+約束をしよう、それはとてもはかないものかもしれないけど+
静かだった。
目の前には写真立てに入った一枚の記録。
生きていたという証。存在していたという証。
もう、会えないという証。
「明日の朝にコーネリアを発とう」
グレートフォックスでの朝食時、皆に告げる。
告げるといっても前々から決めていたことだけど。
「だから今日は各自自由にしていいからな」
もふっとイチゴジャムを塗ったパンを頬張る。甘くておいしい。
だがそろそろビンが空になりかけている。買ってこなきゃな。
「おいらは部品を買ってもらってくる〜」
ロールパンをはむはむしながらスリッピーが答える。
頬いっぱいに詰めているのに一体どうやって喋っているんだか。
いつもの事だけど。
「買ってもらう?・・・買うじゃなくて?」
パンを喉に通してからスリッピーに答える。
「親にたかるんだよ〜」
嗚呼、可愛そうにベルツィーノさん。
その部品の大部分は艦内の補修をしています・・・。
「フォックス、お前はどこか行くのか?」
ブラックコーヒーをすすりながらファルコが訊ねる。
いい加減、朝食をそれで済ますのはやめた方がいいって言ってるのに。
・・・お酒じゃないだけマシだけど。
「んー俺は墓参りに行ってくる」
お墓。本当に入っているのは母さんだけだけど。
「ファルコは?」
「・・・街でぶらぶらしてくるぜ」
「あ、じゃあイチゴジャム買ってきてくれ」
「そのぐらい自分で買え」
確かに、ファルコみたいな男がイチゴジャムを買う光景は笑いが出る。
・・・本当の所、元チームの仲間にそんな所を見られたくないだけだろうけど。
「ご馳走様。じゃあ俺行ってくる」
俺は口の周りを拭いて椅子から立ち上がる。
それから早足で自室に戻った。
俺の頭は何の花を買うかでいっぱいで、後ろでファルコに呼ばれたのは気がつかなかった。
「んー・・・日差しが強いから帽子被っていこう」
自室で私服に着替える。
私服と言っても一応墓参りに行くのだから黒ずくめの服装。帽子も黒のキャップケット。
考えた末、買っていく花は白系の墓に供える花にすることにした。
部屋を出て、食堂を見たがファルコ達はもういなかった。
代わりに廊下にペッピーがいたので『行ってきます』と言って俺は出た。
『あんまり遅くなるんじゃないぞ』という言葉を背中で聞いた。
「前に墓参りしたの、いつだっけ・・・」
少なくとも、1年以上前の事ではなかったと思い出す。
忙しい時はついつい時間の感覚がおかしくなる。
3年以上参らなかったら天罰が下るんだっけか。
そんな事を考えながらぼんやりと花屋に行ってちょうど思い描いていた白い花があったので買った。
本来なら咲く前の花を買うのだが、墓参りの時はすでに咲いた花を買う。
俺はその花がどうやって散っていくのかも知らないから。
せめて咲き誇っている花を飾りたかった。
花を肩に担いで道路沿いの道を歩く。
多少ちらほらいる人が俺を見るときがあったが、すぐに目をそらす。
確かに今時デートに花を持ってくる男なんていないだろう。
デートでない上この格好ならば、墓参りぐらいしか思いつかない。
俺は黙々と墓場へ、足を進めた。
墓地は若干丘の上の方にあるせいか、風が強かった。
帽子が落ちないよう片手で押さえながら、俺は墓を探した。
「えーっと・・・あったあった」
幾つも並んだ墓の左奥に、それはあった。
『マクラウド』と彫られた十字架の墓。
花を添えて、祈りを捧げた。
「母さん、久しぶり・・・」
俺の言葉はいつもここで一度途切れてしまう。
『父さん』と、言いたくなくて。言う事ができなくて。
「俺は元気だよ。まだローン払い終わらないけど、楽しくやってるよ。皆と一緒に・・・」
今まであった事をゆっくりと断片的に母さんに語る。
この事を聞いて、母さんが天国で笑っているか泣いているかは分からない。
ひょっとしたら父さんとそっくりねって笑っているかもしれない。
ひょっとしたら俺を叱りたがっているかもしれない、このバカ息子、とか言って。
「母さん、父さんってどこにいるんだろうね・・・」
これはいつものセリフだ。
母さんなら父さんがどこにいるか知ってそうだったから。
もちろん、答えてはくれない。
「じゃあ、俺は皆の所に帰るね」
時は既に夕暮れ。風も冷たくなってきた。
俺は墓に背を向けて、歩き出した。
誰もいなくなる墓地が、少し切なく感じてしまう。
「あ・・・」
目にごみも入っていないのに、手が勝手に瞼を触る。
手が濡れるのが、ちょっと分かってしまった。
「っ・・・ぅ・・・」
頬を伝う前に涙を拭う。
喉の奥から形のない塊が湧き上がる。
「ふ・・・ぅ・・・っ!?」
ぽん、と帽子越しに掌を感じた。
この掌が父さんならいいな、と思うけど、現実はそんなに甘くない。
顔を伏せているせいで足しか見えないけど、俺はこの手が誰なのか知っている。
「・・・何?」
「・・・・・・・」
「つけてたのか?」
「・・・・・・・・」
「ストーカー」
「違ぇだろ、アホ」
「アホって言うな、アホゥ鳥」
「泣き虫が。そういうセリフは鼻かんでから言いやがれ」
ハンカチを顔に押し当てられて、俺はもがもがと暴れた。
俺の涙はそのハンカチに吸われて、ほとんどなくなった頃にようやくハンカチをのけられる。
「ファルコのらんぼーもの」
「優しくしたらお前気持ち悪がるだろ」
「だって気持ち悪いし・・・いたっ!」
頭を叩かれた。
やっぱり乱暴者だ。
「フォックス、お前は・・・」
「何?」
「・・・なんでもねぇ」
「ちゃんと言え」
「・・・親父に会いたいのか?」
「本当にストレートだね」
「言えっつったのはお前だろ」
ファルコはぷいと俺から顔を背けて空を見る。
その様子に、俺は大きく息を吐いた。
「・・・父さんが生きていたとしても、俺には会ってくれないから」
「・・・なんでだ?」
「俺に会わす顔が無いのかもしれないし、記憶が無くなっているのかもしれないし、もう・・・」
「フォックス・・・」
「でもいいんだ・・・俺は・・・」
また目頭の熱が上がる。
ヒクっと喉が鳴ると同時に、急にファルコに抱きしめられた。
それに驚いて、溢れかけていた涙が出損なってしまう。
「これ以上泣いたら目ぇ腫れるぞ」
「泣いてないよバカ」
「バカって言うな。・・・フォックス、もし親父さんが生きていたら・・・」
「え?」
ごにょごにょとファルコが歯切れ悪く喋る。
その内容に、つい笑ってしまった。
「笑うな」
「ご、ごめん・・・だってなんか嬉しくって・・・」
俺の言葉に抱きしめていたファルコの腕が緩くなる。
俺は少し身体を傾けて、ファルコに寄りかかった。
「父さんが生きていたとしても、今のスターフォックスのリーダーは俺だから」
ファルコの体温の方が俺より低かった。
「俺は黙って消えないから」
「・・・頼むぜ、リーダー」
さっきよりもきつく、フォルコに抱きしめられる。
俺は消えないでいるという、はかない約束をした気がした。
「あ、俺イチゴジャム買ってくるの忘れた!」
夜に近い夕暮れの中、グレートフォックスに戻る途中、はっと思い出した。
慌てて街に戻ろうとする俺に、ファルコが待ったをかける。
「ほらよ」
「え・・・わわっ」
わたわたしながら受け取ったのは2瓶のイチゴジャム。
「ファルコ・・・」
「っ早く帰るぞ!」
ファルコがさかさかと早足で歩いていく。
俺はその背に向かって、飛びつくように跳躍した。
fin.
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