+溢れ出てくるのはどろどろとした醜い感情+
心の中で生まれた濁った感情の水は、誰かが洗い流してくれる。
その人のきれいな心の水で。
きっと自分でもわからない内に、繊細だけれどもとても強い力で洗い流してくれる。
そしていつか、きれいになった自分の心が誰かと繋がっていくのだろう。
「やな感じ・・・」
これは某ゲームの敵キャラではない。
若い身の上から何気に不幸をしょいまくっているフォックス・マクラウドだ。
「はぁ・・・・」
フォックスは自分の部屋のベットに寝転がって溜息をついた。
それは何故か?そんな事、フォックスにも分からない。
ただ、気分的に『やな感じ』なのである。
心の奥に黒い靄が掛かり、口から出ていきそうなのに喉の所で息詰まる。
後から出るのは憂鬱な溜息ばかりである。
「なんだかなー・・・」
今日、フォックスはアカデミーから帰る時、ビルを誘って帰ろうと思ったのだ。
真面目な彼は役員職に就いて折り、生徒達にとっては縁の下の力持ちみたいな仕事をしている。
それゆえに不定期でいつ終わるかもわからないような生徒会会議や総委員会にもきっちり出る。
そういう時はフォックスもビルを誘わず、さっさと一人で帰っていたのだが・・・今日はそれが無かった。
だからフォックスも誘おうと思ったのだ。
「ビル、どこだろ・・・・・・あ!いた!」
下駄箱の所にいたフォックスは階段から降りてくるビルを見つける。
片手を上げて、声を掛けようとした、その時。
ビルの後ろから女の子が降りてきた。
えらく、顔を赤くして。
女の子はビルに掌の半分しかない小さな四角いものを押し付けると走り去ってしまった。
それは半透明のピンクの板で、ディスプレイにセットするタイプのメールだ。
女の子たちの間で流行りの電子レター。可愛くデコレーションできるのが売りだった。
「・・・・・・ビル!!」
「あ、フォックス」
「覗き見するきは無かったけど、見ちゃった。モテモテだなービルは」
「・・・まぁな」
「・・・どうかしたのか?」
ビルの沈んだ顔にフォックスは少し不安を覚えた。
首を傾げながら、ビルの手の中にあるメールをちらりと横目で見る。
「あんまり嬉しくないだけだ」
フォックスは目を丸くする。そしてソレと共に身体の奥にどろ、としたものを感じた。
「一応・・・中見るんだろ?」
「ああ。一応内容ぐらいは見るけどな」
振ると決めていながら目を通すのは、ビルなりの優しさだ。
あの女の子が一生懸命書いた物だから。
「(ビルって女の子には結構優しいんだよなー・・・)」
「まぁ何が書いてあるのかは想像付くけどな」
ビルは腕につけている携帯端末にメールをセットして、内容を読んだ。
「ビル、せめて家に帰ってから見ない?」
「家に帰ったら忘れてる」
あっさりと言い放つビルにフォックスは嘆息を漏らす。
「何々・・・」
無粋だとは思っているが、フォックスは少し盗み見てしまった。
それを読んで、フォックスの目が瞳孔が開きそうなぐらい開く。
同様にビルも目を丸くしていた。
「なっ・・・」
「え・・・」
そのメールに書かれていたのは、ビルへの想い。
それと、フォックスに対する中傷だった。
「なんだとっ・・・」
「ビル・・・・・」
ビルの顔が怒りに染まっていく。
それとは反対に、フォックスは不安そうな顔に変わった。
ひしひしとビルの怒りが伝わってきたからだ。
あの女の子はビルとフォックスの周囲の目の事を書いていた。
二人はあまりよい見られ方ではないと、自分とならそんな事は無いと。
ビルから見ればそんな事は余計なお世話なのだろう。
だがフォックスから見れば・・・。
「(・・・そうかもしれない)」
どろ、と何かが溢れ出すのをまたフォックスは感じた。
あの子の言い分が納得できるのは、このどろりとした感情が自分の中にあるせいだ。
「ビル・・・あのさ・・・」
「・・・フォックス、帰ろう。なんか気分悪い」
「・・・そうだね・・・」
それからは二人とも黙って帰路についた。
翌日、フォックスはビルに呼ばれて放課後に屋上に行った。
階段の先にはビルが居て、屋上のど真ん中に座っていた。
燦々の太陽に照らされているその顔は昨日と変わって晴れやかだった。
フォックスもその様子に安心してビルの横に腰を落とす。
「・・・で、どうなったんだよ?」
「もちろん振ったさ」
けろりと言うビルにフォックスは拍子抜けした。
「ま、ちょっと手酷く振ったけどな」
「あーあ」
「俺とフォックスの仲がどうだろうがあの女には関係ないからな」
余計なことを書いた罰だ、とビルは言い切った。
「そっか・・・ハハ、女の子にモテるのも大変だな」
そう笑ったフォックスだが、事が終わってもあのどろどろが消えていない。
「お前だってあの手紙には腹が立っただろ?」
「んー・・・いやむしろ納得しちゃった・・・かも」
「・・・は!?」
ビルが驚いて聞き返してくる。
「いや、なんか・・・なんとなく。あの子の気持ちも分かるから・・・」
「このお人好し」
「いてっ」
ビルがフォックスにでこピンをする。
「だってあの子も、ビルの事が好きだったんだろなって・・・」
「・・・お前、それは天然なのか?」
「え・・・」
「ナチュラルに告白しただろ、今」
ビシっとフォックスで狙い打つように人差し指の先を向けた。
フォックスは一瞬意味が分からず、自分の言ったことを反復する。
『だってあの子も・・・ビルの事・・・好き・・・』
あの子、『も』、『好き』。
「あ――――っっ!!!」
フォックスは頬を押さえて絶叫した。その顔は、真っ赤。
その様子を見ながらビルは意地悪そうに笑っている。
「ハハハッ!お前ホントにっ・・・!」
「笑うな!!」
「ハハ、分かった分かった、フォックスの気持ちはよーく分かった」
「や、だからあれはぁっ!!」
フォックスはがくがくとビルを揺さぶるが、ビルはそれを笑ってやり過ごす。
その上フォックスは赤くなって反論するが、簡単にビルに揚げ足を取られた。
散々からかわれた後、お互い息を整えるためほんの少しの間黙り込む。
「・・・俺も、少しはお前に妬いて欲しかったのかもなー・・・なんて・・・」
「え・・・」
少し、沈黙が流れる。
ビルはその隙を付いて軽くフォックスの頬に口付けた。
途端、フォックスの顔はお湯の入ったポットの如く熱を増した。
「おーフォックスの顔が熟れたトマト状態・・・」
「誰のせいだと思ってるんだぁっ!!」
「ハイハイ、俺のせい。責任取りますよー」
ビルは立ち上がるとフォックスに手を伸ばしてきた。
フォックスはその手に掴まり、よいしょと立ち上がる。
先ほどまで興奮していたせいか、フォックスのしっぽの毛は僅かに立っていた。
「・・・何?アイスでも奢ってくれるのか?」
「・・・俺の家に招待してあげよう」
「いつもの事じゃん!」
「ハーゲンのアイスがあるぞ」
「行く」
「現金な奴・・・」
「何を今更」
二人はそんな会話に笑いながら階段を降りる。
不意に、フォックスは胸のどろりとした濁りがなくなったのに気づいた。
きっとビルが洗い流してくれたのだろう。
そう思うとフォックスは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。
「フォックス?」
「きれいな水って自分の心じゃ作れないものだねー」
「は?」
「なんでもないよ、早く帰ろう」
きょとんとしたビルの腕を引っ張りながら、フォックスは廊下を駆けた。
fin.
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