+幽霊の会話+



『私』はある『少年』に憑いている誇り高き幽霊だ。
『少年』に呼び出されて以来、『私』は彼の戦闘手段の一つとして退屈を殺している。
だが、逆を返せば『私』は戦闘以外では呼ばれない。
『私』は普段、空にこの透ける骨の身体を漂わせているだけだ。

そして『私』は今日も空に漂っている。



「さてと、今日はこの辺でもう寝るか」

『少年』が独り言を呟く。
聞き手がいない以上、『少年』の言葉は独り言だ。
『少年』がこの無人島に流れ着いて早4日。
ここには『少年』以外の生者はいない。


『少年』はおもむろに服を脱ぎだすと、溜め池に飛び込んだ。
水浴び、というよりもはや潜水する勢いで泳いでいる。
元気なものだ、と『私』は溜め息を吐いた。
いや、正確には『私』は溜め息など吐かない。呼吸自体していないのだから。
気分の上で吐いただけだ。


「元気ですな、貴殿の御子は」


後ろに現れた気配に『私』はゆっくりと振り向く。
そこには見慣れぬ幽霊が浮いていた。


「・・・誰だ?」
「お、これは失礼つかまった。わしはゴンザレスと申す者」
「ゴンザレス・・・この島にあった躯の主か」
「いかにも。貴殿の子に弔ってもらえた事、感謝する」
「それは・・・、・・・・・・・待て、アレは私の子ではない」
「そう・・・なのか。いや、これは失礼した」


何をどう見て『私』が『少年』の親になるのだ。
まったく、世の中死んでも不思議なことは不思議である。


「貴殿があまりに温かい目で『少年』を見ているもので」
「あの『少年』といるのは単なる暇つぶしにすぎん」
「ほぅ・・・生者と共に居る事を暇つぶしを申されるか」


ゴンザレスは意外そうな顔で『私』見た。
確かに死者が生者といるというのは守護霊や背後霊などと呼ばれる類のものになる。
だが『私』は違う。
自分でも忘れるような時間の果てに、『私』はいろいろなものを超越した霊となったのだ。
その間に失ったものも多かったが。
言わば、死んでも浮世の空を飛び回る空賊霊。


「あの『少年』は愉快だ。退屈しないで済む」
「むぅ・・・そうか。そういえば貴殿の名は?」
「生憎だが、持ち合わせておらぬ」
「では、好きに呼ばせてもらう。・・・ところで『少年』を放っといて良いのか?」


ゴンザレスの指が下を指す。
見れば、池の水際で『少年』が一糸纏わぬ姿で敵と戦っていた。
一瞬の絶句。

「なっ・・・にをやっとるんだあの馬鹿者・・・」


あちゃ〜といった風に『私』は頭を抱えた。


「池から上がった所を敵に襲われ、なんとか剣だけ手に入れて戦っている。・・・といった所ですな」
「私を呼んで、その間に服を着れば良いものを・・・あのままでは風邪をひく」
「苦労なさるな、貴殿も」
「まったくだ」


この無人島生活で多少はたくましくはなったものの、『少年』の間抜けた所は変わらぬようだ。
『少年』はようやくガッツが溜まったらしく、大きく『スカルシールド!』と叫んだ。


「ゴンザレス、呼ばれたので私はこれで失礼する」


『私』はゴンザレスの前から霧のように去る。
そのまま『私』は深紅の瞳に雷鳴を走らせ、『少年』の前に降り立った。


「貴殿は・・・・・・」


背後でゴンザレスが何か言っていた気もするが、『私』の耳に届く前にピアスの音にかき消された。
私の耳に唯一届いたのは『少年』の安堵の溜め息だけ。


「まったく、手の掛かる小童め。おかげでもうしばらくは離れられぬな」


誰にも聞こえない『私』の独り言は、今日も誰にも聞こえないまま空に散っていった。





                                     fin.













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