+たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに+



授業開始から10分。うとうとしている。
さらに10分。腕を枕に机に突っ伏す。
またさらに5分。完全熟睡。



くかー。すー。くかー。



俺の隣で寝息を立ててる狐は、無用心なほど熟睡しきっている。
あんまりにも起きないから、10分前から起こすのもやめた。

「授業中だっていうのに・・・」

狐の親友のビルという犬は、はぁ、と溜め息を吐いた。



今日の授業はシアタールームで戦術のイメージを見ることだった。
つまらないのが売りのこの授業、寝てしまう人も続出する。
そして、ビルの隣にいるフォックスも例に漏れなくいまやこのザマ。

「まったく・・・」

ぐるりと教室を見回しても半数は机に突っ伏し寝てしまっている。
先生は窓際に座り、時折外を見ていた。
やる気の無さがありありと感じ取れる。

暇だなぁと常々思う。
せめてフォックスが起きていれば、多少退屈も紛れたかもしれないのに。
あふ、とビルがあくびを噛み殺したとき、フォックスが軽く身じろぎした。

「フォックス・・・?」

起きるのか、と思ったがフォックスはしぶとく眠り続けてる。
残り20分。その間俺はどうやってこの退屈な時間を潰せばいいのやら。
すやすやと眠るフォックスがまた身じろぎして顔をこちらに向けた。

「あ」

ビルをくすっと笑いをこぼした。
フォックスの頬に寝型が付いていたのだ。
机に彫られていたのだろうか、くっきりと小さなハートの形が付いている。

「くく・・・かっこわる・・・」

なんだかすごく、フォックスが間抜けに見える。
それもそうだ、男に寝型でハートが付くなんて。

起きたら髪の毛でハートは見えなくなっているだろう。
ビルは垂れていたフォックスの髪の毛を後ろに回し、掻き揚げた。
それでもなお、フォックスは目を覚まさない。

「そうだ・・・・」

ビルはおもむろに筆箱の中を探り出すと、ピンク色のペンを取り出す。
ペンには『ルビー』と書かれた、ラメ雑じりのピンクの液体が入っていた。
ルビーと書いてあるのはちょっとでも格好良く見せるためだろう。どうせピンク色のくせに。

「こんなの、使わないとずっと思ってたのにな」

貰い物でも役に立つものだなと思いつつ、ビルはきゅぽんとフタを開ける。
僅かに、甘い香りが流れた。

そういえば香り付だったなと頭の隅で思い出す。
それはともかく、ビルはラメで照らつくペン先をフォックスの頬へ伸ばした。

「こーして・・・よし」

ビルがにやりと笑う。
フォックスの頬に付いたハートの上をペンが滑った。



くっきりと付いたピンクのハートは、フォックスの白い肌には目立ちすぎるぐらい目立った。



「ん・・・ビル?」

ぼんやりとフォックスが目を覚ます。
とは言っても、ほとんど頭は眠った状態。

「どうかしたか、フォックス?」

悪戯した本人が言う言葉ではないが、ビルは首を傾げてフォックスの反応を待った。
フォックスはぽけーとしたまま、ぱくぱくと唇を動かす。

「ビル・・・さっき何かした?」
「いいや。フォックス、眠たいんならまだ寝とけ。号令の時は起こしてやるから」

ぽふ、とビルはフォックスの瞼の上に手を乗せて、また瞳を閉じらせる。
フォックスは視界が暗くなったせいか、また眠り始めた。
ビルはペンを直し、シアターに目を向ける。
頭の中は、目を覚ました時のフォックスの反応を考えていた。
顔を真っ赤にして怒り出すか、気付かないでいるか。
だがきっと面白い反応が返ってくるのは間違いない。

「・・・くく」

思い浮かべたその様子にビルは思わず忍び笑いがもれる。

「・・・面白い反応しろよ」

ビルはフォックスの柔らかい髪の毛を軽く梳いて、戻ってきた髪をまた後ろに戻す。
ビルはそれを何度か繰り返した。
その度にピンクのハートがちらちらと現れる。
タトゥーのように塗られたハートは、どこか可愛らしげにラメを輝かせた。

「フォックス」

ビルは待ちきれなくなって、軽くフォックスを突いた。
フォックスはまだ、目覚めない。

「まったく・・・警戒心ゼロなのも良いことじゃないな」

早く目を覚まして、俺の退屈な時間を潰してくれ。
緑暗の瞳を開いて、万華鏡の表情で俺を楽しませろ。
そうやって、いつまでも夢の世界になんか居ないで。
さっさと現実に帰って来い。

「待ってんだから」

ビルのぼそりと呟いた言葉に、フォックスはやっと目を開いた。





後にフォックスが真っ赤になってビルと追いかけ回したのは言うまでもない。









                                    fin.
























ブラウザバックでお戻り下さい。