+Night☆Called+
ピーンという軽い電磁音を立てて部屋の時計が0時を示す。
フォックスは一人、ベッドに座ってテレビを見ていた。
22時からやっていた映画も終わり、特に見るものもなく電源をオフにする。
そのままリモコンを放り投げ、ベッドにどさっと倒れこんだ。
見慣れぬ天井とライトが目に入る。
「暇だなぁ・・・」
消耗品の買い出しのため、久々にコーネリアに降り立った。
メンバーは各々の予定があるため滞在時間を3日と決めた。
今日がその最終日の夜である。
明日は早くにグレートフォックスに乗ってあの暗い空へと戻るのだ。
コーネリアで済ます用事は全て終わり、フォックスは本当に何もすることがなかった。
パペトゥーンの実家ならまだ暇つぶしの道具があるかもしれないが、3日の滞在でいちいち戻るのもめんどくさい。
結局コーネリアの安い宿泊施設で寝泊まりしていた。
「皆今頃何してんだろ・・・」
大体予想は着くし、明日会えば何してきたかも多少は語るだろう。
フォックスに至っては買い物と図書館に行っていた、としか言いようがないけれど。
シン・・・と静まり返った部屋なのに、その静けさが逆にうるさく感じてしまう。
こういう空気を昔はよく触れていた。
「昔のことだよなぁ・・・」
指折り数えて思い出す、父親がいた頃のこと。
僅かな時間をジェームズと過ごし、また宇宙へと出て行った後の夜に似ている。
自分の周りが妙に静かな気がして落ち着かない気持ち。
ごろりと寝返りを打つ。
この時間帯ではロビーやコンビニに行く気すらしない。
何気なしに普段腕に巻いている通信機を掴み、軽くメニューボタンを押す。
薄緑色した半透明のパネルがぱっと目の前に浮き上がった。
新着メッセージも、未読の受信メッセージもない。
「・・・電話でもしてみるか」
メニューをスライドさせ、『ファルコ・ランバルディ』の所でパネルを叩く。
トゥルルル・・・と同じ音が3、4回返ってくる。
「まだ遊んでるのかなぁ・・・」
そう呟き、切ろうとした瞬間に相手の声が返ってきた。
『もしもし?』
「あ、もしもし、ファルコー?」
『フォックス、どうした』
「あー・・・特に用は無いんだけど。ファルコ今も飲み会してるのか?」
グレートフォックスを降りる前、ファルコは昔の仲間と飲みに行くと言っていた。
まさか3日間続けて、なんてことはないと思っていたがファルコならやりかねない。
『いや、0時前に解散した』
「早かったな、じゃあ飲み過ぎは無いね」
『昼から飲んでたけど飲み過ぎちゃいねーよ』
「昼からって・・・今何してんの?」
会話機能だけにしているのだろう、相手の顔がパネルに入ってこない。
ただなんとなく聞こえる背後の音からするに、まだ街中にいるようだ。
『西のメインストリートを歩いてる』
横断歩道のメロディが僅かに聞こえた。
メロディは各場所ごとに分かれているため、大体の位置が知れる。
「誰かと一緒?」
『いや、俺一人だ』
「仲間たくさん来てた?」
『まぁ結構いたな』
「あんまり大人数だと、飲み屋入れないんじゃないか?」
『そこまでは集まってねーよ。さっきのに至ってはいたのが4、5人ぐらいだしな』
「皆暇だなぁ」
『他の奴らは途中でリタイアだ』
ファルコの軽い笑い声と呼吸音が聞こえる。
酒が入って機嫌が良いのか、つらつらと話しだした。
『最後のやつな、ショーパブに行ってきた』
「うわぁ・・・キャバクラとかじゃないんだ・・・」
『人数的にこっちの方が良かったんだよ』
「そう・・・」
『どれもこれもすげぇ服装でな、ほぼ布切れと紐だけみたいな女もいたぜ』
確かな想像ができないため、水着のような格好を思い浮かべてしまう。
かなりおぼろげな想像だ。
「そういうところって、胸大きい人ばっかりじゃない?」
『まぁそれもあるな。基本見せるためだろうし』
「で、周りで見てるのは鼻の下伸ばした男共だろー?」
『そりゃそうだろ。女を見に行ってんだからな』
フォックスはファルコに聞こえない程度の溜息を吐く。
元より風俗の知識は深くないが、触りを説明されただけでも呆れの溜息が出てしまう。
『高いヒール履いて踊ったりとかな。転ばねぇのが不思議だぜ』
「あぁー・・・ていうか酒入ってるのによく覚えてる」
『さっきまでのことだしな、それなりに覚えてるに決まってんだろ』
「そうかなぁ・・・」
『おい』
「ん?」
『フォックスは何してたんだよ』
「何って・・・」
急に変わった話題に、返答が詰まる。
「特に何も。買い物とか図書館で本読んでたりとか・・・」
『そっちこそ暇に過ごしてんじゃねーか』
「だから今こうして話してるんだろー」
ちょっと拗ねた声でパネルに話しかける。
今もずっと、ファルコは外を歩いている。
ざわざわとした音が止まないからだ。
『なんだ?寂しかったのかよ』
「そうだねー俺はお1人様だし」
別に寂しいとは思っていなかった。
暇だったのだ。空虚なぐらいに。
『じゃあ今度はフォックスも連れてってやろうか。個人的に入ったことないだろ風俗店なんか』
「そりゃないけど・・・遠慮しとくよ。ああ、鼻の下伸ばしたファルコの顔は見てみたいけど」
『バカ言え。そこまで抜けた顔を俺がするかよ』
「してると思うけどなぁ・・・ファルコ、今どの辺り?」
『中央のメインストリートに出たところだ。もう少しで駅に着く』
「なぁ、ファルコ、そこからグレートフォックスまでって結構遠いだろ」
グレートフォックスが置いてあるのは北の郊外に近い。
中央の駅からとはいえ乗換もあるし、この時刻に楽な道ではないだろう。
フォックスの宿泊施設は中央のやや東寄り。
おそらくファルコの向かっている駅から2つ離れたところだ。
『知ってるけどしょうがねぇだろ。その辺に泊まると寝過しそうだからな』
「へぇ、珍しく律儀じゃないか」
『珍しくは余計だ。うっかり置いてかれたら困るからな』
「じゃあ、こっち来る?」
暫しの間、返事がなかった。
『なんだ、今頃になって寂しくなったんじゃねーか』
「違うよ馬鹿。酔っ払いを置いていかないための用心」
『・・・ま、構わねぇけどな。どこにいる?』
「中央線の東方面で2つ目の駅。駅までは俺迎えに行くから」
『了解。今から駅に入る』
「じゃあまた」
ピッと軽い音を立ててパネルが通信装置へと戻る。
迎えに行く、と言ったからには外に出る準備をしなくてはならない。
その辺の椅子に掛けていた服を適当に着て、外へと向かった。
時刻は1時ぐらいだろう、空気が目を覚ますように冷たい。
秋の始まり故、白い息こそ出ないものの、肩が寒さで震えた。
駅までそう遠いことはなく、元々の足の速さもありあっという間に着いてしまった。
ファルコはまだだろうと駅前の噴水の縁に腰かける。
道行く人は酔っ払ってたり、集団で歩いていたり、恋人同士くっ付き合っていたり。
たまにストリートミュージシャンが大きな声を上げたり、夜のお店で働く人が歩いていたりした。
「なんか・・・居心地悪いなぁ」
まるで自分だけが一人でいるような感覚。
周りがすべて誰かといるわじゃないと分かっているのに変な孤独感がある。
「早く来いよーファルコー」
繰り返し水を流し続ける噴水を見ながら1人呟いた。
待ちだしてから10分ほど経った頃。
階段からファルコが上ってくるのが見えた。
「よぅ」
「おつかれさま」
片手を上げたフォックスを、ファルコがまじまじと見る。
「どうかした?」
「フォックス寒くねぇのか?」
「少し寒いけど」
「夏物の上着だろそれ」
「持って降りるのめんどくさかったから」
はぁ、と案外酒臭くない溜息を吐かれる。
「おまけにずっと噴水の前で待ってたんだろ」
「他に座るところがなかったから」
「しっぽとか毛が逆立ってるぜ」
「しょうがないだろ・・・」
フォックスが立ち上がり、ファルコと並んだ瞬間。
かじ。
「―――っ!!」
ファルコに耳を甘噛みされた。
一瞬の湿った温かさにぞくぞくっと総毛が逆立つ。
「ファルコ!酔ってるのか!?」
「耳まで冷てーな」
「まったく・・・置いてくぞ!」
「呼んだのはそっちだろーが・・・・・ああ、こういうのをデリヘ・・」
「それ以上言ったら本当に置いて帰る!」
ほのかにフォックスの顔が赤く染まる。
ファルコはそれに気づくとこれ以上突っ込むこともなく、黙って歩き出した。
数m間隔で立つ街灯に照らされるアスファルトの床からも、じわじわとした冷気が感じられる。
「フォックス、戻ったら熱いシャワーでも浴びとけよ。身体冷やしたままだと風邪ひくからな」
「・・・そう思うんだったらその上着貸してくれって」
フォックスは明らかに冗談口調だったが、ファルコは短く答えると本当に彼に上着を預けてしまう。
「ちょっ・・・ファルコが冷えるぞ」
「俺は酒が入ってるからそんなに寒くねぇよ。いいから着とけ」
「・・・じゃあ・・・ありがたく着るけど・・・」
ファルコの方が服が大きいため、フォックスの夏物の上着の上からでもあっさり着れてしまう。
袖口からは指先しか出ず、腰丈はやや長くしっぽの付け根を隠してしまった。
「ファルコ、本当に大丈夫か?」
「ああ。・・・まぁ寝床に着く頃には冷えてるかもしれねぇな」
「馬鹿でも風邪ひくときはあるぞ」
「・・・風邪はひかねぇよ」
遠まわしに馬鹿と言われたことに文句をいうかと思ったが、それがない。
フォックスがファルコの顔を覗き見ると、獲物を見るような瞳と目が合った。
歩きながらだが、2人の間の空気は止まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ファルコ」
「お前が冷えても結果は同じだぜ」
上着は1枚、彼らは2人。
単純な計算だった。
「・・・っこの羽毛布団」
「毛皮抱き枕が何言ってやがる」
結局呼んだのはフォックスだったが、デリバリーした相手にテイクアウトされたのは彼自身。
1時間後、宿泊施設の狭いベッドの上で青い羽の羽毛布団に包まれた狐の抱き枕の姿があった。
fin.