+手を伸ばせば、すぐあなたに届く距離で+



ある人はロマンチックといい、ある人は恐ろしいという。
観覧車という名の地上高く上がる丸い個室。
ぐりんと大きく1周する間に、個室の中でドラマが生じる。

友人達は離れていく大地を懐かしそうに見たり、遠い景色にはしゃいだり。
恋人達は距離を縮めたり、もしくは余計離れたり。

そんなドラマの中の、なさそうであったアクシデント。
観覧車というアトラクションの、ロマンチックにして最悪な出来事。

それに、偶然2人の少年が襲われた。




ビルとフォックスは休日、コーネリアに新しく出来た遊園地に来ていた。
休日なので、当然アカデミーも休み。
その分宿題は出されたがそんなものはとうに済ませていた。
遊ぶために宿題をするのは何か間違っているが、彼らにはそんなことはどうでも良い。
この遊園地の目玉は何と言っても、他に類を見ない速さと高さを誇るジェットコースター。
2人はこれに乗るためにこの遊園地に来ていたのだ。

「あ、あれだろ、ジェットコースターって」

フォックスが大きなジェットコースターを指差す。
ビルはそれを遊園地内の地図で確認する。

「ああ、どうやらあれみたいだな」
「よしっじゃあ早速乗ろう!」
「あ、おい!」

タタタっと駆け出すフォックスを、ビルは慌てて後を追った。
フォックスは半端なく足が速く、視界から外すとどこに行ったか分からなくなる。
ビルはなんとか追いつくと、フォックスの腕を掴んでその俊足を止めた。

「はぁ・・・っフォックス、お前なぁ・・・っ!」
「あーやっぱり人が多いなぁ、早く並ぼうぜ」
「・・・話を聞け」

フォックスはジェットコースターの方に夢中で、どう見てもビルの話は聞いていない。
ビルは深い溜め息をつきながら、楽しんでいるフォックスには勝てないと悟った。

「やれやれ・・・」
「早く順番こないかな〜♪」

ぞろぞろと人が乗ってはばさばさの頭になって帰ってくる。
数分後、順番が回ってきてジェットコースターに乗り込んだ。
2人一組で座る。当然ながら、フォックスの隣はビル。

「ビル、バイザー外した方が良くないか?」
「ん、ああ」

さすがのビルも、この時ばかりはバイザーを外した。
クリアになる視界に、ビルは目を細めた。

「なんかドキドキするな」
「まぁ、少し緊張する」

肩に太いストッパーが下ろされ、そわそわするフォックスをビルはどこか楽しげに見ていた。
アナウンスが流れ、ガタンッと乗り物が揺れてレールの上を走り出す。
次第に身体が斜めになり、山を登るように進んでいった。

「なぁなぁ、やっぱり両手は上げたほうがいいかな」
「ハハ、フォックスはストッパーにしがみついてる方がいいんじゃないのか?」
「あ、言ったなー!絶対両手上げてやる!」

フォックスがそういった瞬間、視界が空から大地に変わった。
そのまま、地に向かってものすごい速度で落ちる。
ものの数秒の事だが、強いGと風が2人の身体を後ろに引っ張った。

「う・・・ぐ・・・っ!」
「っう゛ぁ・・・っ!」

落下し始めてから、『キャー』なんて楽しげな悲鳴をあげている場合ではない。
2人とも、舌を噛まない様にするのがやっとだった。
フォックスは意地でも両腕を上げようとしていたが、その努力は無駄に終わった。



約3分後、フォックスとビルは覚束ない足取りでジェットーコースターを後にした。

「はぁ・・・楽しかったけど激しかったな、このジェットコースター・・・」
「ああ・・・フォックス、大丈夫か?顔が青いぞ」
「少しふらつくかな・・・」

思ったより少し、いや、結構、ジェットコースターのGはきつかった。
アカデミーでGに対する訓練を受けている彼らでそうなのだから、一般人なら相当なものだろう。
その内貧血起こして倒れる人が出てくるんじゃないか、とビルは心の中で思った。

「ふぁ〜・・・・・・ビル、次何に乗る?」
「元気だな・・・フォックス・・・」

掛け直したバイザー越しにすでに立ち直ったフォックスを見て、ビルは苦笑いを送った。





ジェットコースターに続き、ウォーターコースター、室内アトラクション、ティーカップその他諸々。
さすがにメリーゴーランドには乗らなかった。
フォックスは乗りたそうだったが、ビルが必死で止めた。流石にもう乗るのは恥ずかしい。
しかし、楽しい時間はすぐ過ぎるもので、あっという間に空は夕暮れになる。

「フォックス、乗るとしたら後ひとつだ」
「え、もうそんな時間!?」

散々アトラクションに乗り回したというのに、フォックスはもっと遊びたそうな顔をしていた。
しかもそれが空元気でないのが恐ろしい。

「時計を見ろよ・・・最後は何に乗る?」
「まだ乗ってない物、あったっけ?」
「後は・・・あの観覧車ぐらいだ

ビルの指差す先にはライトアップがされる寸前の観覧車。
これまた頂点がジェットコースター並みの高さまである、大きなアトラクション。

「・・・そうだな、観覧車に乗ろっか」
「じゃ、決定」

夕暮れという時間のせいか、観覧車の客はビルとフォックス以外いなかった。
貸切のようにも思えたが、それが逆にこれから起こる事態をさらに悪化させた。
ビルとフォックスが乗ったのは床まで透明な、足元が透けて見える個室。

「足の下に人がいるみたいだ・・・」

フォックスは足元を見ながら小さくなる地上の人を見詰める。
反対に、ビルは窓から見える遠くの景色を眺望していた。

「フォックス、向こうに基地が見えるぜ」
「え、どこ!?」

フォックスはガバッと顔を上げて、ビルの見ていた方向に目を向ける。
丁度夕日が沈む所だったらしく、個室全体から差し込む光がフォックスを赤く染めた。
フォックスがとても眩しく、影まで紅く映す。
夕日のせいか、遠くを見据えるフォックスの表情がなんだか淋しそうに見えた。
その光景に、ビルはしばらく見惚れていた。

「・・・ビル?」
「・・・ん、ああ、なんだ?」
「なんだか、さっきから風景が動いてない気がするんだけど」
「え・・・?」

フォックスの方ばかり見て気がつかなかったが、確かに風景が動いていない。
正確には、動いてないのはこの観覧車だ。
今の位置はほぼ観覧車の頂点位置。
背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

「・・・フォックス」
「うん、なんか嫌な予感がする」

フォックスがそう言った瞬間、ピンポーンとアナウンス音が鳴った。

『お客様に申し上げます。当アトラクションに不具合が生じまし――』

全部聞かなくてもアナウンスの言いたい事は充分理解できた。
同時に、頭痛がビルを襲う。

「ビル、どうしよう。帰りのレールに間に合わないかもしれない」
「・・・それ以前の問題だと俺は思うぜ?」

夕暮れの観覧車の中で故障という展開。
一体、どこのドラマのシーンだ。

「いつ頃直ると思う、フォックス」
「んー、俺のカンでは夜まで直らないんじゃないかなぁ」
「こういう時のお前のカンって当たるんだよな・・・」
「まぁ、嬉しくないけど・・・」

シン・・・・と個室の中の空気が遠く離れた地面にまで落ちる。
脱出不可な以上、余計な体力を使っちゃいけないと同時に判断したのだ。
長い沈黙の後、不意にフォックスが口を開いた。

「いい眺めだよな」
「ああ・・・この状況でなかったらもっと楽しめたが」
「それは言うなって・・・」

夕日はすでに地平線と仲良くなっており、もう見えない。
夜の広がりかけた空には1番星が見えていた。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

フォックスは相変わらず外を眺め続ける。
ビルは今にも寝そうな勢いでイスにもたれていた。
ビルがうとうととした時に、派手な腹の虫の音が聞こえた。

「・・・フォックス?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

フォックスは無言で窓の外を見続ける。
僅かにその顔は赤い。

「お腹すいた?」

フォックスは首を横に振った。
その反動のせいか、またフォックスの腹の音が鳴る。
フっとビルが笑みを零した。

「っ・・・ハハ・・・」
「っ笑うな!」

完全に顔を真っ赤に染めたフォックスがビルに向き直る。
ビルは悪い悪いといった風に両手を上げながらフォックスをなだめた。
そのままその手をポケットに突っ込み、紙に包まれた四角いものフォックスに放る。

「っと・・・・・何コレ?」
「キャラメル。何も食べないよりマシだろ」

食べたら余計お腹が空くんじゃないかのというのは置いといて。
今は気分の問題だ。

「え、でもビルの分が・・・」
「俺はいい。腹の音が鳴るほど減ってるわけじゃないしな」

フォックスはむ、とした顔をしながら手の中のキャラメルを見る。

「コレ・・・なんとか2つにできないかな」
「無理だろ。さっさと食べて大人しくしてろー」

ずるずるとイスに滑るように座りながら、ビルは空を仰いだ。
空には2番星も3番星も見えている。
不意に、その光が遮断された。

「あ・・・?」
「コレ、ありがたく貰うな」

ビルの上に覆うように立ちながら、フォックスはパクリとキャラメルを口に含む。
ぺろ、とフォックスが唇を舐める様子にビルは目を奪われた。
ダークグリーンの瞳とかち合って、バイザーを通した電流が呼吸を止める。

「っ・・・フォックス・・・」
「何・・・っぅわ!?」

身体を起こそうとするフォックスの腕を取って、ビルは起き上った。
その反動でフォックスがビルの右側に倒れこむ。

「ビル―――・・・?」
「フォックス・・・・・・」

互いの呼吸が頬に辺り、肌で熱を感じる。
ビルが顔をフォックスの方に向けて―――。




激しくドアを叩く音がして2人は慌てて距離を取った。




「フォックス!!」

個室の外には、サングラスを掛けた、滅多に帰ってこないフォックスの父親がいた。
アーヴィンをものすごい角度に傾けながら、ドアを叩いている。

「と、父さん!?」

フォックスが慌ててドアを開く。
ここが地上からどれだけ離れているのかも忘れて。

「迎えに来たぞ、フォックス」
「え、え、え?どういう事なの?」
「いやぁ、グレートフォックスで基地に入る途中、丁度フォックスの姿が見えたもんだから」

待ってください、どれだけ目が良かったら基地からフォックスの姿が見えるんですか。
ビルはそうツッコミたかったが、この親子のテリトリーに入れはしなかった。

「なんだか観覧車も故障してるようだし、このまま帰ろう」
「ビルもいるんだけど・・・」
「2人でアーヴィンの羽に乗りなさい。何、安全運転はするから」

何かずれている。
ものすごく何かがずれている。
ビルはそんな気がしてならなかったが、壊れた観覧車に置いていかれるよりマシかと割り切った。
慎重にアーヴィンの羽に乗り、落ちないようしっかりバランスを取る。
同様にフォックスも羽にしがみ付いた。

「じゃ、行くぞ」

ヴヴヴ・・・とエネルギーの溜まる音を立ててアーヴィンは空を走る。
走る、と言うより素っ飛ぶ、言った感じで。
昼間のジェットコースターよりは優しかったが、バイザーが飛ばされそうな勢いでもあった。

「ビル」

風に紛れるような声で、フォックスの声が耳に届いた。

「何?」
「今日は楽しかった」

ふっとフォックスが笑っているのがずれたバイザー越しに見える。
ビルも薄い笑みを浮かべて俺もだ、と答えた。
・・・この時、アーヴィンの速度が微妙に上がったのは気のせい、ではない。










                                    fin.






















ブラウザバックでお戻り下さい。