欲が出るからな、と妙に冷静になってしまったファルコの心が呟く。
ということは肉体の極限をわざわざ作りだして抜いているということだ。
「難儀だなフォックス・・・」
「トラウマ思い出すより良いさ」
まるで軍の寮生活並じゃないかとファルコは眉を顰めた。
自分ならば考えられない。
確かに女性のように一カ月待てば自然と出てくるものではない。
強制的に出さなければ起床時に大いなる恥を伴うだけに、フォックスの努力が痛々しく思えてしまう。
「まぁそう思えば逆に経験がないのが救いなのかも」
「変な所でポジティブだな」
「だって知らないけど気持ち良いんだろ?」
「まぁな」
手慣れた女であれば簡単に快楽を得られるものだ。
流石に楽に腕が入るほどが使い込まれたのには抵抗があるが、あの柔らかい肉と熱は良いものである。
思い出すと反応しそうな自身に慌てて思考を散らした。
「キスでも気持ち良いものなのか?」
「・・・お前キスもした事ないのかよ」
「性的なのはな。だって女子と付き合ったことがないし」
「悪くはねぇけど。下手な奴は下手だな」
段々猥雑なトークになってきている。
年頃の男の会話など大体こんなものだよなぁと変に感慨深く思ってしまう。
それでもフォックスの元々の性格のせいか、大分程度の軽い上辺っ面の話のみだ。
「さくらんぼの茎結べる奴が上手とか」
「要は舌の器用さってことだろ」
「へぇ・・・なんか、女の子と付き合ってもエスコートできる自信なくなってくるなぁ」
「大体の女もする内容は知ってんだからいいだろ別に」
今時男に抱かれる時にされるがままの女なんているのだろうか。
こうも簡単にセクシャルな情報が手に入りやすい時代である。
望んでマグロならともかく、貞淑というかそう知識の薄い女性もいないだろう。
「え、女の子ってそういうの知ってるの!?」
場馴れしているファルコは、フォックスの女性に対する純潔さに思わず吹き出しそうになった。
「バーカ、女の方がよく知ってるっての」
「マジで・・・うわぁ、なんか夢壊れた」
男女平等の世界で何を言っているんだか。
ファルコはコップに残ったコーヒーを飲み干し、フォックスに渡す。
コップをテーブルに置きつつ、フォックスはまだ打ち砕かれた理想の感傷に浸っていた。
「そんなにショック受けることかぁ?」
「だってもしキスした時自分の方が下手だったらへこむじゃないか・・・」
「練習でもすればいいんじゃねぇの?」
アホらしいと鼻で笑うファルコにフォックスはポンと手を打つ。
ばっとファルコの前に迫り、きらきらと翡翠の瞳を輝かせた。
「そっか!練習すればいいんだ!」
「は・・・?何、俺ですんのか?」
「え、ダメなのか?」
真面目もここまでくればうっとおしいものである。
ファルコは付き合った女と練習すればいい、という意味で言っただけだ。
「お前、普通に考えて男は男とキスしねぇだろ」
「そうなのか?」
こてん、と首を傾げるフォックスにファルコの顔が青ざめる。
「フォックス・・・お前まさか男と・・・!?」
「父さんとならいっぱいしたよ?」
ファルコは俺はお前の親父じゃない!と叫び出すのを何とか堪えた。
そんな親子の情で行うキスと男女のキスは違う。
「な、1回だけ。上手か下手か判断くれるだけでいいから」
フォックスは至って冷静だ。
健康診断と変わらないノリで結果だけを求めている。
「つっても俺だって野郎とキスなんざ・・・」
「駄目か?」
不安げな顔で上目遣い。
整ってる顔だけに恨めしいアングルだ。
女性を食い散らかしてきた辺り、ファルコ自身面食いだったと思い出す。
どうせ、キスと言っても唇がちょんと当たる程度だろう。
回し飲みやら何やら散々してきた訳だし、すぐ口を拭けばいいだけだ。
「・・・1回だけだぜ」
「了解。じゃ、行くぞー」
やれやれと瞳を閉じた。
案外躊躇いなく触れてきた唇に身を引き掛けるが、どうにか留まる。
ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて、思った通り子どものキスだと思った瞬間。
ちゅる、とやけに艶めいた音を立ててフォックスの舌がファルコの口内に入り込んだ。
「っ!?」
「ん・・・」
あっさり歯列を割り舌を下蓋から掬い取って自分の下に巻き込み、こちらの舌を伸ばさざるを得なくなる。
そのまま優しく包んだファルコの舌をフォックスの唇で吸われて、ぢゅっと大きな音が立った。
「・・・は、どう?久々だったからちょっとアレだけど」
「どう?じゃねぇよ・・・こんなん、本当に親父とやってたのか?」
「父さんの方がもっと丁寧だったかな。たまに舌がこのまま食べられちゃうんじゃないかって思った事もあるけど」
呑気に顎に手を当てて思い出すフォックスに、ファルコは唇を親指で拭いながら深く溜息を吐いた。
何気にフォックスは父親から一人で生きる術を叩き込まれている。
だがそれにしたっておかしい。この狐の親子は親も子もおかしい。
本人に言えば否定されるだろうが、世間一般の親子はあんなキスをしない。
「で、どうなんだ。俺下手?上手?」
「あー・・・予想外だが、上手だ」
「予想外って・・・ファルコ、何にもして来ないから焦ったよ」
「それはまさか舌入れてくるとは思わなかったからだ!」
「だってバードキスしたって別に気持ち良くないだろ?」
バードキスとはその字の如く、唇を嘴にして鳥が行うちょんちょんとした軽い口付けの事である。
肉食獣らしく犬歯を見せて笑うフォックスに、無性に悔しい気持ちが湧き上がる。
ぐっとフォックスの腕を掴み、ファルコが少しむっとした表情で詰め寄った。
「じゃあこれはどうだ?」
「え・・・?・・・っんん!」
ファルコがフォックスの唇を包み込み、口内の空気を奪う。
突然の事に肩を跳ねさせ、咄嗟に胸を叩くがファルコは動じない。
唇の周りを汚すように舐め、じゅるじゅると吸い上げた。
次第にフォックスの舌が応戦してきて好き勝手に動かないよう絡みだしてくる。
長く深い口付けの後に解放してやれば、へなへなとフォックスは床にへたり込んだ。
「うわ、なんかぞくぞくってきた・・・」
彼のしっぽだけがぴんと張った威嚇状態。
それ以外では頬は赤いは目は潤んでいるは口の周りはだらしないはで大変な状態だった。
「俺のはどうだった?」
「分かんないけど・・・上手だと思う・・・」
なんか心拍数上がったよ、とへたり込んだままのフォックスが唇を拭きながら言う。
見下ろすその顔は可愛い。
元々庇護欲をそそる奴である。
なのにあの口付け。危ういバランスでこちらの欲情を蒸し返された。
「じゃあファルコ、俺はもう――っわ!?」
立ち上がるフォックスを、無意識にベッドへと引き倒す。
見開いた翡翠の瞳に小さく開いた唇から覗く淫乱な舌。
溜まりに溜まった狂暴さが溢れ返る瞬間だった。
「ファルコ!何をする!?」
「あー・・・下の健康管理?」
「何バカ言って・・・っ!」
フォックスの足にファルコの芯のできかけたものを当てる。
びくりとフォックスの身体は竦んだ。
「じっとしてりゃいいから」
「やだ!待ったファルコ!やめ・・っ・・・」
もうどうにでもなれ。
肉体の欲が理性の勝る瞬間だった。
セックスは挿入と射精だけではないというものの、それは『愛のある行為』と御大層な名目をつけるせいだ。
満たすだけなら、それだけでいい。
相手への愛撫は自分がより気持ち良くなるためだ。
「あ、ん・・・うぅ・・・あ、あ・・・・」
「フォックス・・・」
限界まで開いた足の間に滑り込んで揺さぶる。
秘所を埋められ、泣き喚いていたフォックスはいつしかしっぽすら跳ね上げるのも億劫そうになっていた。
今では艶めかしい吐息を熱に浮かされた顔で小さな喘ぎと混ぜて吐くのみである。
「は・・・あ、あっ・・・ファル・・コ・・・まだ・・・する・・の、か?」
べったりと濡れた己の下腹部が気持ち悪いらしい。
ちらちらとそこに視線を落として眉を顰めている。
身体の相性が良かったおかげでファルコとしてはもう少し甚振っていたかったのだが、そうもいかない。
「じゃあこれで最後にするぜ」
するりとフォックスの頬を顎から撫でて耳に触れる。
最後という言葉に安心したのか、ほぅとフォックスの唇から吐息が零れた。
それを見計らってファルコが腰を揺らめかす。
カク、とフォックスの白い喉が仰け反ってぽたぽたと涙を零した。
「んっ、うっ、あ・・・あっ・・・!」
女と違い、胸板は平べったいし、脂肪の柔らかさは無い。
硬い身体ではある、けれど柔軟で柔らかい身体だ。
ほっそりした腰を捕まえてガツガツと突き上げれば、弄られた肌が汗を滴らせる。
「ふっ・・あっ・・・あ、あ、やァ・・っ」
締め付けてくる内は今まで味わった事がないぐらい気持が良い。
フォックスの足の間はすでにぐちゃぐちゃに濡れており、今もなお先走りを零している。
思いの他、淫乱の素質があるじゃないかと喉の奥で笑った。
「ひぅ・・っ・・やっ・・もう・・・早く・・っ!」
息使いは激しく走った後に似ている。
身体の投げ出し様は仕事で疲れきってぐったりとソファーに沈み込んでいる時に似ている。
この声だけは――初めて聞くのに無性に耳に心地よかった。
可愛らしい、と経験の浅いリーダーを見る目がファルコの中で移ろいつつあった。
「ファルコ・・ファル、コ・・・!イきそ・・ッ!」
ファルコの腕に縋りついて終わりの開放を強請る。
妖しく濡れた瞳にここまでそそられた事はない。
ファルコはフォックスの奥を貫きながら彼のものを上下に擦って愛撫した。
耳の先から爪先まで、フォックスの身体が反り返る。
「ァ、あー!やっだ・・ァ、イく・・っ、ん、ああぁぁァッ!」
「っ!・・フォックス・・・・・」
ゾクゾクとお互いに背筋を震わせるほどの快楽を感じて蜜液を吐き出した。
「(やだ・・・何か産みつけられてるみたいだ・・・)」
ぽろぽろと涙を流す顔を手で隠してフォックスが身体を捻る。
しゃくり上げて泣かれるかと思ったが、声も無く打ち震えていた。
「・・・フォックス」
「な・・・もう、抜け、よ・・・」
可哀想なほど震えた声に口付けをしかけたファルコの動きが止まる。
互いに無言の、シンと静まり返った空間が生まれる。
その中で、頬を伝って砕け散る涙の音をファルコは初めて聞いた。
蹂躙した者を映した翡翠の瞳から、次から次へと冷たい水晶のような雫がシーツに染みを作っていく。
「ん・・・」
ずる、と涙の音を打ち消すように粘着質な音が響いてフォックスの内から引く抜かれた。
のろのろとフォックスは顔を歪めながら起き上り、服を拾って簡単に羽織る。
「・・・おやすみ」
「・・・フォックスッ!」
叫んだ時にはフォックスは部屋から逃げるように走り出していた。
再度静かり帰った部屋に声は無く、苛立つように小さく煙草を点ける火の音だけが声を上げた。
2へ