+俺が守るのはお前じゃない お前の信念と志だ+
『自分』は正義のヒーローではない。
『彼』も正義のヒーローではない。
だがどちらも悪ではない。
『彼』は例え自分の身が泥で汚れても、強い信念を輝かせていた。
その志は水晶の様に透き通った気高さを持っていた。
ただそれらは、『自分』の目からはひどく脆いものに見えて。
――守ってやらなくては。
そう思えるほど、他人に穢されるには惜しい輝きだった。
宇宙空間を泳ぐグレートフォックスの艦内。
アーヴィンから降りたフォックスはのろのろと皆の待つ部屋へ向かった。
先程の任務で相当疲れたらしく、しっぽすらはためいていない。
俺はいつもより歩幅を縮めて、フォックスの後を追った。
先に行けば、フォックスが廊下で倒れそうな気がしたからだ。
部屋のドアまで来て、ドアは機械音を立てながら自動で開く。
フォックスの後に続いた俺は、危うく自動ドアに挟まれそうになった。
「っはぁ〜・・・久々に骨のある仕事だったな〜」
部屋に入ってすぐ、フォックスはどさりとソファーに落ちる。
俺もフォックスの向かい側のソファーに腰掛け、羽を伸ばした。
「お疲れ〜フォックス、ファルコ」
「ご苦労じゃったの、2人とも」
スリッピーとペッピーが椅子ごと回転してこちらを向く。
先程の任務、出撃したのは俺とフォックスのみ。
スリッピーとペッピーはグレートフォックスでの待機だった。
「予想以上に・・・敵が多かったよ」
ふぅと溜め息を吐きながらフォックスは天井を仰いだ。
今回はフォックスが敵を引きつけてる間に、俺が敵基地の情報を取ってくる分担作戦。
だがフォックスが言うように予想以上に敵が多かったのだ。
俺が情報を得る間、フォックスは時間稼ぎをしながら必死にブラスターを連射していた。
疲労するのも、無理はない。
「もーちょっとファルコの救援が遅かったらやばかったかも」
ずるずるとソファーを滑りながら、フォックスは俺に苦笑を送る。
俺はそんなフォックスから目線を逸らしつつ、そうか、と短く答えた。
戦闘でできたのだろう、フォックスの顔には幾つか小さな擦り傷があった。
「スリッピー・・・後でアーヴィンの調整を頼む・・な・・・」
「了解〜」
「ん・・・頼むな・・・」
フォックスの視線がふらふらと彷徨う。
俺は眉を顰め、フォックスの前に身を乗り出した。
「・・・おい、フォックス・・・大丈夫か?」
「ぅ・・ん・・・・・」
とろんとしたフォックスの声に、違和感を感じた時には遅かった。
フォックスは脱力して、くぅくぅと寝息を立てていた。
なんとも寝付きがいい。・・・・・・感心してる場合じゃない。
「あー寝ちゃった。ファルコ、運んであげなよ〜」
「ファルコ、フォックスが風邪引く前に頼んだぞ」
「・・・俺が運ぶの前提かよ」
俺も疲れてるんだが。
結局スリッピーもペッピーもフォックスに甘い。
起こそう、という気は無いようだ。
「しょうがねぇな・・・」
へらりとした顔で寝こけているフォックスの身体を肩に担ぐ。
軽い。
身長差もあるだろうが、ひょっとしたら50キロも無いんじゃないかと思うぐらい軽い。
ともあれ、フォックスを自室まで運ばなくては。
フォックスの疲れは大きかったらしく、手荒く扱っても起きる気配は無いかった。
「俺も、もう休むぜ」
「うん、お疲れ〜」
「おやすみ」
フォックスを担いだまま、部屋を出る。
例えフォックスが起きた時に担いだことを言っても、フォックスは動じないだろう。
せいぜい、世話をかけたとか、ありがとうとか言うぐらい。
俺自身、特別何か言って欲しいわけじゃない。
ただ、ただ何か。
俺がフォックスから言われてもおかしくない事を、今日は言っていない。
それが心に引っ掛かる。
些細なこと。些細なことなのだが。
「――と、行き過ぎた」
考え事をしながら歩いていたらフォックスの部屋の前を通り過ぎた。
踵を返して、フォックスの部屋に入る。
相変わらずきれいに整理された部屋。
ライトを点け、フォックスをベッドに転がした。
担がれたり転がされたり。それでもフォックスは起きない。
「・・・ったく、よく寝てやがる」
それだけ疲れていたということか。
フォックスはリーダーとして重い荷物を背負った。
その心労もあるだろう。だが不憫だとは思わない。
それはフォックスが選んだことだろうから。
「けど、こっちの身にもなれってんだ」
フォックスは、どこか脆い。それなのに脆い時に自分を隠す。
他の人の前で矜持を折らないのは、志したものがあるからなんだろう。
きっと俺では踏み込むことも出来ない、信念があるからなんだろう。
そんなのだから、たまには頼れ、なんて柄でもない考えが頭に浮かぶ。
スリッピーほど露骨に助けを求めろとは言わない。それで信用を買えとは言わない。
ただ。
「ん・・・ファルコ・・・」
「フォックス、起きたか?」
「んんー・・・・あかり、消してぇー・・・」
どうやらライトが眩しいらしい。
枕に顔を押し付け、耳を垂れさせている。
やれやれという代わりの溜め息を吐きながら、俺はライトを消した。
辺りがふっと闇に包まれる。
「今日はもう休めよ。じゃあ、俺はもう行くぜ」
フォックスの布団を掛け直して(俺はどこのオカンだ)俺は足先をドアに向ける。
ドアまであと1歩、というところでフォックスに呼び止められた。
「ファルコぉ・・・今日・・・助けてくれて、ありがと・・・な」
「あぁ?何言ってんだ今更」
違う。俺が言って欲しいのはこれじゃない。
「ん・・・そうだな・・・助けに来るなら、今度はもっと・・・早く来い・・・」
ああ、これだ。
この可愛らしい憎まれ口。
精一杯の矜持をほんの少し緩ませた文句。
「じゃあ、助けを必要としなくなるぐらい強くなりやがれ」
フォックスはへにゃりと笑うとまた夢の世界に沈んでいった。
俺は静かに部屋を出て、自室に向かう。
いつか、フォックスは助けが必要ないぐらい強くなるだろう。
それまでは、俺はあの憎まれ口を聞き続けていよう。
それからは、男として共に生きる道に選べばいい。
きっと今の内だけなのだ。俺がフォックスを守ってやれるのは。
「何回だって助けに行ってやるよ、フォックス」
『彼』の信念が泥に塗れて穢れないように。
その気高い志は淀んでしまわないように。
いつか『彼』が手を放しても大丈夫なぐらいの強さを手に入れるまで。
それまで、『自分』は『彼』の輝きを守り続ければいい。
その輝きに、『自分』は惚れたのだから。
fin.
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